煮卵事件。
「やぁニャトソン。フジンから貰った煮卵は美味しかったかい?」
【生命と廃棄物の間】事件の数週間前のある日。フジン、私の順番で家に帰ってくると安楽椅子に座ったニャームズはそう言った。
「に……煮卵? 何をいっているんだ? ニャームズ? 私は煮卵など……」
私は驚きを隠せなかった。
煮卵は私の大好物……買い物帰りのフジンにねだり、少しだけご相伴に預かったのだ。
「時と場合によるが嘘はいけないぜニャトソン。僕の推理では君は煮卵を食べたに違いないのだ」
断言するニャームズを誤魔化すのは無理だろう。私は正直に話すことにした。
「確かに煮卵を食べたよ……しかしなんでそれがわかった?」
「簡単なことさニャトソン。君はフジンの後に入室してきた」
「それがなんだ?」
「君は野良猫としてのプライドがまだあるのだろう。いつもフジンより先に入室しようとする癖があるんだぜ?」
「む!?」
確かに言われてみればそうだ。私は上下関係をハッキリさせるため、フジンと玄関前ではちあうと先に入室しようとするのだ。
「たまたまかもしれない。それにそれだけでは私が煮卵を食べたことにはならない」
「そうだね。だが2回だ」
「2回? なにがだ?」
「君が階段をジャンプした回数だよ。音でわかった。君はフジンが階段を上りきった後、2回のジャンプで階段を上りきった」
私は回りくどい説明にイニャイニャしてきた。
「ニャームズ。そろそろ結論を聞かせてくれるとありがたいのだがね?」
「イニャイニャするなよニャトソン。玉ねぎを食べるかい?」
ニャームズは毛布の下から玉ねぎを取り出しくわえた。
この頃のニャームズはまだ玉ねぎをやめてはいなかったのだ。
「ニャームズ。玉ねぎはやめろと言ったろう?はやく答えを教えてくれ」
「わかったわかった……君はいつも階段を4回のジャンプで上りきるのだ」
「へぇ……そうなのか?」
「間違いないね」
つまらないことを観察する男だ。
「つまり君は階段を2回のジャンプで上りきるほどご機嫌だったって訳さ。煮卵を貰い、気後れのある君はフジンを気づかい先に入室させ、その後にご機嫌な2回ジャンプで後から入室した……君をそこまでご機嫌にさせるのは現段階で煮卵しかない。そこで僕は君がフジンから煮卵をもらったと推理したのさ」
「はぁ……まいった。まいったよニャームズ。しかし聞いてみればなぁんだと言った話だな」
「その通り。推理はネタバラシをしちまうと魔法から使い古された手品になる。だから僕は出来るだけネタバラシをせず、みんなの驚いた顔をみたいのさ。だがねニャトソン。推理の材料がなくても僕は君が煮卵を食べたことを当ててみせたぜ?」
いくらニャームズでもこれはハッタリだと思った。わからないと思って馬鹿にしているのだ。
「おいニャームズ。いくらなんでもそれはないだろう? 怒るぜ」
ニャームズはクククッと笑った。
「そういうシリアスなセリフは顔についた黄身を落としてからいって貰いたいものだね。ニャトソン」
「!?」
私は顔を肉きゅうで撫でた。そこには確かに卵の黄身……
「……ニャンちきしょう!!」
「はーっはっはっぁ!!」
ニャームズは珍しく大笑いした。
……ニャームズファンの読者諸君。ニャームズにはこういった性格の悪い点がある。
目を覚ましてくれ。