聖職者の王国
事件の発端は、とある少女から受けた相談だった。
少女の名前は、別の学校に通う高校二年生の伊藤里奈。ソバージュの長い髪を茶髪に染めた遊び人風の女子だった。
それにしても、他校の生徒から事件の相談を受けるとは、自分たちも有名になったもんだ。
相談の内容は、一歳年上の彼氏、石川豊の寝言だった。
「近頃、彼氏が苦しそうにベットで寝言を言うのよ。川村ごめんって。元カノかと思うと、気になっちゃってね。あなたもそうでしょ」
「そうですね。気になりますね」と自称名探偵の宮下は答えた。
宮下は嘘をついていた。
宮下五月は女性の私から見ても、小さくて可愛らしい女の子だ。髪型はミディアムのふんわりとしたボブ。瞳は丸くて大きく、少したれ目。顔の作りは小学生に間違えられる程の童顔。黙っていれば、本当に愛らしい女の子だった。でも、可愛いのは外見だけ。言動も行動もガサツで、お洒落や色恋沙汰には無関心。好きなものは推理小説で、憧れの人物はコロンボに金田一幸助とファッションに問題がある人物。そのため、「見た目は子供、中身はオッサン」という残念な女の子だった。
当然、そんな宮下には、彼氏はいない。相手の話を引き出すために嘘を言ったのだ。
「そうでしょ。そして、調べてみたら、川村って、どうやら中学時代に失踪した同級生みたいなのよ。元カノじゃなくて良かったんだけど。ひょっとしたら彼が失踪事件に関係あるんじゃないかと思ってね。調べて欲しいのよ」
現在でも、行方不明の失踪事件。意外と重大事件のような気がしてきた。
「仮にですけど、彼氏が川村さんの失踪事件に関与していたら、どうするつもりですか」と宮下が尋ねた。
私としては、そこが不安だった。
彼の罪を暴いたとして、その後、どうするべきなのだろうか。
私は警察ではないので、告発する義務はないが、失踪となると重大事件になる可能性が高い。そうなると黙って見過ごすわけにはいかないだろう。
彼女はどうなのだろうか。
彼を刑務所に送るのが忍びないので、内緒にするのだろうか。
それとも、自首を勧めて、罪を償うまで待つのだろうか。
「そりゃ、当然、別れるわよ」と彼女は何の躊躇もなく答えた。
彼女の答えは、私が想像もしないものだった。どうやら、私はロマンチックに考えすぎていたようだ。
「だって、そうでしょう。犯罪に関係するような男と付き合うなんて、嫌よ。あなただってそうでしょ」
「そうですね。話を戻しますけど、寝言は以前は言わなかった」と宮下は答えた。
「付き合って3カ月だけど、言い始めたのはこの2週間くらいかな」
「この二週間で、どんな些細なことでも良いですから何かありましたか?」
「う~ん、判らないな。プライベートのことは特に話なさないから」
「伊藤さん自身のことも良いんですよ」
「特にないな。あっ、この財布を買ったぐらいかな」と彼女はバッグから有名ブランドの財布を取り出した。
有名ブランドで10万円はするのではないだろうか。そして、パッと見、沢山の札が財布の中には入っていた。私の財布とは大違いだ。
「そうですか・・・」
あまり事件には関係なさそうだ。
「これ相談料ね」
そう言うと、彼女は2万円を取りだし、宮下に手渡した。
◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず、事件に関する情報を集めることにした。
当時の新聞やネットの情報。学校に通っていた生徒へのインタビュー。
幸運なことに、以前のラブレター盗難事件で、恩を売っておいた大沢健二がこの学校のOBだったので、容易に協力を得ることが出来た。
そして、何よりもこういう時に便利なのが、コネだ。
私の叔父さんは、刑事をしており陰に日向に私や宮下を支援してくれた。そして、思いっきり違法なのだがお願いするといろいろと情報を教えてくれた。
失踪した川村達也が最後に目撃されたのは、放課後の学校。
失踪当時からカバンは発見されず。今現在も、遺体は発見されない。
一切の消息が不明。
川村達也の見た目は、小柄でまだ幼く大人しい感じだった。
そして、見るからに弱弱しくいじめの対象になりそうな感じだ。
大沢の話によると、石井豊の所属する不良グループから虐めを受けていたようだ。
家出の場合、動機は虐めだろう。公式には学校はいじめを認めないけど。
しかし、家出の可能性は低い。
川村の容姿なら、年齢を誤魔化して働くのは無理だろう。家出をして自立して生活している可能性は低い。
拉致監禁の可能性はゼロではないけど、中学校2年生の男子は珍しい。そもそも、残念ながら拉致されるような美少年ではない。
他の可能性は、交通事故で死亡。死体を運ばれ、山中に捨てられるパターンだろうか。
交通事故のならば、なぜ石井の寝言に出て来るのだろうか。
三年も経って、いまさらイジメの罪の意識だろうか。もっと、川村の失踪事件に深い関係があるのではないだろうか。
石井たちは、川村を虐めていた。
ならば、考えられるのは、校内でのイジメによる死亡だ。そして、それを失踪に見せかけて隠蔽した。
校内でのイジメによる死亡を隠蔽した例は、過去に数例ある。
一番有名なのは、山形の学校で起きたマット死事件。体感の倉庫でマットに包まれ死んでいるのが発見されたが、イジメではなく自分で入った事故として処理された事件だ。
学校内で人が死んでも、行われる捜査なんていい加減なもんだ。
そう思っていたが、資料を読む進めると意外と警察は調査をしていた。
山形の警察と東京の警察は違うのだ。
多くの資料を読んでいると、そこには信じられない記述があった。
警察は、虐めグループの取り調べをしていた。その中の一人が、イジメの過程で、川村君が死んでしまったことを自白しているのだ。
だが、この自白は信ぴょう性がないものとされた。他の生徒からそのような自白を引き出せなかったうえに、死体の処置に対して知らないの一点張りだったためだ。
そのため、行き過ぎた取り調べるによる妄想として処理された。
確かに死体の存在と死体の処理は重大問題だ。本人が殺人を自白しても、死体がなければ殺人も傷害致死もなりたたない。そして、車を持っていない中学生が、死体の始末をするのは容易ではない。バラバラに解体したか。刃物をどう入手するか。家庭科室か。いや、親を呼んで車で運んでもらった方が楽だろう。
この点は、叔父さんに頼んで、電話の通話履歴と車の登録状況を調べてもらう。
今回の事件は、死体を見つけ出すことが一番重要なポイントのようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
先生方の話を聞くため、宮下たちは西東京市にあるとある中学校を訪れた。
部外者の自分たち二人だけでは、先生に話を聞くのを難しいので、OBの大沢健二と一緒に行くことにした。
宮下たちは、当時、学校主任をやっていた平田洋平に話を聞くことにした。
「川村君の失踪を調べるなんて、なんでそんことをするだ。君たちは学校の生徒でもないし。川村の友人でもないんだろ」
「先生は知らないかもしれませんけど、この二人は有名な名探偵なんですよ」
「探偵気取りで、事件を掘り返すなんて、失礼なことだと思わないかね」
「誰に対してですか」
「そんなことも判らないのか。非常識な奴だ。川村君と川村君の家族に対してだよ。
君たちは、人の命をなんだと思っているんだ。遊び半分で調べるものじゃないだろう。君たちに話すようなことはない」
「遊び半分じゃありませんよ」と大沢が答えた。
「詳しくは話すことができませんが、失踪当時の川村君のことについて思い出した生徒が居まして。独自に調べようと思ったんです」
「どんな話だね」
先程まで、無関心だった平田先生が話に興味を持ち出した。
「なんでも、川村君が学校の体育館でロープで首を吊って自殺している姿を見たそうです」
「何を言っているんだ。君たちは。川村の事件は失踪事件であって、自殺じゃない」
平田線は顔を真っ赤にして起こり始めた。
「では、その話は嘘だと」
「嘘に決まっているだろ」
「先生がそこまで嘘だと言う根拠は何ですか」
「何を言っているんだ。体育館で川村の死体は見つかっていない。だから嘘に決まっているだろ。そんな簡単なことも判らないのか」
「死体を片付けた人間が居るかもしれないじゃないですか」
「何を言っているんだ。そんな人間が居るはずないだろ」
「そうですか。川村君が失踪した日には金曜日です。次の日、一番早く体育館で部活をしていたのは、たしか、先生が顧問をしているバスケットボール部ですよね。そして、先生はいつも生徒よりも早く来ているとか」
「誰がそんなことを言ったんだ。大沢。お前か」
「・・・そうです」
「お前は、そんな嘘をつく奴だったのか」
「嘘は言っていません」
「先生は」
「証拠を持ってこい。川村が学校で自殺したと言う証拠を」
「物的証拠なんていりませんよ。生徒の目撃談があれば、十分、学校と先生の評判は落ちるでしょ。でも、もっと強力な証拠が準備してきますよ。楽しみにしていてください」
◇ ◇ ◇ ◇
帰り道、大沢は先生との関係が悪化して気落ちしていた。
「ごめんね。大沢君。先生との関係が悪くなっちゃって」
「別に良いよ。俺はテニス部で、そんなに親しい中じゃなかったし。でも、あんな先生だとは思わなかった。俺のことを嘘吐き呼ばわりして」
土曜日に部活があって、先生が一番最初来ることぐらいは、大沢以外に聴いても判ることだ。
そのため、大沢の発言を嘘だと否定したところで意味がない。にも関わらず、嘘だと言って否定した。
それだけ考える余裕がないと言うことなのだろう。
そもそも、なぜ、嘘をついて否定する必要があるのだろうか。なぜそんなに余裕がなかったのか。
考えられる可能性は少ない。
「・・・あの態度は、やっぱり何か隠しているよな」
「そうでしょうね」
「これから、どうするんだ」
「先生のご希望通り、証拠を集めるだけよ」と宮下は笑顔で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
最初の訪問から四日後、再び私たちは、平田先生の元を訪れた。
「また、君たちか。君たちに話すようなことはない」
「約束したじゃないですか。忘れたんですか」
「約束?」
「そうですよ。証拠を持って来いって言ったじゃないですか」
証拠と言う言葉を聞いた瞬間、平田先生の顔から、瞬く間に血の気が引いた。
「噂によりますと、先生は失踪事件から1週間後に車を買い替えてますよね。車好きの生徒さんが覚えていましたよ」
「その生徒の勘違いだろ」
「いえ、間違いありません。青梅街道沿いのディーラーで持ってた車を下取りに出して買いましたよね」
「その言葉で思い出したよ。確かに買い換えた。でも、それは偶然だろ」
「偶然ですか。なぜ、そんなに早く車を変えたかったのか。私なら代えたいですね。さすがに死体を運んだ車は気味悪いですから。ミスを犯しましたね」
「証拠だ。証拠を持ってこい。車はもう解体されているはずだ。何も残っていない」
「何をそんなに、興奮しているんですか。先生は、人殺しをしたわけじゃないんですよ。死体を隠しただけですよね。先生が死体を隠したのは、3年前の9月。今は10月ですから、時効ですよ。罪に問われるわけではありません」
「・・・・・」
平田先生は何も返答しなかった。
「しかし、社会的な制裁はありますよ。ハッキリ言いますけど。私たちは警察じゃありません。死体の場所さえ、教えていただければ、警察に告発もしません」
「死体の場所を言えば、俺が死体を隠したと認めるようなもんじゃないか。誰が言えるか」
「確かにそうですね。先生は警察のNシステムっていうのは、ご存知ですか。このシステムは、高速道路とか一般道にありましてね。通行する自動車ナンバーとかを記録して保存しているんですよ。何年も。ですから、例えば、先生が河口湖のインターチェンジを使った場合、調べれば直ぐに判るんですよ。そして、富士の樹海は自殺者が多いですからね。樹海の出入り口には監視カメラがあるんですよ。日時が判っているんで、映像を調べてれば先生の姿か車が映っているかもしれませんね。どうしますか。警察に細かく話して、調べてもらった方がよろしいですか。警察は私たちと違って人海戦術は得意ですよ」
「私が悪いんじゃない。私だけが悪いんじゃない」
そう言うと、下を向き塞ぎ込んでしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
俺がそれに気が付いたのは、土曜日の11時頃だった。
俺は、午後の部活が始まる前に、学校の仕事を終えようと早めに学校に来ていた。
そして、それに気が付いた。
わざわざ、そいつは体育館で首と吊って死んでいた。
壁に備え付けてある固定式のバスケットゴールにロープを縛り、首を吊っていた。
なんでわざわざ学校で死ぬんだよ。
死ぬなら、別のところで死んでくれよ。
しかも、足元には直筆の遺書まで残してある。
封を開け中身を読むと、学校での虐めのことが書いてあった。
こんなことが発覚すれば学年主任である私が非難の矢面に曝されることは間違いないだろう。
幸運なことに、まだ生徒たちには知られていない。
俺は急いで校長に連絡して指示を仰いだ。
校長の意見と私の意見と一致していた。
面倒なことはごめんだ。
校長はあと2年で退職し、年金生活に入る。あと2年、問題が起きなければ勇退できるのだ。
富士の樹海に死体を破棄することにした。富士の樹海は自殺の名所だ。死体が見つかっても、自殺と判断されるだろう。
だが、私は部活があるので、今、死体を運ぶ時間はない。
私は死体を生徒に見つからない様に自分の車に隠し、部活が終わるとすぐさま富士の樹海に捨てに行った。
9月と言えども、トランクの中は熱く腐敗が予想以上に進んでいた。
死臭は車のトランクと私の服に染みつき、俺は服を捨て、愛車を手放すことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「最後に一言言って良いですか。先生は大きな勘違いをしているんです。なぜ、自殺だと思ったんですか。遺書があるからですか。実は自殺者じゃないんですよ。犯人は、既に自供しているんです。虐めで川村君を殺してしまったことを」
私は、昨日の石川豊との会話を思い出した。
「ビックリしたでしょうね。わざわざ自殺に偽装した死体が亡くなったんですから」
「お前たちどこまで知っているんだ」
「詳細以外は。それにあなたたちが知らないことも知っています。誰が死体を隠したのかとか」
「どうしますか。警察に自首しますか。それとも、私たちが警察に行った方が良いですか。まだ未成年ですし。自首すれば罪は軽くなりますよ。そもそも、殺したくて殺したわけじゃないんですよね。ふとした弾みで死んでしまった。それなら、殺人罪ではなく、傷害致死で、だいぶ罪は軽くなりますよ」
宮下五月は、甘言で自白を誘導した。死体や凶器などの物的証拠が証拠がない以上、犯人の自白以外、事件の突破口がないためだ。
「あなたは、リーダーである田中に命令されてやったんですよね」
「そうだ。俺は、田中に命令されてやったんだ。それに、川村も悪いんだ。いつもは大人しく金出すのに。妙に反抗しやがって」
落ちた。
この後、石井豊は長年溜め込んでいたのを吐き出すように全てを話した。
◇ ◇ ◇ ◇
学校からの帰り道、私は宮下に対して質問をした。
「何で平田先生は、川村君の死体を隠したことに対して、罪の意識がないんだろう」
少なくとも私には、そう感じられた。
「それは被害者意識を持っているからよ。平田先生に中では、自分が被害者で川村君が加害者なのよ」
「なんで川村が加害者なんだ」
「学校にとって重要なのは、波風が立たないことなのよ。川村君が黙ってイジメを受け居れば、自分たちは問題を知らず平和な学校と言えたんだから。先生たちにとって、問題はいじめっ子じゃないのよ。イジメを告発して波風を立てるイジメられっ子なのよ」
「典型的な臭いものには蓋じゃない。何の問題解決にならないじゃない」
「だって3年経てば、イジメっ子もイジメられっ子も卒業するのよ。問題解決なんてする気ないのよ。もっとも、解決してもしなくても、生徒が変われば、別のイジメが発生するけどね」
私は自分が恵まれていると思った。少なくとも、私の居た学校の先生は、そんな先生ではなかった。
いや、私が知らないだけなのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
川村達也の遺体は富士の樹海で発見された3年ぶりに家族の元に帰ることとなった。
そして、死体が発見されたことから、警察の捜査はようやく始まり、石川豊の所属していた不良グループは過失致死で逮捕されることとなった。
死体を遺棄した平田は教師を辞職した。
事件は一応の収束を見せたが、最後にどうしても解けない謎が残った。
なぜ、石井豊は、悪夢にうなされる様になったのだろうか。
「そのことについてはあたしも気になって、石川に聞いたよ」
いつの間に聞いたのだろうか。
「なんでも、彼女が財布からお金を出す仕種だそうだ。それが川村のお金を出す際の仕種に似ていたそうだ。こんな謎、判るわけないよな」