まだらの紐の正体
私たちは無言で階段をのぼっていた。
「この家は……本当に人を喰う家なのかもしれませんね……」
「ひひひ……みんな死ぬねん……」
意識は取り戻したものの気がおかしくなってしまったオリスを背負った猫極が呟いた。
そうかもしれないなと私も思いはじめていた。
「紅茶でもいれよう。それを飲んで落ち着くんだ」
「そうですね……でもさすがニャームズ先生だなぁ……動揺しているようで落ち着いている。修羅場をくぐってきた経験からですか?僕は……物語の中でしかこんなこと知らないから……」
「誰だってこんな状況参るさ。気にするなよ」
とうとう私をニャームズと呼び出した。
いちいち否定するのも面倒になってきた。
しかし確かに……私もずいぶん肝が据わったものだ。
ニャームズとの冒険が私を変えたのだろう。
パニックになるより今、どうしたら生き延びれるか? を考えるのが先だ。
今の私には家族も友達もいるのだ。
「……先生! 死骸が!」
「おお……」
二階にあがるとそこにあるはずのワンぞうの死骸が無くなっていた。
「アハハハハハ!」
「……あぁ! オリスさん!」
狂ったオリスが猫極の背中から飛び降り、クルクルと踊り出した。
「もうだめやー! ウチしにとうないーー! でも皆死ぬねーーん!」
「オリスさん!」
「……あ」
電気が消えた。
停電か……
「アハハハハハ! アハハハハハ!」
「……」
真っ暗ななか、狂ったオリスの笑い声だけがきこえる。
さすがに私も頭が狂いそうになった。
「……少しずつ目が慣れてきたぞ」
「……待って! なんの音です!?」
ヌゾゾゾとなにかが部屋を這いずり回る用な音がする。
雷が鳴り、光が部屋に差し込んだ。
そして……私と猫極は『まだらの紐』を見てしまった。
「アハハハハハ……アアーー!」
「オリスさーーーん!」
まだらの紐……大蛇が大きく口を開き、オリスを丸呑みにしてしまった。
「オリスが……オリスさんが……んぐ!」
「静かに……」
私は猫極の口を塞ぎ、ゆっくり後退して壁にピッタリと張り付いた。
この暗闇だ。
息をひそめてじっとしていれば助かるかもしれない……
ズルル……ズロロと大蛇が部屋を這いずり回る音がする。
……やがて音と気配が消えた。
すると同時に予備電源が作動したのか部屋に光が戻った。
「まだらの……紐……」
この館には化け物がいる。
もうあの館にとどまるのは危険だ。
そう判断した私たちは館の周りを捜索すると小屋があった。
元は使用人が使っていたのだろうか?
鍵を石で壊し、中に入り暖炉に火をたいた。
「ああ……」
「……」
あのクールだった猫極が怯えきっている。
無理もない。
そんな猫極をみていると私に罪悪感が湧いてきた。
私は彼を犯人ではないかと疑っていたのだから。
「使用人部屋があるなら他にも物置やらあるかもしれない。私はそちらを探してみるよ」
「……気をつけて。ニャームズ先生」
ニャームズではないと言っておろうに。
「おぅ?」
スニャホがザーザーと鳴りだした。
なんだ? こんな機能あったか?
暫くすると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「やあニャトソン。事件みたいだね? 詳しくきかせてくれよ」
……ニャームズだった。
ニャームズの声は人間も動物も落ち着かせる不思議な力がある。
「やっと電波がつながったか……」
「電波じゃないよ。無線だ。いざという時のためにこんな機能もつけた。悪いけど遠隔操作させてもらったよ」
「……そんなことが……まてよ?」
無線ってことは?
「館から東南の方向に物置小屋がある。そこに来たまえ」
「……いくさ!」
「やあニャトソン。お疲れ様」
「ああ……」
私はニャームズに再会し、安堵で腰が抜けてしまった。
皆が不安ななか私だけはしっかりせねばと気をはっていた緊張の糸がぷつりと切れたのだ。
「ほら。ブランディーだ。気付けにはこいつは最高だよ」
私はブランディーを飲むとようやく落ち着くことができた。
「君はよくやったよ。合格だ。あとは僕にまかせたまえ」
ニャームズはネッコリ笑った。
私がメスなら惚れていただろう。
よく見るとニャームズもカッパを着て泥だらけだ。
どうやって来たかわからないが、私のために苦労して来たのはわかった。
ニャーロッキアン……このオスに熱狂的なファンがいるのも今ならうなずける。




