書き出し
……結局私は動物一年生に短期連載を持つことになった。
押しに弱い。
執筆からは遠ざかっていたし、スニャホは電池が切れて久しいし、パネコンのニャーボードは私がエンターキーを『ツッ……ターーンッ!』し過ぎて壊れてからほこりを被っていたので原稿は『不思議と肉きゅうに吸い尽くペン』で手書きすることとなる。
「アイテテテ……」
先ほど獣医から帰ってきたばかりで椅子に座るのが辛い。
私は仕事を受けた後、ニャームズの資料をあさり、それを運ぼうとしたときネッコリ腰になって猫猫車で病院に緊急搬送され、1日入院して帰ってきたばかりだ。
「寄る年波には勝てないなぁ……いいね。君たちはいつまでも若くて」
コルクボードに貼られたニャームズやナタリー、コッコに仲間たちの写真……
「うーん……」
観念して資料をペラペラとめくるがどれも大冒険ではあるが、初めてニャームズの冒険記を読む子供向けではないだろう。
それに短期連載契約だ。
私は遅筆で1話辺りの文字数も少ないので長編を書き出したら尻切れトンボになってしまう。
何よりめんどくさいし。
はてどうしたもんかとネ・コロンビアコーヒーを飲んでボーッと白紙の原稿用紙を見ていたらウトウトしてきた。
この程度のカフェインでは寄る年波からくる睡魔にはとても勝てない。
いかんなと思い眠気覚ましに万年筆を肉きゅうの上に乗せクルクルと回した。
我ながらどういう原理だかわからない。
これなんで回ってるんだ?
怖い。
少しでも小説をかじったことのある者ならわかってくれるだろうが、一度書き始めれば小説とは案外スラスラ書けるのだ。
書き出しが一番の難敵であろう。
「……その段階でもないな」
何を書くかも決まってないのだから。
「あっ……これ寝ちゃうな」
本格的に睡魔が襲ってきた。
冷蔵庫を開ける。
ろくな物が入っていない。
栄養ドリンクでもあればよかったのだが。
「……仕方がない」
店は従業員に任せてあるが……
ちょっと厨房を覗こう。
決して仕事を先延ばし先延ばしにしているわけではない。
「……おいててて」
少し痛みは感じるが二足歩行に問題はない。
西根動物病院の西根医師の腕はいい。
それでもあと何年かしたら私も普通の猫のように四つ足で歩くことになるのだろうか?
それは少し寂しいな。
部屋の鍵を閉めて階段を降りて裏口の扉を開けると店の厨房に直接いける渡り廊下になっている。
今度は鍵を開けて中に入った。
「あっ、店長!」
「大丈夫っすか?下りてきて?今日は休みっすよね?」
真っ白な調理服を着たチンパンジーの『マーク』とオランウータンの『パーク』がピザを焼き、カクテルを作っていた。
「平気平気。店はどうだい?」
「繁盛してますよ」
「いいね」
確かに店内はそこそこ賑わっていた。
猫背を克服した背筋のピンとした黒服のウェイター猫たちもキビキビと働いている。
「……みんな大型モニターを見ているね?」
「ええ。今日は『ニャーロック』の放送日ですから」
「ははあ」
『ニャーロック』は『ニャーロック・ニャームズ』原作のスコットランドの人間達が作ったドラマである。
それをネコットランドの動物テレビ局が動物語に訳して放送している。
ニャ二がニャンダかややこしい。
ニャームズ役はともかく私役の俳優は少しおとぼけ顔だ。
まっ……放映権とか著作権とかは私にはよくわからないので勝手にやってくれ。
みんなが楽しんでいるならそれでいい。
「パーク。ちょいと眠気覚ましにキャットブルを作ってくれないか?」
「合点です」
パークが長い長い手で栄養ドリンク『キャットブル』を作り出した。
シェイカーがシャカシャカと心地よい音を立てる。
「……おっ!」
「……どうしました?」
「……続けて続けて」
これも執筆経験のあるものならわかるだろうが、アイデアとは突然湧き出るものだ。
私は『アームチェア・ディテクティブ』を飲むピーターを思い出し、それこそ
『ニャームズが椅子に座ったまま解決した事件』について書こうと思った。
それならば短編としてまとめられ、ニャーロッキアンも納得させられ、新規の子供達のニャーロック・ニャームズワールドの入り口としても最適であるはずだ。
うむ。
ニャーランド誌とはまた違うニャームズ小説となるだろう。
善は急げ。
私はキャットブルを飲み干して自室に戻った。
「よし」
オイルランプを灯して執筆に取りかかる。
さて書き出しだ。
この壁を越えねば。
「……なんでもいいや!」
猫学館。
動物一年生版
『ニャーロック・ニャームズのニャー冒険』
NWニャトソン。
『ニャーロック・ニャームズほど頭の切れたオスはいなく。私ほど鈍感なオスはそういない……』