ガブリエル
シニャクショ……猫の市役所。たらい回しにされる。
サネコパス……猫のサイコパス。切り裂きキャットなどが有名。
「見たまえニャーロック。あの男はあまりよくないな」
この日、僕はマイクロネコの人間観察にイヤイヤつき合わされていた。
「なにがよくない?」
「みろ。顔はやつれているのに下腹は出ている。靴の底を見てみろ。靴底はその人間について大いに語る。すり減っているな? 彼の基本移動手段が車ではなく徒歩だというのが見て取れる。でも腰には車のキィ…彼は最近この公園でよく見る。朝方現れ、夕方にまたここを通る……これがどういう意味かわかるか?」
そう言われても当時の僕は人間になんか興味はなかったのでそんなことわかるはずもない。
「本が好きなんじゃないか? この公園の先には図書館がある」
「いいぞ! ニャーロック! 彼が座って一日中本を読んでいることは彼のズボンについた膝の痕から間違いない。肘を膝の上に乗せて本を読むのだろうね!」
「はー」
なるほど適当に答えたがそういうことか。
「ここで気になるのはなぜ彼は交通の移動手段を使わないかということだ。車のキィはある。ここはバスも通る。運動をする格好でもないしそれならば一日中図書館にいるというのは説明がつかない。これは彼は『暗黒の家』の住人になってしまうかもな……しかし私は幸運の猫でもある。彼を暗黒の家から引き離すことも不可能ではないだろう。それがニャー探偵である私の仕事でもあるからな。きっとニャーロック。お前だってそうだ」
マイクロネコの言っていることはさっぱりわからないので毛繕いしながら適当に聞き流した。
『暗黒の家』? 『幸運の猫』? わからないが僕がニャー探偵になんかならないのはわかると思った。
「ほら。昨日の男だぞ」
「ん?」
今度は昨日アパートにきた男が歩いていた。
「なにがわかる?」
「なにって……昨日はあんなにキビキビしていたのにずいぶんノロノロ歩いているよ。それに……昨日は気づかなかったがアクセサリーが好きなのか?」
「アクセサリー? そうだな。ネックレスはジャラジャラ鳴っているし、両手の指にはドクロやらカラスやらのリングがはめられている。指一本残らずね。一つだけ翡翠のリングがあるのには気づいたか?」
「よく見てるな……まるで気づかなかったよ……うっ! あの男はどんな人間か僕もわかる! 異常者のホームレスだ! 猫の敵だな!」
上下つなぎの猫の死臭をプンプンとさせる男が歩いていた。
「サネコパスだね!」
「違うニャーロック。彼は暗黒の館の天使さ。彼のような人間が猫にも人間にも必要なのさ……」
マイクロネコは目を細めた。
「いい加減答え合わせを一つぐらいしろよ。図書館男とアクセサリー男と死臭男……それと『暗黒の家』とはなんだ?」
「暗黒の家と死臭男……彼『ガブリエル』についてはガブリエルをよく観察すればわかる。図書館男とアクセサリー男はほとんど答えを言っているようなもんだろ? がんばれニャーロック。私はシニャクショにいかねば」
マイクロネコはネ公務員でもあった。
「まてよ……マイクロネコ! なぜあの男がガブリエルという名前だとわかった? それもお得意の推理か?」
マイクロネコはニャッハッハッと狭い額を肉きゅうで押さえて笑った。
「そうだったな! ニャーロック! お前はまだ英語も読めないか! 彼のつなぎにそう刺繍されているのさ! 刺繍と死臭……プッ! やはりニャーバード大学へいけニャーロック。学ぶことは山ほどるぞ!」
「ふんっ!」
つまらないダニャレで笑うつまらない男だ。




