死体とハエ
ニャンプー……猫のシャンプー。マイクロネコの愛用は『ニャンテーン』
その後、マイクロネコは他の暗黒の家の真相についても語ってくれた。
「四つの生首の事件……大きな家なのになにもない家……これはなにか事業に失敗して借金のかたに家具をすべて持って行かれたのだろうな。異音と異臭……正体は大量のハエと死臭だ。人間の死体の臭いは他に例えようがない唯一の臭いなんだよ」
「ほほう……それで……? 四つの首が浮いていたというのは?」
マイクロネコは苦虫を噛み潰したような……何ともいえない顔になった。
「ロープを使った首吊り自殺だろうな。暗くてロープまで目がいかなったんだろう。時間が経ち、死体が腐り、ロープを閉めた首から下の身体が千切れて落ちたのだろう。これが宙に浮く生首の正体だと思う」
「うっ……うへ……」
凄まじく奇怪な話だが僕は先を聞かずにはいられなかった。
「次は人型の黒い影だが……この男は『ジャパン』のマニアでね。『ハラキリ』自殺を畳の上ではかったのだ。死体は時間が経つと腐り、体がドロドロに溶けて異臭のする汁が滲み出る。影のように真っ黒な人間の正体は畳の上で死んだ男の汁でできた『人型のシミ』さ。ガブリエルが死体を片付け、畳を上げ壁に立て掛け、外にでたところたまたまその猫がそれをみたんだろうな。……彼を追いかけてきた窓に移った人影……これはハエだろう。窓の近くで暴れていたハエが彼には追いかけてくる人影に見えたのだろう」
「ほーー!」
快感だった。
マイクロネコの華麗な推理、得体の知れない怪談話を現実の話とし、僕は知識欲が満たされていく喜びを知った。
……そして僕はニャー探偵という職業に興味を持ち始めていた。
「最後に『動く心臓』……まず、老婆はひどい便秘だったと考えられる」
「はっ!? べ……便秘?」
「そう。便秘で踏ん張りすぎて血管が切れて死ぬ人間は実は年間で相当な数がいるのだ。恐らくはそれだ」
「……なんておかしな死に方だ! 遺族も泣くに泣けない死に方だな!」
しかしこれは笑い事ではない。
便秘に悩む読者諸君も気張りすぎには十分に気をつけて欲しい。
「ドクドクと脈打つ床に落ちた心臓……ガブリエルが使った掃除機のパックに閉じ込められたハエたちがこれまた大暴れしたのだろう。掃除機のパックが動くうち、老婆の血に染まり心臓のように見えただけさ。暗黒の家の謎のほとんどは死体、それとそれに群がるハエが生み出したものだ」
「……君はすごいな!」
感服だ。
これはもう推理というより芸術だ。
「覚えておけニャーロック。ニャー探偵のコツは知ることと観察することだ。そして私は人間の死体からはとても危険な菌が繁殖しやすいのをしっている。素手はおろか、薄い布越しでも死体や死体の汁が染み込んだものに触ると菌が移り、体が腐ることがあることを知っている」
「……ん? ああ……それでか」
暗黒の家にたどり着いてしまった猫たちが体が腐って死んだのはそういうことか……死体や死体の汁に触れてしまったのだろう。
なるほどだからマイクロネコは暗黒の家を見つけても決してなににも触るなと言ったのか。
「……というわけでニャーロック! 目をつぶれ!」
「……ん? フニャアァァ!」
そのあと僕はマイクロネコに何度もニャンプーされ、何度もホースの水をぶっかけられた。
このおかげで僕は腐って死ぬことはなかったのだが……なかなかトラウマだったよ。