1995.1.17 大阪
最近は帳場のある所轄署で寝泊りするのを厭う刑事が多いと聞くが、畑は最低でも一期(事件発生から一ヶ月の間)は絶対帳場で泊まると決めていた。
この事件でも、畑は事件発生後からずっと浪速署の柔道室に伸べられた布団で寝起きし、食事も署が用意する弁当か近くの飲食店で済ませる日々。
そして今日も、朝の捜査会議を終え、直ぐ様帳場を飛び出し、木村貞男が営んでいた組の取引先を片っ端から聞き込んだあと帳場に戻り、デスクに陣取って缶ビール片手に仕出し弁当を食べつつ、今まで聞き込んだ中身を記入したメモ帳と、ほかの捜査員が集めてきた情報を精査していた。
ちなみに陣内は下着の補充をすると言って恋女房の待つ官舎に戻っている。今頃は彼女の手料理で一杯やっている頃だろうが、一度帳場に入れば生活の全てをヤマに投入する畑からは想像もできない切り替えの上手さであり、今年結婚五年目になる畑の妻もすっかり諦め、最近では宅急便で下着類を帳場に差し入れるというテクニックを身に付けた。
二本目の缶ビールを開けつつ、木村貞男のこれまでの半生をメモ帳上に年表形式でまとめてみる。
そうして出来上がった一人の犯罪者の人生の俯瞰図は、実にありがちな成功と挫折の入れ子構造だった。
昭和三十二年、神戸市の長田区で靴工場で働く夫妻の元に、木村貞男は産まれた。
彼が五歳の時、父は突如を消す。民族運動に入れ込んでいたらしく、敵対する勢力に拉致されたか、襲撃を恐れて逃亡した可能性が高い。
その後、母一人子一人の家庭になった木村家は、当然の如く極貧の暮らしに陥る。
昼間は靴工場、夜は水商売と、常子は四六時中働き貞男を育てたが、当の本人には誰もいない家という寂しさだけが残された。
その寂寥感を木村は不良グループの一員となることで埋め合わせようとしたが、それが躓きの第一歩となる。
十五歳の時に傷害事件を起こし補導、少年院に収監されたのだ。
発端となった喧嘩は、当時、彼が所属していたグループのリーダー格から、根性を見せろと強要され、敵対グループの幹部を襲った事であったが、最初は素手で殴りかかったものの、相手の苛烈な反撃を受け、本人も負傷したことを切っ掛けにコンクリートブロックを投げつけ昏倒させ、その上馬乗りになって手近に有ったビール瓶で頭部を殴打するに至り、一時は相手を意識不明に追いやるほどの重症を追わせてしまった。
普段は気が弱く、大人しいが、追い詰められると何をするかわからない。そんな木村のパーソナリティがこの件からも伺い知れる。
退院後、敵対グループからの報復を恐れたのか、或いは周囲の目が煩わしかったのか、木村は長田の街を捨て、土工の仕事をしながら全国各地を転々とし始める。
やがて、東京で鳶の組に入り技術を身に付け、三十歳に成り一角の職人として仕事をこなせる様になると、当時働いていた現場が有った横浜で、行きつけのスナックの従業員をしていた星山雅弓と出会い結婚。母親への仕送り以外は生活費を切り詰めて溜めに溜めた一千万以上の金を持って大阪に移り住み、そこで念願だった自分の会社を持つことになる。
『浪速木村組』と名付けたそれは、バブル景気の余波にのり順調に業績を上げていった。
一時は鳶の職人を十人以上抱え、大手ゼネコンのや住宅メーカーの仕事も多く受注し、専門学校に通い簿記の免許を獲得した妻と共に夜も昼もなく働いた。
そしてついには長田区の母を呼び寄せ、三人で大阪市内のマンションで暮らすことになる。
しかし、平成三年、バブルの崩壊に伴い仕事の量が激減し、なんとかありつけた現場でも支払いが滞り、結局、入金がないまま受注先が倒産すると言ったことが連続。金融機関への召喚も滞り、この頃から同じ韓国籍の知人から紹介された岩本伸之が経営する『クレバーローン』から融資を受けるようになる。
それでも状況は回復せず、自宅のマンションも売り払い、再び母親を長田区に返し、妻も以前の様にスナックで働き、すべての職人を解雇し会社の規模を縮小。本人も一職人としてめっきり数が減った建築現場を渡り歩くようになる。
そんな正に瀕死の状態でなんとか三年間は持ちこたえたが、結局平成六年に会社は倒産。残ったのは二千五百万もの膨大な借金のみ。
ここから、岩本がその本性を顕にするようになる。つまり、過酷な取立てが始まったのだ。
木村が入っている現場を、何処からか調べ上げ、自分のところの若い衆を送り込みその日の日給を全て巻き上げる。或いは妻の務めるスナックに現れ、そこのママに給料を本人では無く直接『クレバーローン』に振り込むよう詰め寄る。勿論、夫妻が暮らすアパートに連日のごとく押しかけるのは当然のこと。
貸金業法を完全に無視した違法な取立てだが、同胞のネットワークを頼って金を借りた故に木村としても負い目があり、その上、本人のおとなしい性格のおかげで岩本のやり方に文句一つ言えない。
そして、平成七年を迎える。
岩本の過酷な取立ての連続と長年の心労が祟り、正月の九日、勤め先のスナックで雅弓が倒れ、収容先の病院で息を引き取った。死因は急性硬膜下血腫。
十二日に簡単な葬儀を済ませ、妻を荼毘に付した木村は、その日のうちに住吉区のホームセンターで十リットル入りのポリタンクと柳葉包丁を購入。おなじホームセンターで灯油を買い求める。
翌日、銀行が開くと同時に前日に振り込まれた妻の生命保険金、一千万円を引き出し、三重にして補強した手提げの紙袋に灯油が満タンに入ったポリタンクと柳葉包丁を入れ『クレバーローン』に向かった。
しょぼつき始めた目頭を抑えながらメモ帳を閉じる。三本目のビール缶を握りつぶしゴミ箱に投げ込むと、残業や宿直で居残るほかの刑事たちに挨拶をしてから柔道場に向かう。
二十枚近く伸べられた布団には、すでに畑の仲間である四係の刑事たちがジャージ姿に着替えたり、ワイシャツにスラックスのままだったたりと、様々な姿で身を横たえ眠っており、自分も空いた布団を探し出し、妻が宅配便で差し入れてくれたジャージに着替え床につく。
天井ボードを眺めつつ、一昨日、自分の目の前で、白髪頭を畳に擦りつけ泣いて詫びた木村の母、常子の事を言ったことを思い出す。
『自分のしでかした事から逃げたい一心で、昔みたいに日本中転々としよる思います』
確かに、彼女からあづかった年賀状を見る限り、文字通り何かから逃げ回っていたかの様な流転。
傷を負わせた相手の仲間からの報復を恐れていたと言うよりも、確かに彼女の言うように、育った長田の街に居続ければ、嫌が上にも向き合わねばならない自分の罪から逃れる為に各地を転々としたように見えてならない。
そもそも、事件の発端となった多額の借金も、この木村という男の、現実から逃げたがるパーソナリティに起因している可能性が高い。
折角興した事業の危機という現実から逃れるために、それを手放し身軽になって再起を図るという、辛く苦しいが、一番着実な手を打たず、ズルズルと借金を繰り返しその場限りの場当たり的な対応を繰り返し、結局は会社はおろか家も妻すらも失った。
だとすれば、今回の様に正に取り返しのつかない罪を犯したならば、彼の性格からすれば後先を考えず逃げて逃げて逃げまくる事は明らかだ。
『指名手配』畑の脳裏をそんな言葉が横切る。事件発生から四日程度で指名手配とは時期尚早との意見も出るだろうが、既に木村は遠方に高飛びしている筈だ。なにせ逃走資金は十分すぎるほど有る。明日の朝一番から始まる捜査会議で一度意見具申してみよう。
そう、腹を括り彼は目を閉じた。
背中を突き上げられるような強烈な感覚で目が覚めた。続いて大きく左右に揺さぶられる感覚が襲ってくる。
目を開けると、顔の真上にある蛍光灯が左に右に激しく揺れている。一瞬、飛び起きようと思うが、今は身動きをすまいと決め、揺れが収まるまで布団の中で息をひそめる。
「地震や!」分かりきった事を叫んだのは畑の同僚である野口巡査長。機動隊出身の普段は何事にも動じない男だが、その声には寝ぼけを完全に吹っ飛ばした動揺の色がにじむ。
揺れが収まると布団を跳ね上げ柔道場を飛び出し、灰皿が転け、長椅子がずれて行く手を塞ぐ廊下を駆け抜け、テレビの設置されている一番近い部屋である警備課に飛び込んだ。
室内では、緊張した面持ちのアナウンサーが『阪神高速では地震の影響で通行止めとなっております』と伝える画面を、宿直の警備課員たちが食い入る様に見つめながら、電話を取り本部やほかの所轄署との連絡を始めていた。
やがて、画面は大阪の局からキー局に代わり、別のアナウンサーが口にした言葉に、その場に居た者全員の背筋が凍る。
『震源地は淡路島、震源の深さは二十キロ、また震源の規模を示すマグネチュードは七.二と推定されております』
『情報がまた入ってまいりました。震度六!神戸が、確認されました。冒頭、画面に表示が出ておりませんでしたが、五時四十六分ごろの地震で神戸の震度は六と確認されております』
「震度、六、てか?」「ほんまかいな・・・・・・」皆が口々につぶやく。
畑の脳裏には、入り組んだ長田の街の路地の風景と、安アパートの二階で暮らす常子の姿が浮かぶ。
神戸、震度六。あの街は、今どうなっている?
テレビ画面に映し出された関西の地図の上、神戸のあたりに赤く現れた「6」の数字を食い入る様に畑は見つめた。