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君がいたからーー

君がいたからーー水戸愛華の場合ーー

作者: 智遊

 この春、莉子を追って私立天翔学院高等部に入学した沙穂と私、水戸愛華。

 元々小学校が同じで三人とても仲がよかったのだけれど、中学で莉子が天翔を受験し入学したことで私たちは離ればなれになった。

 それでも私たちは時間があれば三人で会い、莉子に勉強を教えてもらいながら日々を過ごしていた。

 それが変わったのは中学3年の夏。私たちも高校受験が半年後に迫ってきたある日のこと、私たちは莉子から衝撃の事実を聞いた。


「天翔の中等部は通学だけど、高等部は全寮制なのよね。今までみたいにこうやって遊ぶことって難しくなるわね」


 それまで別々の高校にいったとしても、今こうやっていれるのだから大丈夫だろうとなんの根拠もなく考えていた。

 莉子はそんなつもりではなくただ口にしただけなのだろうけれど、私たちはその日、進路を変更した。



※※※※



高校一年冬。私、水戸愛華は如月麻人さんが好きです。



 6月の始めに如月君の持っていたファイルが私に当たったことで知り合い、急速に距離が縮まって。

 6月の終わりには一緒に図書館で勉強するようになり、8月のサマーパーティはエスコートのお誘いをもらいーー諸々あって結局、エスコートどころか私、出席できなかったけどーー9月の休日は二人で遊びに行き、11月の文化祭は二人で一緒にまわった。

 もう、恋愛対象じゃないなんて白々しいことは言えないし、言うつもりもない。

 けれど如月君は、その顔と家名、地位やらで非公認のファンクラブができてるくらい人気があることもあって、彼のまわりにいる私に嫌がらせが徐々に増えていった。

 それは当然だとおもう。私も多分、如月君が別の人と噂になっていたとしたら嫌がらせとまではしないとしても、いい気はしなかったはずだから。


 だけどそれよりも気にかかったのは、如月君と相澤くんの間が急速に冷えていって、今ではほぼ決別状態だということ。

 春、二人と保月さんをいれて三人はクラスが違ってもずっと一緒にいた。私たちがお茶会に呼ばれるときも三人は一緒で。

 なんで一緒にいるのかと聞いたら、如月君と相澤くんの家は家格がそう違わないらしくて、なにをやってもお互いに迷惑がかからないからという答えが返ってきた。


「つまりは仲がいいんでしょう?」


と莉子がきいたら、相澤くんがそういうことかな、ってにっこり微笑んでいた。


 そんな二人に距離が出始めたのはその後らへんから。

 実はその辺の私の記憶はとても曖昧だ。なぜなら、その前後から女子のやっかみという嫌がらせが始まって私を追い込み始めたからだ。

 説明がとても長いからこの辺で割愛しちゃうけど、莉子や沙穂がいてくれたから乗り越えることができたし、寮は寮長がしっかり取り締まってくれたおかげで大事にはならなかった。



 如月君と相澤くんが完全に決別したのは、サマーパーティの日。

 私は莉子と沙穂と頑張って選んだワンピースを着て、エスコートしてくれる如月君の元に向かったそのとき

 

「あなたにはまだ早いですよ」


その言葉とともに肩の辺りからなにかかけられた。

 かけられたのはペットボトルのお茶で一瞬呆然とし、視線をあげる。


そこには、微笑んだ保月さんがいた。


「可愛らしいワンピース、染みになりますよ。お戻りなさい。あなたはサマーパーティに来るべきではない」


 これが決別の宣言になった。なんでだろう。どうしてこんなことになったんだろう。

 今まで相澤くんも保月さんもいつも私をそれとなく助けてくれて、それとなく助言をしてくれていた。

 保月さんが動いたということは、主人の相澤くんの指示ということで。

それを知った如月君は相澤君に詰め寄った……らしい。あたしは、寮に戻って莉子と沙穂と裏庭で花火を見つめていたから知らないけれど。


 ずっと考えていた。

 私は、相澤君と保月さんに何をしてしまったのか。


その答えを見つけるのに時間がかかった。秋が冬になろうとしていた。



 その日、私は少し具合が悪かった。

咳も出ていたし、少し熱っぽかった。

 でも、それを外に出すと莉子や沙穂、そして今はクラスメートたちが心配してくれるので外に出さないように気を付けていた。

 あまり一人では出ないように気をつけていたのだけれど、その日はどうしても中庭を通ることがあって、……まあ、油断していた。

 ふと顔をあげると数歩先の木陰から保月さんがこっちをみているのに気づいて、足をすくませる。

彼女の表情には何もなく、少し機嫌が悪いような気がした。


「あなたはーー」


 何かをいいかけて、大股でこっちに移動して……私は思わず一歩引こうとした。

そして突き飛ばされた。


「きゃあっ」


その悲鳴は私の声じゃなかった。なにしろ、私は思わずわわわわっ!って叫んだから。

じゃあだれの?

と思った時には、ジャバーンッ、って音と水しぶきが目に入った。


 次に目を開いた先にはずぶ濡れの保月さんが上を見上げていた。


「水戸っっ!無事かっ!?」


その声に振り向くと如月君がかけよってくる。

 如月君は一目で私に怪我がないとみるやいなや保月さんに視線をやる。


「保月!!ちょ、お前風邪引くから着替えてこい!」

「ん?ああ、見苦しいものをお見せしました。重いのでここで上着を……」

「脱ぐんじゃねぇぇ!お前はわかってるんならちょっとは恥じらえぇぇっ」


 水に濡れた制服がどうなるかは、まあ当然のこととして。

水に濡れた男装の保月さんは、女の私から見てもとても色っぽくて……どこからどう見ても女性でした。……あの、私にも目の毒なんですけど。


 ふと私は気づいた。


 あのとき、上を見上げていた保月さんの表情にははっきりとした嫌悪が浮かんでいた。

 水を落とした女子生徒たちにたいする見たことのないような侮蔑が。



 そう気づいてしまった。




※※※※



「さて水戸様。メイクアップしましょう」


 ワンピースを着て、早めに寮から出て学校の空き教室にいたらそこに保月さんがやってきた。

 サマーパーティのようにウィンターパーティも出させないようにするのかと思って身構えたら、ささっと後ろに立って下ろしていた髪をまとめ始めた。


「あ、あの保月さん!」

「なんでしょう、水戸様」


後ろで保月さんが微笑んだ気配がする。

心臓がバクバクしだした。


「あ……あ……あの!瀞さんって呼んでもいいですか!?」


まーちーがーえーたー!私のバカぁ!


「どうぞお好きにお呼びください」


 一見冷たい言葉のように聞こえるけど、ふふふ。と声がしたので気分を害したわけではないみたいだ。


「あ……あの!私のことは愛華ってよんでください!」

「他に人がいないときでしたら」

「え?なんでですか?」

「私が名前呼びをしてしまうと怒り狂うヘタレ王子がいまして」


 ヘタレ王子?と首を傾げるがふふふと笑うだけで保月さんーー改め、瀞さんは説明してくれなかった。

 ではなくて、私は瀞さんに言わないといけないことがあったんだ。


「あの、瀞さん」

「なんでしょう、愛華様」


 丁度、髪いじりは終わったらしい。ひょこっと視界に笑顔の瀞さんが現れた。

言いたいことはいっぱいあった。

色々話をしないといけないことがあった。

 でも、瀞さんの顔を見たら胸がつまって声にならない。瀞さんは静かに私を言葉を待ってくれた。


一つ、一つだけ。


「今日、私はパーティーに出ても大丈夫ですか?」


瀞さんはそのまま笑って


「勿論。あなたはいい女性になりました。胸をはって楽しんでいらしてください」


目の前が涙で霞んだ。


「……ごめんなさい、ごめんなさい……瀞さんありがとうございました」


 外部入学をして、全寮制の学校で、ただでさえ知り合いが少ないのに沙穂と莉子にべったりして、サマーパーティーの日あのまま如月君の隣に立っていたら私はきっと潰されていた。

 寮長がみかたでいてくれて、少なくとも寮の中は安全だった。サマーパーティの日、なんで寮長は寮にいたんだろう。

 風当たりが強くても、直接私に危害が加えられることはなかった。水が降ってきたあのときは、瀞さんが庇ってくれた。

 瀞さんも相澤くんも私に危害を加えることは一度だってなかった。

それなのに私は、言葉が冷たかったことに、欲しい言葉じゃなかったことに二人が私を敵視してるのだと思い込んでいた。


「愛華様、あなたが謝る必要はないんです。なんであなたが謝るのです?」

「だって!私!私!」

「ふふふ。愛華様、涙をひっこめて。もう少しきれいに飾りましょう」


 メイク用品を取り出して瀞さんがウインクをした。

グレーのセーターに黒のパンツな格好の瀞さんは、かっこよくてとてもさまになっていた。


「はい。でも一つだけ。なんで、私をかばってくれたんですか?」


瀞さんはキョトンとして、耳元まで近づいてーー



※※※※



 夏は外で火を囲んだらしいのだけど、冬はダンスホールでパーティーだった。

パーティーホールに入るとすぐに沙穂と莉子、あとは千恵ちゃんや国吉君が話しかけてきてくれたり、手を振ってくれる。

 それを返しながら目当ての人を探す。


「水戸!」


 振り向くと如月君が緊張した面持ちでこっちに向かってきた。いつもキラキラしい彼は、黒のスーツを着ていて何倍もかっこよくみえた。


「わー、一段と今日かっこいいねぇ、如月君」

「あ、ほんとか?お前も今日……か……可愛いじゃん」


 お化粧の力は偉大だ。しかし嬉しいぞ。

 ふたりでニヤニヤして、そして如月君は私に手を差し出してくる。


「ウィンターパーティーでくっついたカレカノは上手くいくって言うジンクスがある」


急な発言に目が丸くなった。

 いや、確かに今日そんなシチュエーションは期待してたけど早くない?

でも、如月君の表情は必死そのものだ。


「今日のパーティー、独占させてもらえないだろうか」


私はぷっと吹き出した。


「え?今日だけでいいの?」

「え?え?いや……そうじゃなくてそうじゃなくて」


必死で弁解する如月君に嘘だよーと答えて。


「今日から独占してもいいけど、友達くらいはいいでしょ?」


と意地悪く言ってやったら、ま、まあ友達くらいな!と取り繕って面白い。

 そうしたら急に辺りを見回して、少し悲しそうに笑い私の頭をポンポンした。


「どうしたの?」

「ん。結局、あいつらと仲違いしたまま年越すんだなって思って。本当は……今日のこれもあいつらに認めてもらってからにしたかったんだけど……うまくいかないもんだな」


 さっき、「あいつら」の一人の男装女子がすーっと出ていったんだけど、あれビデオカメラ持ってたんだけど……ええっと……

 よし。大丈夫。ちゃんと話をしよう。これまでのこととこれからのこと。


「あのね、本当はね、私、相澤くんも保月さんからも嫌がらせなんてされてなかったんだよ」



 聞いてくれる?私の懺悔。



※※※※



『私たちの大事な友人だから。御武運を祈っています』

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