吹田くぅん。
「笹絵さん。よかったら次の日曜デートしないか?」
「ごめんなさい鱒男さん。日曜はだめなの」
「笹絵さん。日曜……」
「ごめんなさい穴子さん。日曜はだめなの。また誘ってね」
「ふむ……旧姓『磯野笹絵』は大学時代。鱒男とアナゴノリオ……穴子にしておこう……のマドンナだったわけだ」
「そうなるかな」
「それで最終的に鱒男が笹絵を勝ち取った……か。続けてくれニャトソン」
「おーい鱒男さん! 穴子さん! はあ! 喉が渇いた! 勉強にアルバイトに……学生も楽じゃないわね」
「なにか飲む? お茶でも……ところで今度こそデート……」
「ごめんなさい! 鱒男さん! 次の日曜もアウト! 穴子さん。コーヒー一口いい?」
「もちろんさぁ」
「ぶはー! ごちそうさま! じゃあまたねー!」
「あーあー……笹絵さん。またダメかぁ……」
「……高嶺の花だねぇ。吹田くぅん。君のりんごジュースを一口おくれよぅ。笹絵さんが全部飲んじゃった」
「エエー!? イヤだよ。男同士で気持ち悪い!」
「そりゃないぜ吹田くぅ~ん」
「……とまぁ鱒男と穴子は笹絵に全く相手にされなかったようだ。それでよかったのだろうな。お互いわびしさを分け合って友情を深めて親友として絆を深めた」
美しい男の友情。
素晴らしいな。
「男の友情にどうこう言うつもりないが、二人とも全く相手にされてなかったというのはそれは違うね。大学時代の段階では穴子が一歩リードしていたとして間違いないだろう」
「ニャニッ!?」
少しカチンときた。
ニャームズはメス嫌いの猫である。
恋愛もしたこともないし当然デートの経験もないし、猫を真剣に愛したこともないだろう。
この手の知識については私の方が遥かに豊富なはずだ。
「ニャームズ。今の話のどこに穴子がリードしているところがあった? いい加減なことを言うなよ。いくら君でも恋がらみのことはわからないだろう? 恋愛経験もないのに」
「経験絶対主義者は否定はしないが、そういう主張をする奴は頭が鎖国状態の奴が多いね。まずは経験! じゃ『予測』する力と『推理する力』が衰える。まるで大砲をつんだ黒船に『やってみなきゃわからない』と刀を振り回して近づく幕府の武士のようだ。予測、想像、過程してこその経験だろう? 第一経験絶対主義じゃ人を殺したことがない裁判官がは殺人者を裁けないということに……」
やばい。
ニャームズが演説モードに入った。
「そ……それでなぜ笹絵は穴子の方に気があると?」
「ああ……穴子には『次』があったが鱒男にはなかった。それにコーヒーじゃ喉を潤すには役が不足だ」
よかった……落ち着いてくれた。
しかし何? 何をいっているかわからないぞ?
「……かいつまんで」
「ニャトソン。君はいつも答えをすぐに求める。経験絶対主義者の悪い癖だ。答えだけ知って、答えを導き出そうと計算する奴を上から批判する。『僕は答えを知ってるぞ』ってね。デートに誘ったとき、鱒男にはごめんなさいと一言でおしまい。穴子には『また誘ってね』だ。この一言が加わっているだけで随分ちがう」
「ははぁ」
なるほど。
穴子には次のチャンスがあったが鱒男にはなかったというわけか。
「『次誘ってね』が、ないイコール『もう誘うな』だと思うね。それに笹絵は喉が渇いたと言っているのに鱒男のりんごジュースではなく穴子のコーヒーを飲んでいる」
「そうか! 普通は喉が渇いたらコーヒーよりりんごジュースだ! 笹絵は鱒男の飲みかけのりんごジュースは嫌だったんだな?」
「そう。でも穴子の飲みかけのコーヒーは口をつけるのにためらいはなかった。つまり?」
「笹絵は鱒男より穴子に気があった!」
「そうだ。では話を続けたまえニャトソン」