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私のシュバリエ

作者: ショコラ*
掲載日:2013/06/21


「結衣(ユイ)ー、呼んでるよー!」


 クラスメイトに呼ばれて振り返れば、教室の扉の側には、見慣れた顔があった。

 胸が、ズキンと痛む。


「……修司(シュウジ)」


 無理矢理笑顔を作れば、彼は何てことなく笑い返してくる。

 まるで……

 まるで、私をフッたなんてことが、無かったかのように。



『私のシュバリエ』



「どしたの?」


 強張った作り笑いをして近づけば、修司は馴々れしく私の肩を抱くようにして廊下へと促す。


「なぁ、明日ヒマだろ?」

「何でヒマな前提なのよ……」

「俺さ、急に明日予定空いちゃったんだよね。服買いに行きたいから、付いてきて」

「何で私が……カノジョに頼みなよ」

「そのカノジョが予定合わなくなったから、結衣に頼んでんだろ?」


 ……サイアク。

 いくら私が、幼なじみだからって……いくら、私が修司を好きだったからって。

 普通、フッた女を穴埋めデートに誘うか?!

 てかどんだけ人の好意にツケ込むんだよ。


「あのさ、修司……そういうのって……」

「いいじゃん。どうせお前今、好きなヤツもいねーんだろ?」

「……」

「俺もお前のこと、2番目に好きだし。じゃ、明日な。またメールする!」


 言うだけ言って、さっさと立ち去って行く修司。


「……」


 何も言い返せない私は、悔しくて、情けなくて……

 泣きたい気分になりながら、重い足取りで教室へと戻る。


「ねぇ、修司って彼女出来たんでしょ?」

「あー……結衣は幼なじみらしいよ」

「幼なじみだからって肩抱く? 怪しー」


 廊下側の列に座っていたクラスメートの女子が、小声で囁き合っているのが聞こえる。


(いい迷惑だよ、ほんと……)


 一番厄介なのは、修司は外面が良いこと。

 本当は結構な性悪なのに、その実態を知っている人は数少ない。

 さらに、そこそこのルックスであることもあって、私は妬みの対象にされやすかった。

 ――あくまで私は、フラれた人間なのに。


「アイツ、何だって?」


 席に着くなり、親友の美緒(ミオ)が眉をひそめて聞いてきた。


「んー……まぁ、いつもと同じ感じ……」

「結衣! ちゃんと言いなさい!」


 容赦なく叱り飛ばしてくる美緒は、修司が嫌いだ。

 ストレートロングの黒髪が綺麗な美人なのに、恋愛は男勝りなぐらいサバサバしていて、いつも私を心配してくれる。


「聞いたら絶対、美緒怒るでしょ」

「既に怒ってるから同じだよ」


 美緒は目を吊り上げて、肩にかかった髪を払った。


「まじタチ悪いし! 結衣が甘やかすから、あぁなるんだよ」

「うん、そうだよね……」


 私がうなだれると、本鈴が鳴った。

 教室内はざわめき、皆それぞれ席につく。


「ちゃんと、後で説明ね」


 美緒もそう言うと、前を向いた。


「はぁ……」


 ため息をついて化学の教科書を出し、ノートを開いていると、先生が入ってくる。


「今日は、隣とペアでワークだ。前回の実験のレポート作成を――」


 最後まで聞かず、教室内は一斉に沸き立ち、机を動かす騒々しい音が鳴り響いた。


「やべ、ノート忘れた!」

「ねぇ、どこまで進んでる?」

「ここテスト範囲らしいよ」


 「隣とペア」……つまりは、男女ペアのワーク。

 必然的に教室内のボルテージは上がり、色んな会話が飛び交った。


「よろしく、結衣」


 私の隣は、ラッキーなことにこの人。


「うん、颯太(ソウタ)に教えて欲しいところあったんだぁ」

「何でも教えてあげるよ、任せて」


 生徒会副会長であり、フェンシング部の部長でもある、女子のヒーロー的男子。

 色素が薄く、流れるような柔らかい髪と、人気俳優顔負けの端正な顔立ちが、どこを歩いていても目立つ。

 彼とはこの学校に入ってから知り合い、幸運にも2年間同じクラスだ。

 去年一緒に文化祭の実行委員をやったことがキッカケで、呼び捨てで呼び合える仲にまでなった。


「えっ……何これ、もうレポート完成してるじゃん?!」

「生徒会までの空き時間にやっちゃってさ……写していいよ。ただ、テスト範囲だから見直しておいてね」


 向かい合わせた机に頬杖をつきながら、ふっと微笑む颯太。

 実際、今回のレポートは空き時間にぱっと出来るような単純なものでは無かったはず……。

 私は改めて彼の要領の良さに感服し、ため息をついた。


「さすがだなぁ……。最近颯太は忙しそうだったから、今回は私がリードしてあげようと思ったのに」

「え?」


 私は唇をとがらせつつ、自分のレポートを広げる。


「どうせ難し過ぎて、穴空きだらけだけど……笑っていいよ」


 颯太はそっと私のレポート用紙を受け取ると、じっと見つめた。

 本当に穴空きの欄ばかりだけど、実験イラストは全部書いたし、珍しく最後まで諦めずに頑張ったレポート。

 今日の授業中に仕上げると先生に言われていたけれど、颯太のために一度仕上げたつもりだった。


「結衣は、化学苦手なのに……頑張ったね」


 颯太は、いつも以上に優しい笑顔で呟いた。


「ありがとう。その気持ちが、すごく嬉しいよ」

「ううん、あんまり役に立てなかったし……」


 その笑顔があまりにも優しくて、思わず顔が赤くなってしまう。

 普段、他の男子には絶対……絶っっっ対に使わないけど……「とろけそうな」なんていう表現を使いたくなる笑顔だ。


「一緒に、答え合わせしようか?」

「うん!」


 それから私たちは、主に私のレポートの穴埋めを中心に、答え合わせをした。

 いくら私の回答が不出来だったとはいえ、やっぱり手付かずだった周りの皆よりは断然早く終わる。

 20分以上時間を余らせて、私たちのワークは終了した。


「やった! 多分一番だよ」

「結衣が頑張ったおかげだね」


 小声で颯太に言えば、彼もまた嬉しそうに、小声で答えてくれた。


「あのさ、結衣……」

「ん? なぁに」


 早く終わったからといって先生に新たな課題を出されないよう、勉強をしている風なカモフラージュを施していると、不意に颯太が切り出す。


「ちょっと聞いてもいいかな」

「うん。どうしたの?」

「さっき、見たんだけど……」


 少し表情を曇らせて、颯太は私を見つめる。


「修司とは、別に何でもないんだよね?」

「え……」


 思いがけず、颯太の口から飛び出した、修司の名前。

 修司も、今はクラスが違うものの、去年は私たちと同じクラスだった。

 さっき見たっていうのは、肩を抱かれたあの瞬間のことだろうか。


「見てたんだ……」

「いや、あれは目立つよ。……結衣は、困ってたように見えたけど?」

「うん……」


 何となく気まずくて、視線を泳がせたものの、颯太は見逃してはくれなかった。


「結衣って、何でも溜め込んで相談しないタイプだろ?」

「……」

「良くないな……。俺にも、相談出来ない?」

「そういうわけじゃ……」


 思わず顔を上げれば、真摯な瞳が私をとらえる。

 息をのむようなその視線に、私は思わず白状してしまう。


「何か……明日、彼女とデートの予定が合わなかったらしくて……」

「うん」

「代わりに、私に買い物ついて来いって」

「え?」


 颯太の表情が、不意に陰る。


「それって、結衣が修司のこと好きなの知ってて言われたの?」

「いや、もう今は好きじゃないんだけど……って何で知ってんの?!」


 驚いて聞き返せば、逆に彼も驚いたように尋ねてくる。


「今は好きじゃないって……それ本当?」

「だって、随分前に完全にフラれてるし」

「……そうなんだ」


 一瞬、颯太の綺麗な顔から表情が消える。


「それで? さっきは断ってたの?」

「断りたかったんだけど、聞いてもらえなかった」

「どうして?」

「私は、どうせ好きなヤツいないだろって……それから……」


 言いながら、再び胸がズキズキと痛んできた。

 ……情けない。


「それから?」

「……私が、2番目に好きだからって。ほんと、理由になってないよね」

「……」


 ため息をついて目を逸らせば、颯太はしばらく考え込んだように黙ってしまった。

 颯太と一緒にいる時間くらいは、楽しく癒されていたい。

 相談してしまったことを少し後悔しながら、私は苦笑いした。


「ごめん、気にしないで。こんなのいつものこと――」

「結衣」


 いつも、私の言葉を一言一句聞き逃さない颯太が、遮るように名前を呼んでくる。

 驚いて一瞬黙ると、彼はゆっくりと口を開いた。


「明日、俺と会ってくれない?」

「……え?」


 一瞬、周りの喧騒が遠くなった気がした。

 私の意識から無数のクラスメートの声が外れ、颯太の声だけにスポットが当たる。


「修司に気が無いなら、明日は俺に時間をくれないかな。……結衣さえ良ければ、だけど」


 頭の中が真っ白になって、きょとんとしたまま颯太を見つめ返す。

 仲は良いものの、私の中で颯太は、みんなのアイドル的存在だった。

 そんな彼と、学校以外の場所で……二人で、会う?!

 それって……


(何か……意味深に考えちゃうんですけど!)


 信じられない気持ちで黙っていると、颯太は珍しく少し焦ったような顔をして尋ねてくる。


「ごめん、やっぱり嫌か」

「ちがっ……いや、何かびっくりしちゃって!」

「びっくり?」

「だって……まさか、颯太が私に、そんな」


 動転して、自分でも何を言ってるのか訳がわからない。

 颯太は一瞬きょとんとした後、ぱっと輝くような笑顔を見せた。


「もしかして、喜んでくれてるの?」

「え……」


 ダイレクトな質問に、思わず頬がかっと熱くなる。


「だとしたら、俺も嬉しい」

「へ……」

「良かったら、今日一緒に帰らない? 明日のこと、相談しようよ」


 う……う……

 うそ……?!

 待って。これは幻聴か何かかもしれない。

 あまりに、自分にとって都合の良すぎる言葉が次々と……


「結衣?」

「えっ、なに?!」

「放課後、今日は会長に書類渡してくるだけだから……教室で、待ってて」

「う、うん」


 一瞬、見つめ合ったまま時間が止まる。

 鼓動の音が体の外に漏れてしまうんじゃないかと思うくらい、胸がドクンドクンと波打った。

 上手く呼吸もできずに颯太を見つめ返せば、照れたような、優しい微笑みが返ってくる。


(失神しそう……)


 頭がぼうっとなった瞬間――


「あれっ。結衣んとこもう終わってんじゃーん! 見して見して!」


 前で賑やかにワークをしていた美緒が、こちらに体を向けてきた。


「いーなー、結衣は颯太くんと一緒で! こっちのバカとだと進まなくってさぁ……」

「あァ?! テメまじ調子乗ってんなよ?!」

「うっさいバーカ!」


 急な出来事にびっくりして颯太を見れば、彼は既にスイッチが切り替わっていて、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。


「どこが出来てないの?」

「おー颯太! このウルセー女取り代えて欲しいんだけど!」

「はぁ?! 颯太くんに変なこと吹き込まないでよ!」

「あはは、喧嘩しないで。一緒にやろうか?」


 颯太の提案に賛同し、私も一緒にやろうと持ち掛ける。

 これ以上二人っきりだと、心臓がもたないもの……。

 私たちは勝手に4つ机を突き合わせ、レポートに意識を注ぐ。

 でも私の頭は、今や修司のことすら薄れ、放課後颯太と二人っきりになることでいっぱいだった。


 そしてぼんやりしているうちに授業は終わっていて、最後のHRもあっという間に過ぎ、とうとう私の緊張はピークに達する。


「じゃ、また明日な! 解散」


 恒例の担任のゆるい終了の合図と共に、教室内はざわめきに包まれた。

 クラスメートたちは椅子を擦って立ち上がり、部活や委員会、もしくはそれぞれの帰路に発つ。


「……」


 ぎこちなく隣をちらりと見上げれば、颯太はすぐに視線に気付いて、にこりと笑った。


「そんなに待たせないようにするよ」

「あっ、大丈夫! 仕事だもん……ゆっくりやってきて」

「ありがとう」


 無駄の無い動きで荷物をまとめると、颯太は分厚い書類の束を抱える。


「それとさ……」

「うん?」

「明日のこと、修司にメールしておいて。用事があるって」


 悪戯っぽく笑いながらも、どこか真面目さも含んでいる表情。


「たまには、はっきりと突っぱねてやんなよ」

「……うん、メールしておく」

「あぁ。じゃあ、また後で」


 ……何てことのないやりとりにも、すっかりドキドキしてしまう。

 まるで、付き合いたてのカップルみたいだ。

 教室を出ていく颯太を見送ると、私は早速メールを打ち始めた。


「じゃね、結衣!」

「うん。また明日ね、美緒」


 クラスメートたちも次々と教室から出て行く。

 私は一人座席に腰掛けたまま、携帯と向き合っていた。


 ……修司に、断りのメールをするのは怖い。

 昔っから、私は修司にあんまり逆らってこなかった。

 言いなりになることが、愛情表現の一つだと思っていたけれど……修司は、必ずしもそうは考えていなかった。

 だって結局私たちの間に刻まれたのは、「都合の良い関係」に過ぎなくて。

 私が愛ゆえだと信じていたキスも、それ以上のことも……彼にとっては、手軽に試せる位置にいる女だったから、というだけのことだった。

 修司はいつも彼女を作り、その子を大切にし、抱きしめるのに……私の事も、気まぐれにそうする。

 気心の知れた、幼馴染みだから。


(もう、終わりにしたい……)


 本当に、終わりにしたかった。

 このままじゃ、いつまでたっても修司の2番目でずるずるいってしまいそうで、ずっと怖かった。

 颯太からの誘いは、そんな闇のスパイラルに差し込んだ、一筋の希望のように思えたのだ。



『さっきのことだけど。明日は、人と会う約束があるの。

 だから、買い物は自分で行ってね。

 もう、私のことは誘わないで』


 送信……っと。

 微かに震える指で、一生懸命考えて作成したメールを送信する。

 初めて、自分からはっきりと断ってやった。


 「男の傷は男で癒す」とか友達が言ってたけど、あながち嘘じゃないのかも……?

 癒えるとまではいかなくても、颯太からの後押しで、私はこうしてアクションを起こせたのだ。

 自分の行動にドキドキしながらも、何だか肩の荷が……というか、むしろ手枷足枷が外れたような、解放感があった。


(颯太……生徒会室だよね? 迎えに行こうっかな)


 いつの間にか誰もいなくなっていた教室を見渡し、私も荷物をまとめる。

 ――もしも、颯太みたいな人と、恋が出来たら……あんなにカッコ良くて、何より優しい人に、大切にしてもらえたら。

 夢のようなイメージが頭の中を占領し、幸福感で満たしていく。


『だとしたら、俺も嬉しい』


 あれって……そういう意味だって、思っても良いのだろうか。

 期待しても、いいのかな……?

 数年に渡って悲しい恋をしていた私にとっては、あまりに魅力的で、未知数な恋愛だった。

 だから……

 だから、迫ってきていた危険にも、全然気が付かなくて――



「オイ、何のつもりだよ」

「……修司……」


 乱暴な音を立てて開いた教室の扉を、再び同じように力任せに閉める修司。

 目が据わっていて、私の体は反射的に委縮してしまった。

 こういうシチュエーションは、初めてじゃない。

 誰も知らないだろうけど、私は……私は、嫌というほど知っている。


「人と会うって、誰?」

「……」

「男……じゃ、ないよな? まさか」


 じりじりと歩み寄ってくる修司に、思わず後ずさる。


「そんなの……私の、勝手でしょう……?」


 毅然と言いたいのに、自分でもわかるくらい、怯えているか細い声。


「あぁ? ……結衣が俺に断りもせず、勝手に……ねぇ」

「や……っ」


 後ずさった先のロッカーに、背中を強く打ちつけられる。

 大袈裟なまでの音と共に、じんわりと鈍い痛みが広がった。


「お前が好きなのは、俺だろ?」

「……っ」

「はぁ? 何浮っついてんだよ!」

「やめて!」


 抵抗を試みるものの、怒りに任せた修司の力に敵う訳がない。

 両手首を痛いくらいに掴まれ、背後のロッカーに押し付けられる。


「お前がナマイキ言うとさ……俺、超ストレス溜まるんだよね」


 恐怖で顔を歪めれば、強引に押し付けられる唇。

 思い遣りの欠片もない、ただ独占欲にまみれた、辛く苦しいキス。


「んん……っ」


 いくら誰もいないとはいえ、ここは教室だ。

 今までにも、ちょっとでも抵抗すると、こうして怒りをぶつけられることがあった。

 でも、それは大抵修司の部屋とか、ひと気の無い場所だったのに……誰かに見付かるかも、ということすら忘れるほど苛立っているのだろう。

 握られた手首はギリギリと痛み、呼吸が苦しい。

 全力でもがき、足で修司の体を押しやろうとすると、再び体をロッカーへ打ちつけられた。


「きゃっ」

「お前は、俺の言う事聞いてりゃいんだよ!」

「やめてよ……もう、やだっ!」

「俺がいなきゃ、何も出来ないクセに!」

「――っ」


 ぶたれる……!

 長年の勘から、咄嗟に目をつぶった。

 女としては許容範囲外の衝撃がくるだろうと、本能的な諦めが体を冷やす。

 息をのんで、手を握りしめた。

 ……けれど、その衝撃はなかなかやってこない。


「……?」


 違和感を感じ、目を開けば。

 目の前の修司は、私を見ていなかった。

 見ていたのは、彼の振り上げた右腕の先で……


「……颯太……!」


 思わず、安堵の涙が視界を曇らせた。

 修司の右腕は、颯太のしなやかな腕によって、がっしりと抑え込まれている。


「……まったく。溜め込み過ぎだよ、結衣は」


 いつものような柔らかなトーンで私にそういうものの、その顔は、見たことも無いくらい厳しい。


「颯太……?」

「久しぶりだね、修司」


 一瞬困惑した表情を浮かべた修司に、鋭く言葉を返す颯太。

 去年は同じクラスだったものの、修司と颯太は一度もつるむことなく、むしろお互いに関わりを避けていたような間柄だった。


「あぁ……なるほど。お前だったのかよ」


 修司は私の腕を開放すると、不意に不敵な笑みをこぼす。


「まだ結衣を追っかけてたのか……。男でそういうのって、どうかと思うぜ?」

「悪いけど、その言葉そっくりそのままお前に返すよ」


 修司からの挑発も、さらりと受け流す颯太。

 物腰も言葉遣いも綺麗な故に、颯太の口から「お前」とか聞くと、すごくキツイ響きに聞こえる。


「というか、しつこいんだよ。悪いけど結衣は明日、俺と過ごしたいって言ってくれてる」

「……」


 颯太の言葉を聞き、無言のまま私に凄味を利かせてくる修司に、息が止まりそうになる。


「そういうのが、ウザイんだって……。女の子脅して、よくそれで『俺モテます』みたいな顔してるよね。マジで、目障りだよ」


 颯太はまったく怯むことなくそう言い放ちながら、私と修司の間に割り込んだ。

 背中に私を隠すように、修司に対峙する。


「言われなくても、俺だってお前が最高に目障りだっつの。何にもわかってねーな……結局、結衣は俺の元に戻ってくんだよ」

「はっ。聞いて呆れるね」

「んだと?」

「それは単純に、お前の暴力に気付いて、守ってあげる人がいなかったからだ」


 颯太は凛とした口調で、はっきりと告げる。


「もう、お前の元には絶対返さない」


 その言葉に、思わず胸がドクンと反応した。


「颯太……!」

「ずっと、結衣は修司の事が好きだと思ってたから、邪魔しなかっただけだ。そこに気持ちが無いとわかったら、もう遠慮する理由も無いだろ」


 今の颯太は、普段からは想像もつかないくらいに厳しい、敵意に満ちた顔をしている。

 最初は食ってかかっていた修司も、若干引き始めていた。


「忘れてるみたいだけど、俺って、一応生徒会の副会長なんだよね」


 颯太はふっと笑って、腕を組む。


「お前が結衣に暴力ふるってたって……どの先生に言うのが、一番効果的かな」

「……っ」


 歯を食いしばる修司のこめかみに、うっすらと青い筋が浮き上がる。

 これほどに追い詰められ、劣勢になる修司を見るのは初めてだった。


「結衣、ちゃんともう一回言ってあげな。俺がここで、見守っててあげるから」


 一瞬振り返った颯太の瞳は、瞬間的に優しいものへと変化した。

 気が動転していた私も、その瞳を見て、どうにか自分を取り戻す。


「修司……」


 絞り出すように名前を呼べば、ギロリと睨まれる。

 幼少期とは変わり果てた、哀れな幼なじみの瞳。


「私、もう……修司のこと、好きじゃない」


 一瞬、ぐらりと揺らめく瞳。

 でも、もう流されない。

 流されたって、誰の得にもならないから……。


「だから……もう、私には関わらないで」

「……!」

「……だってさ。これは忠告だよ。次に結衣を脅すようなことがあったら……」


 颯太は不意に修司の胸ぐらを掴み、今までに聞いた中で一番低いトーンで言い放った。


「……その時は、絶対に許さないから」


 パシッとその手を放すと、颯太は私の手を引き、落ちていた私のバッグを拾って、足早に教室を出る。

 私は小走りで何とか追いつき、泣きそうになるのを必死に堪えていた。

 握りしめてくれている手が、とても温かい……。

 颯太は器用に、ひと気の無いルートで早々と移動し、空っぽの教材室の前までくると、そっと私を中へ入れた。


「颯太……」


 言い終わらないうちに、ぎゅっと抱き寄せられる。

 いつもの笑顔と同じ……手の温かさと同じ、安心感を生んでくれる胸の中。

 目を閉じると、大粒の涙が頬を伝っていった。


「助けに行くのが遅かったね……。怖い思いをさせて、ごめん」

「ううん、嬉しかったよ……?」


 抱き合ったままの体に、颯太の心地良い声が伝わり、響いてくる。

 他人と一緒にいて、こんなに安心するのは、多分生まれて初めてだ。


「俺……去年から、ずっと結衣のことが好きだった」


 そっと体を離し、私の涙を指先で拭いながら、颯太は呟く。


「さっきも言った通り、今までは結衣の恋愛を邪魔したくなかったんだ」

「うん……」

「でも、今は違うよ」

「うん……」

「俺と……付き合ってくれないかな? 最初は、お試しでも構わないから」


 顔を上げれば、すぐ側に、この上なく優しい瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。

 一体どこに、これを拒む理由があるというのだろう?


「何か……夢みたい……」

「……俺も」


 そっと……滑らかな花びらが触れ合うように、優しく押し付けられた唇。

 言葉で説明出来ない愛しさが、頭で何かを導き出すより前に、衝動となって私の中から溢れ出す。

 自然と絡み合った指を互いに握り合い、反対の空いた手は体の距離を縮めようと引き寄せ合う。

 頭の中が痺れたように麻痺し、颯太の香りだけを求めて目を閉じた。


「好きだよ……結衣」


 ……今まで、どうして気付かなかったんだろう。

 颯太ほど、私の微かな変化に気付いてくれる人なんていなかった。

 今になって思い返せば、辛い時はなぜか、いつも側で笑ってくれていた気がする。

 いつも……いつも側で、見守っていてくれたのに。

 私が、いつまでも過去に縛られていたから……


「颯太……私と、付き合って」


 小さな決意表明が、大きなターニングポイントになる。

 その瞬間、私の人生に颯爽と現れたシュバリエは、世界で一番輝かしい微笑みを見せてくれた。


「……もちろん、喜んで」



fin.

隣の席の王子様、をテーマに書いてみた作品でした。

未熟な点も多々あったとは思いますが、少しでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 失礼ながら誤字報告を……。 作品のあらすじ 隣の席の人気者・葵 隣の席の人気者・颯太 ではないでしょうか? [一言] 結衣を助けにきた颯太がとても格好よかったです。 まさに騎士(…
2013/11/13 14:45 退会済み
管理
[一言] ハッピーエンドで良かったです。 同い年でも男子の暴力はかなり怖いですよね。暴力されることに慣れかけ(次に何されるか分かるくらいに)ていたことがつらかったですね。 やはり王子がいてよかった…
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