今はもういぬ。
「おう。今日も来てるぞマサシ。律儀な奴だなぁ」
「本当に。よくできた犬だよ」
「そういうわけでみんな、またな!」
丘中三年になったマサシは校門で待つ愛犬ケーブの元へ走った。
私とニャームズは『ケーブ』と中学生ながら180センチはありそうな筋肉質の少年マサシがなかよさげに歩いているのを遠目に見ていた。
「まさか……『6年前』の話だとは思わなかったよ」
すっかり騙された。
「こうして初代署長のケーブは引退後もマサシのボディーガードを続けているのさ。見ての通りマサシは今は健康少年そのものだがね」
『初代』ケーブのリーゼントは短くなって歩き方もヨボヨボだ。
「そして一犬背負いと日陰の花を好む性格は彼の息子『ケーブ』に受け継がれた……」
ドーサツ発足されしばらくしたある日の午後、ケーブはメイドと子犬と一緒に自然公園を歩いていた。
ケーブは暇を見つけてはこうして二匹と会うことを好んだ。
「なあメイドよ。その子犬の名前はなんていうんだ?」
猫として育てられ、犬となったミニチュアシュナウザー。
「実はまだ決めておりませんの。それで……よろしかったらケーブさんの名前を頂きたいのですが……」
「俺の?」
「ええ……ケーブさんのように強くて優しいオスになれるように。私たちがこうして暮らしていけるのは全てケーブさんのおかげですもの」
ケーブはメイドに仕事と住まいを与えた。
「まあ……それでいいならそうすればいいさ。それじゃあ俺からも頼みがあるんだが……」
「何でしょう?なんでもおっしゃってください」
「……俺をその子犬の父親にしてくれないか? よし! 俺の背中に乗れ! 『ケーブ』!」
「キャンキャンキャン!」
「……え?」
ケーブは子犬の『ケーブ』を背中に乗せてメイドの肉きゅうを握った。
メイドは頬を赤く染め、プロポーズに答えた。
「……喜んで」
犬に歴史あり。
猫として育てられ。
犬の父親と猫の母親と生きたケーブ。
彼は。
今は
もう
いぬ(犬)。
2015年『ニャーランド誌』掲載。
『今は、もう、いぬ』
完。