老い
「おや?」
コップを落としてしまった。
「ふむ……」
布巾で床を拭く、最近こんなことが増えた。
ちょっとした段差につまづいたり、猫の名前を思い出すのに数秒かかったり……そんなことはニャーロック・ニャームズの人生(猫)のなかで一度もないことだった。
「むむむ……」
PCの画面を長時間見ているのが辛い。
目がシパシパする。
眠い。
「……嘘だろう?」
アルコールはペットボトルのキャップ一杯のスコッチウィスキーしか飲んでいないのに、身体と脳みそがフワフワする。
酒に弱くなった。
「いよいよきたのか……」
『老化』
不老不死の薬を打たれて40年。
当時薬は試作品だった。
薬の効果が切れ始め、ニャームズは衰えを感じ始めていた。
(もし40年分の老いが一気にやってきたら……)
「僕も長くはないだろう」
恐怖心はない。
むしろ嬉しいぐらいだ。
やっと皆と一緒に年をとり、死ぬことができる。
何百匹、何人という動物と人間の死を見てきた。
もう見送るのはごめんだ。
ゆっくり休もう。
ニャンダイチにコッコ……彼らを始め次の世代の種は世界中にばらまいてきた。
最期にたどり着いたこの『鰹が丘町』でニャトソンという最高の相棒にも出会えた。
老化は自分の役目はもう終わりだという神からのメッセージだとニャームズは思った。
「おやおや」
前足に白髪が何本かまじっている。
「はー……よっこいしょ……」
白髪を抜いて、安楽椅子の上で丸くなった。
「……ブシッ! ブシッ!」
どうやら風邪もひいたようだ。
くしゃみがでる。
「風邪なんて子猫の時以来だ……」
すぐに眠ることができた。
最近毎日同じ夢をみる。
『ニャームズ』
『ニャーロック』
(皆……)
川の向こうに死んでいった友達たちがいる。
両親やマイクロネコ、ニャンダイチもいる。
(待っててくれ。僕もすぐそちらにいく)
オイデ……
オイデ……
手招きをする死者たち。
(今日こそ……)
「ダメか……」
目をさました。
今日も川の向こうにはいけなかった。
「やれやれ」




