ニャーロックニャームズ
私の名は【ニャトソン】。
私は我が友【ニャーロック・ニャームズ】について語らねばニャらない……
いや、ならないだろう。
ニャームズは細身のオリエンタル・ショートヘアーという種類の猫で、雑種猫の私から見れば羨ましいほどの気品を漂わせている。
この物語は旅猫だった私が【鰹が丘】という町に足を踏み入れた所から幕を開ける……
○
長い旅の果て、鰹が丘にたどり着いた私はまずは寝床を探すことにした。
猫はテリトリーにうるさい。
勝手に住み着いたら争いになるのは目に見えている。それに私は争い事を好まない。
そこで私は猫づてで情報を集め、鰹が丘の顔猫に会い『なにかいい話はないだろうか?』と伝えた。
「ふむ……ニャームズという猫が同居人を探している。彼に会ってみたらどうだろうか? 彼と仲良くなればこの辺りで過ごしやすくなるよ。だが彼は気難しいからなぁ……」
「ニャームズ?」
同居というのは一匹猫の私には若干腑に落ちないところもあったが仕方がない。
ニャームズという猫はこの辺りの猫たちからの信頼の厚い猫のようだし、顔を覚えてもらうのも悪くはない。
「わかりました。会いましょう」
「おぉ!! それならば私が手はずを整えます」
そして私はニャームズと夜8時、鰹が丘公園の土管の上で会うことになったのだ。
○
「南からいらしたのかな?」
ニャームズは私を見るなりそう言った。
「確かにそうですが……誰にお訊きになられたので?」
「いえいえ。まだ涼しい時期だというのにアナタの毛にはシラミの卵ががついている。握手は遠慮しておこう」
「なるほど……私は生粋の野良猫なのでね……失礼」
私は土管に仰向けになり、体を擦り付けた。
「そんなことをしても無駄ですな。脂漏という病気になる。気を付けることです。いくら水が嫌いだからといっても体を洗うのを怠けぬように」
「覚えておきましょう……ん?」
そこまで言って気がついた。なぜ彼は私が水嫌いだとわかったのだろう?
「……以前どこかでお会いしましたかな?」
「紛れもなく今日が初対面です」
「では何故……?」
「推理……いやぁただの観察ですな。目が落ち窪んでいる。脱水の症状だ。悪いことはいわない。深刻な病気になる前に体を洗い、水を飲みなさい」
「驚きました……あなたはまるで魔法使いだ」
「ただの観察だと言ったでしょう? ニャトソンさん……いや、ニャトソン君と呼んでも構いませんね? 私は同居人をあなたに決めましたよ」
これは私にとって喜ばしい事であり、不可解な事だった。
「なぜそんな病気になりそうな私を……?」
「簡単な事です。あなたが家出猫だからですよ。この辺りは野良猫ばかりで人に慣れていない。訳あって同居人は人に慣れていないと困る」
私は衝撃を受けた。
まさか家出猫だということまでわかるとは!
「あなたはなにを……私は生粋の野良猫だと言ったでしょう?」
「ニャトソン君。時と場合によるが嘘はいけないよ。先程仰向けになった時、去勢手術の痕が見えた。君が飼い猫だった証だ。僕は静寂を好む。発情期の猫のアオアオといった鳴き声は嫌いなんだ。その点、君は問題ない。これが決定打になったね」
「……」
私は言葉を失った。
「ニャトソン君。なにを呆けているんだい? 早くきたまえ。実はこの場所は猫会議の会場なんだ。よそ者の君がここに長居するのは賢明ではないと思うのだがね?」
続く。