狭間
「暗黒の家は存在するよ」
公園のベンチに座る例の図書館男の膝の上に乗ったマイクロネコは僕の話を聞くとそう言った。
男はマイクロネコに語りかけるように何やらブツブツと嘆いている。
マイクロネコはそれに猫語で返す。
会話にはなっていないが、なんとなく一人と一匹は楽しそうだった。
「上下つなぎの男……それは間違いなくガブリエルだな。この街に『天使』は彼しかいない」
「天使? 話を聞いていたのかマイクロネコ? 暗黒の家にいた……えっと……ガブリエルは死神だろう? やはりつなぎの男はガブリエル……そんなことあるか!」
「ニャーロック。落ち着けよ。らしくないのはお前だ」
「……」
確かに。
マイクロネコに同意したくなくて死神などとくだらないことを言ってしまった。
「説明がいるか? ニャーロック。暗黒の家についてどれ、教えてやるか……」
「結構!」
どうせ暗黒の家なんて存在しない。
このオスは自分が優秀なのを鼻にかけて僕をからかっているのだ。
僕は走り出した。
「待て! ニャーロック! 暗黒の家には近づくな!『決して何にも触れてはいけない』ぞ!」
「指図するなよ!」
数日後……僕はふてくされながら森を歩いていた。
片肉きゅうにはタマネギタバコ……ずいぶんと歩いた気がする。
「ゲホッ! ゲホッ!……おや?」
この当時の僕はタマネギタバコにむせては咳き込んでいた。
ワルぶって吸っては見たものの喉が受けつけない。
「こんな所に……小屋があったのか……?」
湖のほとりに建てられた、何やら異様な空気を漂わせた山小屋……『暗黒の家』
そのワードが僕の頭をよぎった。
『ブゥン……ブゥン……』
「むっ!?」
『異音』と嗅いだ事のない『異臭』……まさかこの小屋は暗黒の家なのか!?
知っての通り僕は好奇心の大変強い猫だ。
『暗黒の家には近づくな』マイクロネコの忠告も忘れ僕は小屋に足を踏み入れた。
「暗黒の家……」
小屋の中は何やらねっとりとした空気に包まれており、僕は気分が悪くなってきた。
「扉だ……扉があるぞ……」
この扉を開けることは、あの世への扉を開くことになるのではなかろうか?
僕はそう思いながらもゆっくりと扉を開けた……するとそこには……
「うっ!」
『ドロドロに溶けた人型のなにか』がそこにいた。
しかも二人……ここは完全に暗黒の家だ! 間違いない! 僕はあまりの恐怖で固まってしまった。
「なにをやっている!? ニャーロックか!? そこを動くな! まだなにも触っていないだろうな!?」
「えっ? うわぁっ! ひーー!」
あんな情けない声を出したのはあとにも先にもないね。
突如現れたマイクロネコが僕の首の後ろの皮に噛みついて僕を持ち上げ走り出した。
「うわーー! マイクロネコ! 死神だ! 僕たちは本当にもうだめだ!」
「……?」
やはりいた! 僕たちは小屋に入ってきたガブリエルの横を走り抜けた。
もうだめだ!
死神を見てしまった!
僕の体も腐って死んでしまうのだ!




