フルネッコ
フルネッコ……猫のフルボッコ。完膚なきまでに。
犬猫九条……犬と猫の憲法九条。
「マサシが通っている病院を調べてみたらビンゴだったよ。モリニャーティーの息がかかった医者はマリスの実験に彼を使った。毎日ビタミン注射と偽りマリスを彼に投与していたんだ。マサシは夜になると家を抜け出し車を盗み動物たちをひき殺した」
「待て……なぜマサシは動物たちを……」
「彼とケーブは親友だった。だが彼の中にはほんの僅かばかり自由に町を走り抜けるケーブに嫉妬のようなものがあったのだろう。マリスはそのほんの僅かな嫉妬さえ巨大な悪意に変える……マリスが効いている間は身体能力も知能も驚くほどあがる。悲しいかなそれが善行に使われることはないがね」
マリス……小さな子供さえ悪魔に変えてしまう恐ろしい麻薬。
ニャームズが世界中にドーサツを作りマリスを撲滅しようとするのも理解できる。
「おっと……悪目のことを忘れていた。あいつは所詮小者だったね。病院から公園に向かう途中で猫の毛をバリカンで刈ろうとしてたからちょいとフルネッコにしてやったよ。二度と動物に手を出さないほど痛めつけた自信があるね」
ニャームズにフルネッコにされるか……自業自得とはいえ私は悪目に同情せざる得なかった。
「エフビーニャイとエフビーワンの特派員の仕事は『ドーサツを作る場所』と『そこのリーダーを探すこと』だ。僕はケーブにドーサツ発足とそのリーダーになることを勧めた。二度とこんな事件の起きぬよう。それにいい加減猫と犬がケンカしている場合じゃなかったしね」
「それでケーブはドーサツを……」
「つくった。タニーが初代副署長。彼は初代署長だよ。ごらん!」
「おお……」
この自然公園にはこんな銅像があったのか。
リーゼントのミニチュアシュナウザーの像だ。
『初代署長ケーブ』と書かれている。
「ケーブのカリスマ性はすごかったね。誰も逆らうものなんていなかった。君も犬猫九条ぐらい知っているだろう?」
「もちろん」
『犬猫は戦争をしてはいけない』という平和的憲法だ。
「そしてこの鰹が丘はとりあえず犬と猫が穏やかに暮らす平和な街になった……時たま乱す奴もいるがね」
「ニャームズ。気になることがあるのだが……」
「なんだい?」
私はマサシのその後とワタリドリについて尋ねた。
「マサシには動物たちをひき殺した記憶はなかった。マリスを体から抜く薬をのんだらすぐに回復したよ。彼には何も伝えなかった。彼も被害者だしケーブもそれを望んだしね。ワタリドリ? ああ……あいつらがしたことは『犬の縄張りに毎朝糞をする』という小さなものだった。そういえばドーサツ最初の逮捕者は彼らだった。彼らは寒くなるギリギリまで牢屋にいれられ、釈放された。渡り鳥にとってそれは地獄だった。慌てて南に飛び立ったよ」
「……恐ろしいことを!……はて待てよ?」
私はケーブの銅像を見上げある疑問が浮かんだ。
初代署長がケーブなら……
「ニャームズ。ケーブは今なぜ署長ではないのだ?」
「……それは彼が『日陰の花』を愛するから……」
また『なに言っているのだ? この低脳のオスは?』という目で見られた。
しかし、しばらくすると肉きゅうを叩いて大笑いしだした。
「そうか! 誤解があるな。ニャトソン。僕としたことが君を勘違いさせるような話し方をしてしまった!」
嘘だと思った。
このオスはワザと細かな説明を省いてこちらがそれに気がつくか試すのである。
「この自然公園の先に『丘中』という中学があるのを知っているね? ちょっとそこに行ってみようじゃないか。また歩きがてら説明するよ」
「中学校? やれやれ……君は本当に出し惜しみをする」
そう言いながらも私は彼についていく。
残念ながら彼の説明を聞かねば私にはなにがなんだかさっぱりわかりそうになかったからだ。
「今は、もう、いぬ……だよ」
ニャームズは呟いた。