マイクロネコからの返事
(あの図書館にいく男……あれもまた暗黒の家の住人になる危険を孕んでいる)
(どういうことだ?)
(車のキィがあるのに毎日靴がすり減るほど歩くのはガソリン代がないからだろう。当たり前だ。毎日図書館をいったりきたりして働いている訳ではない……失業者だろうね。彼の読む本がまたよくない。ジャパンの『ダザイ』や『ミシマ』それに自殺に関わるエトセトラ……精神が弱っている人間は顔は痩せていくのに猫背で腹がポコリとでている人間が多い。彼……『マックス』は自殺を考えている……そう考えた僕は公園のベンチで彼の心のケアをしていたのさ)
これを聞いたとき、また僕はニャー探偵に興味をもった。
動物だけでなく人の命さえ救う……
僕はニャ・サール高校に転入したあと、週に二度はマイクロネコと行動をともにするようになった。
そんなある日……
「よう! マックスじゃないか!」
「君は……アナキンか!?」
いつも通りマイクロネコを話し相手にベンチに座っていたマックスにメガネをかけた男が話しかけた。
「ハイスクール以来だな! なんだお前? こんな時間から? ずいぶん暇そうだな?」
「えっと…実は……」
マックスはアナキンに失業し、人生に絶望していると話した。
するとアナキンはマックスの肩を叩いた。
「なんだ! じゃあ俺と会社を起こそうぜ!これからは『インターネット』の時代がいつかくる!」
「い……インターネット?」
読者諸君もご存知だろうが1970年代のこの頃『インターネット』なんて、言葉はない。
「『インターネット』で世界とつながる……孤独な人間なんてこの世にいなくなるだろさ。誰もが『好きなことにチャレンジし、好きなことでいきていける』……俺は世界を変えるぞマックス! ついてこい!」
アナキンはマックスに握手を求めた。
「……」
マックスの目に生気が宿る。
アナキンの手を強く握り返した……もう彼は大丈夫だと僕たちは思った。
「ありがとう。猫よ。君は幸運の猫だ」
マックスはマイクロネコを軽く撫でてアナキンと去っていった。
マックスを見たのはこれで最後だった。
マイクロネコはというと……
この数週間後、伝染病であっさりと死んだ。
マイクロネコの偉大さ、優しさを僕が知ったのは彼の死から数年後……ニャー探偵として独立してからだった。
本当に僕は愚かだった。
もっとマイクロネコに教えて欲しいことが山ほどあった。
僕は愚かだった。
一猫ぼっちになり、仕事におわれ、寂しく食事をするときにいつもマイクロネコのことを思い出していた。
そしてある日……マイクロネコのへたくそな料理を思い出し、彼がどれだけ僕を愛し、心配してくれていたのかを知り、彼の死後初めて泣いた。
何度でも言おう。
僕は愚かだったのだ。
「昔話はここで終わりにしておこう……コッコが風邪をひくぜ? ニャトソン君早く帰りたまえ」
ニャームズの目に光るものが見えたが、武士の情け……私は気づかないふりをした。
「さっきの青年はあの時のマックスになにやら似ている……念の為調査し、必要があるなら心のケアをしなければ……そうだな……マイクロネコ……まずは行動だ! さらばだニャトソン!」
私は風のように走り去る友人を見送った後に気がついた。
「……いや無理だろう」
大量のおもちゃやお菓子の乗ったソリに眠ってしまったコッコ……
……どうしよう?
仕方がない……コッコをソリに乗せて全力で引っ張って私は家路を急いだ。
便秘で踏ん張りすぎて血管が切れて死んだ老婆の話を思いだし、少し怖くなった。
この日……私はニャームズのアジトで彼とテレビを見ながらウイスキーを楽しんでいた。
「あの青年はやはり自殺一歩手前でね。恋人に振られて絶望していた。だが僕のフォローもあって無事立ち直ったよ」
ニャームズはチラチラとテレビを見ている……珍しい。
酒を飲むときはテレビはほとんどみない奴なのに……好きなアイドルでもでるのだろうか?
「青年の名は『まじめ』。その名の通り真面目で考えすぎる男だった。公園のベンチで僕と話しをするまじめ君に誰が声をかけたと思う?」
「誰かなぁ……?」
私は久しぶりに子育てから解放され酒を飲んだので大分酔っていた。
「なんだ? 今日はずいぶんうれしそうだなニャームズ……」
「嬉しくもなるさニャトソン! ご存知の通り世界はインターネットによって繋がった! だけどまだまだ偶然によって支配されているのだ! 実に興味深いじゃないか! まじめ君は僕のカウンセリングを受けながらインターネットで助けを求め、『あの二人』が偶然にも手を差し伸べたのだ! 世界は奇跡に溢れてる!」
「……」
(なんだこいつは? 酔いすぎだろう)と私が思っているとあるCMを見たニャームズが叫んだ。
「見ろニャトソン!」
「なにを?……ニャにぃ!?」
『どうも! まじめしゃちょーです!』
『マックスウェインだ!』
『ドゥッ♪ドゥッ♪ハロージャパーン♪アナキンだ!』
ニャームズが自殺一歩手前だと目を付けた例の青年『まじめ』がテレビにでているではないか!
それに二人の中年……『マックス』と『アナキン』……?
まさかこの二人は?
『僕は彼女に振られてヤケになってました。でもその頃『インターネット』の掲示板でお二人に出会って救われました! インターネット動画投稿サイト『ニャーチューブ』の超有名人のマックスさんとアナキンさんです。お二人のお力添えもあり、今では僕も立派な『ニャーチューバー』! 好きなことで飯食ってます!』
『死のうとする前に好きに生きろ若者たちよ!』
『ネットの可能性は無限だ! 小説を書いてデビューって手もあるぞ!』
【まじめしゃちょー……現在フォロワー数222万人】
『頑張っていきていけば……』
『限界突破すれば……』
最後にマックスとまじめが後ろを向いた。
Tシャツの背中には一杯に猫の絵が書かれている…… 気のせいかまじめのほうの絵はニャームズに似ている……マックスの方の猫はまさか……
『君も『幸運の猫』に会えるかもだぜ! またな!』
『好きなことをしよう。好きに生きよう……命を投げ出すな!『ニャーチューブ』は君のそばにある』……
最後にそうナレーションが入りCMは終わった。
「えっと……ニャームズ……これは?」
「マイクロネコの似顔絵……似てたねぇ!」
やはりマックスの方の猫の絵はマイクロネコだったか……
ゴキゲンなニャームズはグラスにウイスキーをなみなみと注いで立ち上がり、満天の星空にグラスをかかげた。
「マイクロネコ! 君が救った命が命を救い。暗黒の家がまた一つこの世からなくなった! 乾杯だニャトソン! この乾杯はマイクロネコに捧げよう!」
「う……うん」
私もグラスを星空にかかげた。
「乾杯!」
「か……乾杯!」
そしてニャームズのグラスに自分のグラスを合わせた。
「マイクロネコ……君は今でも僕を見守っていてくれているのだろうか?……やめよう。僕らしくもない」
示し合わせた訳でもないのに私たちはなぜか同時に星空を見上げた。
流れ星がキラリと光った。
2015年『ニャーランド誌』掲載『暗黒の家』
完。