レンズ猫
その後、私たちはジュンイチロウに案内され、村の名所を見て回った。
小さな村である。
二時間弱で全てを見終えてしまった。
カメラマンのピエールは不満そうだ。
無理もない。
神社だの絶景ポイントだの…
今いちテレビ的におもしろい物が撮れていないと焦っているように見えた。
「おや?これは……?ぶきみだなぁ」
「……ああ」
私は洞穴を肉きゅうで指した。
洞穴の入口には新しいものと、そうとう古いものが混じった猫のヌイグルミが供えられ、壁には大量のお札が貼られている。
「この洞穴の先に……例の【ポチ武者とミケ】の墓があるんですよ。まあ私も見たことはありませんが……」
「おお!それをなんとか撮影できませんか!?」
ピエールが頭をさげた。
「……とんでもねーこったぁ!」
「そうですよ!」
ジュンイチロウとダスキンの顔が青ざめた。
よほどポチ武者の祟りを恐れているのだろう。
「ワシはこの目でみたんじゃぁ!ポチ武者に祟られた田子作が次々と殺されていくのを……」
「ええ!?」
……驚いた。
そうなるとダスキンは30歳を超えた超老猫ということか?
【ミケ墓村32匹殺し】の伝説の生き証人がいるとは!
「ダスキンさん。昔の記憶を大げさにしちゃってるんじゃないですか?たかだか猫一匹が32匹も殺せるわけ……」
「たわけー!!」
「わー!落ち着いて落ち着いて……」
結局ピエールが折れ、私たちは今日の宿に向かうこととなった。
テレビには撮れだかというものがある。
それはわかるがポチ武者の墓は村猫にとって、恐れる場所であり神聖な場所なのだろう。
部外者がおもしろ半分で足を踏み入れてはいけない。
「……みてろよ」
ピエールがそう呟いたのを私は聴いた。
「……なんというか」
「期待はずれというか……」
【汗だくの湯】は……まあ普通の温泉だった。
普通の温泉より汗をかいたような気もしないこともない……感じだ。
「ちぇっ……料理もまた」
川魚と山菜料理……私はこれには大満足だったが、やはりカメラマンのピエールは不服そうだった。
絵的に地味だからだろう。
「これじゃあPになんて言われるかわからないな……やはり……」
ピエールはそう言うと急に黙り込み、川魚をかじり始めた。
「あっ……」
部屋で落ち着き、スニャホを見て圏外だということに気がついた。
これではニャームズに連絡がとれない。
「……まあいいか」
こんな何もない村で事件が起きるわけでも無し。
飽きたらロープウェイで戻ればいい。
私が電気を消そうとした瞬間だった。
「……?」
外が騒がしい。
よくは聞こえないがロープウェイの方角だ。
こんな夜中にどうしたのだろう?
「……よし」
私は浴衣を羽織り外にでた。
「あっ!」
「君も騒ぎを?」
外でジョニデと一緒になった。
彼も気になって外に出てきたのだろう。
「なんか大変なことになってすね?」
「うむ」
ロープウェイに近づけば近づくほど断末魔のような……悲鳴のような声が大きくなる。
「フギャラシハーーー!!」
「おおっ!?」
何か重いものが高いところから落ちたような大きな音がした。
まるで爆発音だ。
「シギャッ!シギャッ!シギャッ!……ニャハーー!」
「……ピエールさん!」
奇声をあげていたのはピエールだったか。
手にはノコギリ……顔は眼球が左右別々にグルグル動いており、舌をデロリと垂らしている。
正気でないのは明らかだ。
「おさえろ!」
「なんてことを!?」
「ギニャー……」
「なんてことだ!」
ピエールは村猫達によって取り押さえられた。
縛り上げ、猿ぐつわをされようやく大人しくなった。
村猫のランタンの先には……切られたロープ。
「ひでぇ!」
先ほどの爆発音はロープを切られ、谷底に落下したロープウェイの音だったか……。
ん?……狂ったピエールがノコギリでロープを切ったのか!?
ロープウェイがなければ帰れないじゃないか!?
「……ゲフッ!」
「ああ!いけない!」
ピエールが血を吐き、猿ぐつわが真っ赤になった。
「……」
「……え?」
ピクリとも動かなくなったピエール……死んだのか?
「何事です!?」
「ああ……」
遅れてジュンイチロウとダスキンが現れた。
村猫が事情を話し始めたので私とジョニデも聞き猫みみをたてた。
「……なんてことを!なんてことを!」
村猫によるとピエールは洞穴から飛び出てきて、近くの民間からノコギリを奪い……
あとはこの通りだ。
「あれほど墓には近づくなと言ったのに!あの時と同じじゃ!田子作の時と!」
ダスキンは跪いて叫んだ。
「タタミじゃ……」
…………
「タタミじゃ!タタミイワシタタミじゃーー!」
あとから聞くと「ミケ墓村の祟りじゃ」と言いたかったそうだ。