濃薄の毒。
「命を懸けた博打か……」
私には到底理解できない。
40年前の青酸カリと2年半寝かせたフグの卵巣……
『毒がまだ残っているかも知れない』ものを食べさせ生きるか死ぬかのとんでもない博打……
私はそんなことを考えながら、ニャームズに言われた通りナタリーとコッコの待つ家へ向かっていた。
憂うつだ。
ナタリーの『毒』はもう抜けたのだろうか?
これも私にとってある意味『命がけの博打』だ。
「お幸せに……」
のれんを下ろした鱒男寿司の前を通ると二人が肩を抱き合って座っていた。
殺そうとして死ななかったことによってうまれたら愛か……こんな愛もあるのだろうか?
『吹田くぅん。笹絵さぁん。幸せになれよぅ』
んん? なにやらダンディーな声が聞こえたような? 気のせいか?
何はともあれ、もうおかしな博打はやめて欲しい。
なにしろここのウニは本当に絶品なのだ。
「た……ただいまー……」
「あー! おかえりなしゃーい!」
我が家の名探偵コニャンことコッコが抱きついてきた。
ここまでは順調だ。
「あらおかえり」
おお……ナタリーは怒っていない……のか?
「今日ね。あの日のメスネコがきて全部話してくれたわ」
「あの娘が?」
これはニャームズによる粋な計らいだというのは後から知った。
「本当に食事だけでなにもなかったのね……ごめんなさい。だってあなた事情を話さないから……」
『私は何度も話したがな君が聞かなかっただけだ』と言いたくなったがグッとこらえた。
ここでそんなこと言ったら機嫌を損ねることぐらいはメス心を学んだ。
「わかってくれて嬉しいよナタリー」
「ウニも……本当に食べ物だったのね……美味しかったわ」
「だろう?」
ウニの美味しさまでわかってくれて本当によかった。
「さあ晩ご飯にしましょう」
「うむ」
「はーい」
こうして私は久しぶりに家族と器を囲んで食事をすることになった。
ここで『いや、ニャームズの所で食べてきたからいい』といったらやはりナタリーは機嫌を損ねるだろうから言わないでおいた。
本当に私はメス心がわかってきた。
ナタリーも贖罪の気持ちがあるのかディナーは豪華だ。
私の猫缶にはウニが乗っている。
『毒は時間によって浄化される』か。
「にゃれれ~?」
「ん!?」
コッコがまたあの悪魔のワードを口にし出した。
や……やめろ! なにを言うつもりだ!
「……にゃんれもなーい!」
「……」
ホッ……
「ナタリー。君にとって私は『ブランド物』かい? ちゃんと価値のあるオスかな? 君に愛される価値のある」
私はナタリーにそう訊ねた。
ナタリーは優しくこう答えた。
「ブランドがどういう意味かわからないけど私はどんなニャトソンでも愛せるわよ」
「……」
「にゃれれ~? おとしゃんの顔が赤いでしー。まるで照れているようでしー」
うるさいコニャン。
事実照れているのだ。
私は照れながら猫缶の上にちょこんと乗ったウニをスプーンで口に運んだ。
2015年ニャーランド誌掲載
『濃薄の毒』
完。
庭の渋柿が甘柿になりました。