シャムステルダム
シャムステルダム……猫のアムステルダム。シャム猫ばかりいる。
嘉納ポチ郎……犬の『嘉納治五郎』。
「へえ……それで君とケーブは出会ったのか?」
「そう。それでここがケーブが見事に一犬背負いを見せた場所さ」
私はニャームズの話を聞きながら自然公園を歩いていた。
新犬のドーサツたちのトレーニングの声が遠くに聞こえる。
101回肉きゅう腕立てをしているようだ。
「それで……事件の真相はなんだったのだ? やはり悪目が犯人?」
「ううん。マサシさ」
「マサシ!?」
マサシはケーブの飼い主の病弱な少年だったはずだ。
そんなバカな……
そう思いながらも、なるほど。
子供なら運転席に座っていても正面からは見えまいと気づいた。
「当時僕は……今もそうだが世界中を飛び回っていてね。ケーブと出会ったその日に日本に到着した。そこでイヌンボから話を聞いて真相を知り、現場に急いだわけさ」
「まて、そもそもイヌンボとは……?」
「『ネコンボ』さ……イヌンボは僕直伝の変装術でネコに化けた犬だったんだよ。野良犬より野良猫の方が町を歩いていても動物たちの目につきにくいからね。……といっても猫耳をつけただけだけどね。ご存知の通り僕たち動物はあまり動物の見分けがつかない。それで十分だったよ」
悲しいことにそうなのだ。
人間ですらちょっと大きい猫ぐらいに思っている猫もたくさんいる。
「メイドもそれでクレイジーキャッツの猫たちを騙した。知恵遅れなんてとんでもない。彼女は賢いメスだったよ」
「犬を猫だと言って育てる意味がどこにある?」
私にはそれがわからない。
するとニャームズは少し憐れむような眼で私を見た。
その眼で見られると私がどれだけ傷つくかわかっていないのだ。
「わからないかなぁ……それに関しては彼女はこう言っていたよ」
『ええ……全てお話します。こんな馬鹿な私にも息子がいました。私はそれはもう可愛がりましたが主人は私の目を盗みいつも息子を虐待していました。運命なのでしょうね。私が一緒になるのはいつもそんな乱暴者のオスです。そんな主人はとうとう息子を殺してしまいました。私はもう悲しみの頂点にいましたよ。その主人もケンカで死にました。皮肉なもので生きる価値もない私が生き残りました。悲しみにくれていたある日……鈴ニャン高校に歩くのもおぼつかない子犬が迷い込んできました。そうです。この坊やです。坊やは不良たちに囲まれイタズラ書きをされ、猫耳のおもちゃをつけられました。坊やの姿をみて私の体に電流が流れたような気がしました。猫耳をつけた坊やは犬にしては体も小さく猫そのものでした。私はこれは神様が与えてくれた罪滅ぼしのチャンスだととらえました。死んだ息子の代わりにこの坊やを育てろと……ご存知の通りクレイジーキャッツのたまり場に犬なんかいたら猫たちに坊やは殺されてしまいます。けど私には新しい場所で新しい仕事を見つけて坊やを育てる自信はありませんでした。毎日ビクビクしながら過ごしてきましたよ。坊やが犬だとバレないようにバレないように……』
「なるほどなぁ……」
女肉きゅう一つで子犬をそんな危険な環境で育てるのは苦労だったろう。
「話を戻すぜ? ニャトソン」
「うむ」
私たちはまた自然公園を散歩しながら語り出した。
「なぜ僕がマサシを犯人だとしたか……当時僕はシャムステルダムにいたのだがね? イヌンボから国際電話で事件のことを知り、飛んできた。『一犬背負いのケーブ』の名前はシャムステルダムでも嘉納ポチ郎と同じぐらい有名だったし何より事件に興味を持ったんだ。イヌンボは優秀で僕に助けを求めることなんてなかったからよほどと思った。イヌンボから悪目のこともワタリドリのこと聞いていたが、悪目にそんな行動力があるとは思えなかったしワタリドリの場合『ナンバープレートを隠す』必要性がない。警察に捕まる事なんて動物が心配することじゃないからね。ニャン識ではすでに事故車に残されていた毛の持ち主が導き出されていた……これがケーブの物だったんだ」
「な……なにぃ!?」
事故車に残されていたケーブの毛……動物はナンバープレートを隠す必要がない……
外から見ても誰も乗っていないように見える小さな背の犯人……なるほど!
「おや? わかったようだね? ニャトソン。それにしたって小学校低学年の病弱の子供がひき逃げ犯なんておかしい。僕は『マリス』の存在を疑った」
「ま……マリスか……?」
ニャームズの永遠の宿敵『モリニャーティー教授』が作り出した『殺意や怒り』などの負の感情を最大限まで引き出す恐怖のドラッグ……。