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後編・どうか少しでも祝福を~論理解法~




「…家?」


少年は森の中に立つ一件の家を見ながら首を傾げた。


心霊スポットと噂されるような森の中、それでなくても生活には明らかに不便な場所にある家に、若干の嫌な予感を感じる少年。


だが、引くわけには行かなかった。


何もない事を確認する為に少年はこんな森の中に顔を出したのだ。

何事か問題が起こるとしたら、尚更何も知らずにはいられない。



嫌な緊張感を抱えたまま、少年は家の扉に手を伸ばした。



賽が住まう、その家に。




後編・どうか少しでも祝福を~論理解法~




「…突然ですが、貴方はこれから6日後に死んでしまいます。私はそれを止めたいんです、協力してくれませんか?」

「は?」


唐突にこんな事を言われて現状が理解できる人間などいない。

その例に漏れず、少年…青葉陽一も賽の言葉に首を傾げた。


当然、賽の証明方法もさして変わる事もなく、賽はいつも通り包丁を用いて自分の身体を傷つけた。


傷が跡すら残さずふさがっていく光景を、陽一は呆然と見ていた。




「これが今私に出来る証明です。」


賽が静かにそう告げると、陽一は俯いて机の上で組んだ両手に額を当てた。


「…ばかげてる。」


俯いたまま搾り出すように呟く陽一。


「でも、事実です。」

「馬鹿言うな。俺は霊媒師でも神父でもないんだぞ?こんな超常現象解決できるか、他所でやってくれ。」

「…諦めて死ぬのは貴方なんですよ?」


幾分鋭くなった賽の瞳に見据えられて、陽一は視線を逸らした。


「(分かってる…そして、来週にでもここに来る予定の柚果だ。)」


陽一は、ここにくる事になった経緯を思い出して、拳を硬く握った。






陽一の幼馴染である春咲柚果は、気の弱い少女だった。

そんな彼女が女子グループに肝試しに誘われているのを見かねた陽一は、先に調べて何もないことを伝えておこうと単独で予定の森に踏み込んだ。



中学時代、柚果はクラス内でいじめにあっていた。

陽一は全力で柚果の味方についていたのだが、勉強も運動も出来る陽一が柚果の味方につき続けている事がいじめの原因だと知った陽一は、それ以来彼女と距離を置くようになった。

近所づきあいこそしているが、それだけとなってしまっている。


だから、直接肝試しを止めに入る事が出来なかったのだ。



尤も、本物に巻き込まれてしまったため完全に予定外だったのだが。






「だがこんな状況で俺に何が出来る…お前だって死ぬまでの日数を確かめるのに何人死なせた?それだけの人数が逃げられなかったものをたまたま俺だけが助かる訳が」

「それでも。」


諦めを口にし続ける陽一の言葉を断ち切るように、賽がゆっくりと言葉をつむぐ。


「…たとえ人一人にできる事が、可能性が少なくても…試さなきゃその少ない可能性すらなくなってしまいますから。いつか止めないと…いつまでもこんな事が続いてしまいますから…」


悲しげに呟く賽に、陽一は悟った。

自分の予想通り、かなりの死を見てきたのだと。

その上で、賽に諦めるつもりがないのだと。


賽の何処か悲しげな、それでも耐えようとする声が、いじめられている原因が自分だと知りつつ傍にいようとした柚果に重なる。



「(くそっ…何だって俺のまわりでこんな奴ばっかり…っ!)」



頼まれごとを何でも引き受ける…と言うほどお人よしでもない陽一だが、悲しそうな声を聞きつつも無視して流せるほど非情ではなかった。



「お前の持ってる情報をあるだけよこせ。やってやるさ…やれる限りな。」

「…はい、ありがとうございます。」



陽一は搾り出すようにそう言って、前向きになった陽一の答えに賽は小さく笑みを浮かべた。







「(とは言ったものの、どうするかな…)」


家にあるものは自由に使ってもかまわないけれど、2日…48時間後にだけはただすごさないようにと賽に言われた陽一は、とりあえず家を見て回る事にした。


全体が木造で、金属部分はあまり見えない。

階段を上った先には賽の部屋と客間。一階には玄関を中心に左右にリビングと、台所と同じ間の食卓。


天井には電球がつけられていて、明かりも点く。

冷蔵庫も機能している所を見ると、電気は普通に通っているのだろう。


陽一は冷蔵庫を開いて飲み物を取り出す。


「…なぁ、この肉は?」

「獲ってきたものです。…買いに行くわけには行かないので。」


丁寧に加工された肉の塊を見ながら冷蔵庫を閉じる陽一。

突っ込む所でもあったのだが、自嘲気味に呟いた賽に軽口を叩く気になれなかった陽一は、何も言わずに流す事にした。


「しかし…多芸だな。怪我の治療もしてきたんだろ?」

「森の中にいる上での必須事項だから覚えていたのかと思っていたんですけど…こんな身体じゃそれも怪しいですね。」


賽自身何故ここにいるのかも良く分かっていない身だった。

故に、自分の事についてまともに答える事が出来なかった。


「(何を話しても地雷かよ…無理もないけどな。)」


内心で呟いて飲み物を煽る陽一。

流し台にグラスを置くと、賽が流し台まできてグラスを洗い始める。


小間使いのような様相が板についてしまっている賽に小さく肩を竦めた陽一は、流し台の横に置かれている包丁を見る。


鏡と見まごう程に磨がれた刃を持つ綺麗な包丁。

陽一はそっとその包丁を手に取り…




賽の頭に向かって振りぬいた。




「…なるほど、よく切れるんだな。」


宙を舞う賽の髪。

つむじの辺りから、ばらばらと大量の髪が落ちる。


賽は隠すように両手で頭を抑える。

その顔は、心なしか朱に染まっていた。


「…あ、ある意味今までで一番酷いです。何でこんな事するんですか?」


致命傷や重傷に近い傷でないとすぐさま完治はしてくれない事を知っている賽は、よりにもよって髪をばっさり切られて少し涙目になっている。


「いや、改めて色々確かめてみたかったんだが、さすがに身体を切る気に慣れなくてな。」

「うぅ…意地悪です…」

「気にするな。」

「貴方が言うんですか?」


賽の問いかけを聞き流した陽一は、客間に向かって歩き出す。


「じゃあな。髪が治ったら教えてくれ。」


手を振って軽く去っていく陽一を眺めながら、賽は不満げに小さく頬を膨らませた。







「(呪い…か。)」


陽一はベッドに横たわって思考を働かせた。


否定するのは簡単だ。

だが、それが出来ない要素があった。



傷が瞬時に治った賽。


「(薬品を投与してもああは行かない…包丁も本物だったし、だますにしてもアイツが手品師でもない限り不可能だ。)」


さまざまな可能性を考慮して、思考を纏める陽一。


「(それに、あんな酷い形で髪を切ってもあまり騒がなかった。俺をだますつもりだったのなら、だます予定の奴にこうまでやられて黙ってはいないだろう。後は…コレで俺がいる間に治ってしまうようなら…)」


陽一は少しだけ拾った賽の髪を見つめる。

結構な量を刈ったから、あっさり生え変わるようなら呪いが事実に近づく。


まして、陽一が刈ったのだ。細工をはさむ余裕はないはず。


「くそっ…アイツの異常が本物なら呪いも本物だ…でも、恐怖が食料の化け物なんかだとしてもおかしくなる。可愛らしい姿の方はともかく、誠実な態度なんてフリでもする必要がない。」


賽を疑う理由も探してみる陽一だったが、結局それも浮かばなかった。









翌日、結局綺麗さっぱり痕も残らず治ってしまった髪を見た陽一は、小さく溜息を吐いた。

どうあがいても本物、このままでは自分の死が確定する。

その気配が濃厚となりつつある中で、陽一は一つ持っていた案を切り出すことにした。


「お前の話を聞いた限りだと、お前があがいてみようと思うきっかけになった男の自殺は珍しかったんだよな?」

「…はい。」


賽は、完全に諦めてしまっていた所に見せられた、直哉の覚悟と祈りを思い出して、目を閉じて頷く。


「なら確認だ。2日目…48時間後に自分から身体の一部を潰そうとした奴はいるか?」

「え?…いません。皆さん2日目を嘘にすれば死を避けられると思う方が多かったので…」

「その中でお前が直接止めに入れた事はあったか?」


賽は珍しい視点からの質問に記憶を蘇らせつつ、首を横に振った。

陽一は深い溜息を吐いた。



「(…ここまで予想通りなのは怖いが、試してみるしかない…か。)」



俯いた陽一がそれきり黙りこんでしまったが、賽は無理に先を促さなかった。

自身の命や身体がかかっている状況、発言やそのための覚悟にも相応の時間が要る事を知っていたからだ。


賽が待っていると気づいた陽一は、見た目少女に過ぎない賽に気を使われている現状を嫌って、小さく頭を振ったあと顔を上げた。


「2日目丁度の時間を狙って、俺が自分で指を切り落とす。」

「え?そんな事をしても…」

「それを、お前が止めるんだ。」


賽は、自分の言葉をさえぎるように放たれた陽一の言葉に息を呑んだ。


「呪いで起こっている現象は、起こりうる可能性の中でやりやすいものを選んでいるはずだ。歩行者一人を殺すのに天変地異を起こしたりまではしてない。そうだろ?」

「はい。」

「だから、『俺が時間丁度に指を切る』って決めてれば、他の要素は多分絡んでこない。大体で時間を設定しても、丁度になってくれると思うぞ。呪いにとってやりやすいからな。」


賽は陽一の話を聞きながら、改めて関心していた。

この状況で、まさか超常現象まで含めて認めたうえで法則を考えだす人がいると思わなかったから。

呪いを否定する方法や、お払いとか同じ不確かなものに頼る人はいたけれど、陽一のようなタイプは初めてだったのだ。


「で…だ。ここからが本題だ。呪い『そのもの』が関わってるお前なら、操られる要素に含まれないんじゃないか…ってのが俺の考えだ。」


陽一の案に、賽は目を見開いた。



呪いが呪いに操られない。

病原菌が病原菌を殺さないように、賽自身なら呪いを止められる可能性があるかもしれない。陽一はそう言っているのだ。


だが、賽が驚いたのはそんな事ではない。


賽にとっては星の数ほどある機会のうちの一つだが、陽一にとってはたった一度の機会。

しかも陽一自身の体がかかっている。




なのに…その機会をあろう事か化け物本人に譲ろうと言うのだ。




「陽一さん…貴方は…」

「現実は優しくない。夢希望を見るいい奴があっさり死んだり、世渡り上手なだけの悪党が私腹を肥やして人の不幸をせせら笑ってるなんて事もざらだ。」


覚悟は出来ているはずの賽が、陽一に飲まれていた。


「だから…俺一人力を貸した所で、運が悪かったらそれで終わりだ。…死んでも怨むなよ。」


締めくくると、ばつが悪くなったのか賽から視線を外す陽一。


ちょっと怖がりで臆病な幼馴染、柚果。

たったそれだけで、善意も優しさもまともに汲み取られず世間の流れに呑まれて傷ついている様をずっと見ていた陽一は、そんな柚果を助けられない自分自身を含めて色々と信じられなくなっていたのだ。


だが…だからといって、陽一自身が誰かを助けたくないわけでは決してなかった。

それ故の『全力』。



「……はいっ。」



陽一からは話を聞いてもいないし、聞いた所でその全てが分かるわけでもない。

だが、酷な言葉の裏側に優しい心を感じた賽は、微笑んで頷き返した。








丸二日…陽一が賽に出会ってから48時間までを目前にした今、陽一は右手に握った包丁を、立てた左手の小指に乗せて溜息を吐いた。


「(全く…なんでこんな事になっちまったんだか…)」


陽一は一人内心で愚痴る。

自分の身体を自分で切断なんて、楽になりたい自殺志願者だってやらない。

あるとすれば…時代錯誤なやくざか何かくらいなものだろう。


そんな状況にあえて陥らねばならず、その上結果は人任せ。


「(…まぁ、しょうがないか。)」


同じ包丁に…自分の手に添えられている賽の手を見る。

現実は優しくない。

だったら…自分くらい優しくないと、何一つ救いがない。



痛いほどに覚悟を決めた少女の為に、陽一も覚悟を決めた。




時計が時を刻んでいく。




カチ



コチ



カチ



コチ

「3…」



カチ

「2…」



コチ

「1…」



カチ














包丁が振り下ろされ、赤がまな板を満たしていった。
















「ごめん…なさい…」


賽は綺麗に切断された陽一の指を見て、搾り出すようにそう言った。

完全に自分に任された運命。それも、陽一の予想通りで、他に何かが起こった訳でもなく…


ただ、包丁が振り下ろされて、指が切断されていると言う事実があるだけだった。



「(止められ…ませんでした…)」



賽は目の前の現実と同時に、絶望的な真実をかみ締めていた。


機会を貰って止められなかった。

つまり、賽自身がどれだけ頑張っても、この呪いは…



「…手当てを頼む。」



激痛を堪えた陽一の呟きに反応した賽は、慌てて救急箱を取りに駆け出した。








手当てを終え、眠りについた翌日。

いつまでも姿を見せない陽一の事が気がかりになった賽は、陽一がいるはずの客間に入る。




客間には、誰の姿もなかった。



ベッドの上に一枚の紙を見つけた賽は、近づいてその紙を手に取る。




紙には、『ごめん、俺にはお前は救えない。』と、一文だけが刻まれていた。




賽は、そっと紙を折りたたんで、自室に帰る。


開くのは、隠し扉。その奥にある、宝物。


勇の残した作りかけの双六と、直哉の残したサイコロ。

そこに、賽は静かに紙を置いて、扉を閉めた。



「…諦めません。絶対に…」



望みが見えては断たれるたびに選択肢すら減っていく、絶望的な状況。

更に陽一の行動の結果、賽自身の力では何の解決も出来ないと判明してしまった。


「諦めません…」


それらを知りつつ、賽は自分に念じるように繰り返した。


全ては『こんな事』を止める為。

諦めても、終わってはくれないのだから…と。











陽一が賽の元を去ってからしばらくの時が流れた。

その死まで24時間をきった…最期の一日となった頃合に、異常な熱気を感じて賽は目を覚ました。




「な…え!?」





バチバチと何かがはぜるような音や燃え盛る炎の音、異常な熱気。

幸いまだ賽のいる部屋まで火は及んでいないようだが、家のほぼ全てが木造である以上長くはもたない。


即座に準備を済ませた賽は、部屋を飛び出した。



飛び出した先は、どこを見ても紅蓮の赤が埋め尽くしていた。


「はっ…はぁ…っ…」


そんな燃え盛る家を、賽はフラつく身体で必死に飛び出す。






逃げるため…ではなく。


この惨状を造りだした『誰か』に会うため。



「(誰か…じゃない、そんなの決まってる…)」



そう、こんな屋敷にタイミングよく現れた上にわざわざ大がかりなまねをする人間なんて、ここがどんな場所か知っている人間だけだ。



だから…





「陽一…さん…」


家から飛び出した賽は、トラックを背に立つ陽一の姿を目にして、呆然とその名を呟いた。







「どうして…ですか?私を救えないって、そう書いてあったじゃないですか。」


訴えかけるように言いながら賽が歩を進めると、陽一はトラックに預けていた背を離して賽から距離を取る。


「あ、あの…」


この段に至って陽一に拒絶を示された賽は、若干傷つくも足を止めて言葉を探す。

そんな様子に陽一も良心が痛んだのか、小さく頭を振った。


「…お前は悪くない、いや…悪いも何もない。」


陽一は言いつつ、賽…ではなく燃え盛る 屋敷を指差す。




「呪われているのはあの家で、お前はその道具。…それが俺の出した結論だ。」




呆然とする賽を前に、陽一は自分が導き出した答えを語り出した。










「お前が俺を騙す気なら、家から逃がす訳がない。油断して…いや、限界を迎えて眠った段階で縛り上げでもすればよかったんだ。」

「私は別に…騙す気なんて…」


苦しそうに答える賽。

そんな賽を前に、陽一は少しだけ表情を歪めて続けた。


「分かってる。だが、そうなるとおかしな事があるのさ。」

「え?」


賽が困惑を浮かべる中、陽一は真実を明かす。



「俺がお前に止めるように言った包丁、俺はあの時切り下さずに『全力で振り上げてた』んだ。」



賽は、陽一が告げた事実に理解が追いつかない。

陽一が包丁を振り上げていたなら…何故包丁は下ろされたのか?



誰が…降ろしたのか。




「それを上回る力で、お前が俺の指を切り落としたんだよ。」

「っ…」



示された答えに、賽は凍りついたように動かなくなった。


そんなはずはない…自分がそんな事するはずがない。そう繰り返し念じる賽。

そんな賽の様子を見ていられなくなったのか、陽一は小さく首を横に振った。


「気にするな、呪われているのはお前じゃない。」

「どういう…事ですか?」

「家だよ。電気量も通信料も払ってない家の電化製品がいつからかもしれないまま稼動し続けて、死人が多数出てる…何度も血が散ってるはずの『木造』の家が…木が綺麗で血を吸ったような痕がなかった。タイルやなんかなら綺麗にふき取れるだろうが、木じゃそうも行かないはずだろ?それに包丁もだ。洗って血が落ちたって、何度も人を…時には骨ごと切るような真似をして、新品同様綺麗で無傷の刃を持つ包丁なんてあるわけがない。」


賽が自分で考えても否定できない事実を示す陽一。


「それで、お前はこの家の道具…包丁やなんかと同じで、呪いをやりやすく…多分、呪われているのが『家』だって事を隠す為のデコイ。だから、『呪いにとって一番操りやすいモノ』を操って、俺の指を切断させたんだ。お前のせいじゃない。」

「そんな…そんなの…」



がたがたと震え混じりに首を振る賽。

そんな賽に、陽一は指を突きつける。


「なら教えてくれ。…なんで無傷のお前がそんなに苦しそうなんだ?」

「…え?」


言われて、呆けたように賽は自分の体を見る。


炎の中を突っ切って出てきた賽。

だが、その身体は陽一が示した通り無傷だった。


普通なら異常だが、賽にとってそれは当たり前の事だ。


だが、無傷にもかかわらず賽は苦しんでいた。

意識も揺らぎ、胸の辺りを押さえて苦しげな表情を見せている。



自身の様相に気づいた賽は、しばらく自分の身体を呆然と見つめ…



全てを受け入れて、小さく笑みを漏らした。

屋敷を焼き払った自身を目の前に笑みを見せる賽の姿に胸を痛めた陽一は、ばつが悪そうに視線を外す。


「…本当、お前随分御人好しだよな。お前に黙って全部纏めて片付けようとした俺相手に笑うか普通?」

「貴方だって御人好しじゃないですか。屋敷の異常に気づいていながら私が助けられるかどうかを確かめるため『だけ』に自分の指を犠牲にしたんでしょう?」

「…言ってろ。」


賽の指摘に悪態をつく陽一。

だが、賽の告げたとおり、陽一は賽のためだけに身体の一部をかけたのだ。


陽一が包丁を自分で振り下ろさなかったのなら、賽が操られなかったとしても、『別の要因』で身体の一部を失う事になっていたはずなのだから。


「…私は、十分です。出会った人を死なせてしまうような存在だったのに、貴方や直哉さん、お兄様のような優しい人達に会えたんですから。それだけで…十分…」


笑みを浮かべながら、賽はゆっくりと涙を零す。

だんだんと多くなる涙を見ていた陽一は、ゆっくりと賽に近づいて抱きしめた。


「…近づいていいんですか?私が道具なら、操られて何をするか…」

「かまうか。…自分が死ぬって時まで無理して綺麗でいようとするなよ。」

「…はい…っ!」



炎に包まれた家を背に、陽一にすがり付いた賽は涙を流し続けた。






しばらくそうしていた賽だったが、唐突にその身体を離して涙を拭う。



「…あの…これを受け取ってくれますか?」



言いつつ、賽は陽一の目の前に両手を差し出した。

手には、陽一が残したメモ、勇と作った作りかけの双六、直哉が残したサイコロがあった。


「私の…宝物なんです、忘れられない…」

「…やれやれ、俺のメモなんて残しておきたくもないけどな。まぁそう言うなら貰っておくさ。」


消え行く賽の最期の願い。

そんなものを断るわけもなく、陽一は賽の手にしているもの一式を全て受け取る。




燃え盛る屋敷を背に立った賽は…





「ありがとうございました。」






お礼を言いながら深々と一礼して…そのまま倒れて動かなくなった。















燃え続ける家、その光景を終わりまで見ていようと眺めている陽一。


だが、途中で異変に気づく。


倒れた賽の体がゆっくりと薄れていったのだ。

それに伴って、受け取った宝物のうち、陽一の書いたメモと勇の作りかけの双六が薄れていっていた。


更に…陽一自身にも意味不明な体調不良が起こり始める。


「…って…意味不明な訳がないよな。ここで2日寝食をしてたんだから…ここで採った分がいきなり消えるなら、俺の体だって壊れて当然か…」


幸い消えずに残っているサイコロだけを硬く握り締める陽一。

ただの絶食なら2日分くらいどうと言う事もないだろう。


だが、血肉の一部として吸収されたモノが唐突に消えたらどうなるか…


現実にはありえない現象である以上、陽一には想像もつかなかった。





「(悪い…どうやらこの宝、まともに残しておく事も出来ないみたいだ。)」





賽への謝罪を内心でのみ呟いた陽一は、家が燃え尽きると同時に地面に倒れた。

サイコロを硬く握り締めたままで……






















ゆっくりと目を開いた陽一は、真っ白な天井を霞む視界で見つめた。



「天国…な訳…ないよな。放火に殺人とやってそんな場所いける訳が…」

「陽…君?」



傍らから聞こえてきた、馴染みのある声に陽一は目を向ける。


「柚…果?」

「っ!陽君っ!!!」



ゆっくりと身を起こした陽一の身体に、飛びつくような勢いで抱きついたのは、陽一の幼馴染である春咲柚果だった。






「ばかばかばかばかばかばかばかぁっ!!!」






大泣きしながら泣きついてくる柚果に、自身の体調不良や現状の説明を求める気にもなれず陽一はただ黙って柚果が落ち着くのを待った。






「…私ね、もういじめられたりしてないんだよ?」


落ち着いた柚果が切り出した言葉に、陽一は鈍った目を僅かに大きく開く。


「ホラーが怖いって言いだせなかっただけで、皆いい友達だし。今回だって陽君をつれて森を出るの手伝ってくれたんだ。」

「そう…なのか…」


疑り深さが過ぎた勘違いの結果こんな事になったのだと、失った左小指を見ながら自嘲気味に嗤う陽一。

そんな陽一から悲しさを感じたのか、柚果は静かに自身にあった事を語り始める。


「…声が…したんだ。」

「え?」

「『陽一さんを助けて』って、小さな女の子の声が。…何があったの?」


問いかけつつ、柚果はポケットからサイコロを取り出して陽一に見せた。

それは、意識を失って尚陽一が手放さなかった宝物。


サイコロを受け取った陽一は、それをゆっくり眺め、小さく笑みを零した。




「…ちょっと勇気のある女の子の願いをたまたま叶えられたのさ。今回の一件といい、試す前から諦めるなって事らしいな。」




言いつつ、陽一はサイコロを投げる。

特に何かを狙ったわけでもなかったが、唯一の赤の面である1が一回で出た陽一は、なんとなくいい事がありそうだと思う。




「なら…私も…頑張って試してみる。」




そんな陽一の耳に、何かを決意したような柚果の声がとどく。

元々柚果が引っ込み思案だと知っている陽一は、小さく肩を竦めた。







「ホラー巡りはやめておけよ。お化けにばちあたりだって分かっ」

「す、好きなのっ!!」







陽一の言葉を断ち切るような、詰まりながらの柚果の告白。


「だから…その…付き合って…ずっと、一緒に…」

「…ホラー巡りはごめんだぞ?」

「ち、違…んむっ!?」


勘違いをされたのかと慌てて否定しようとする柚果だったが、その口が唐突にふさがれた。






陽一の口で。






現状についていけない柚果は、しばらく呆然となすがままにされて…


「…俺も、お前の傍は誰にも譲るつもりはない。」


口を離した陽一が柚果の目を見つめてそう告げると同時、柚果は再び陽一に泣きながら抱きついた。



盆過ぎてしまいました(汗)まぁ『夏休み』の範疇ではあるんですが。

まだエピローグを予定しています。

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