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中編・祈りと覚悟と可能性



「はぁ…はぁっ…」


男は草原のど真ん中まで駆けて来ると、荒い息を整えて仰向けに寝転がった。


心地の良い風が吹くが、男にはそれを感じている余裕もなかった。



「は、ははは…ほら見ろ!何が呪いだ!何が死ぬだ!!俺は持病もなけりゃ怪我も耳だけだ!こうして寝転がってりゃ転んで死ぬ事もないし、何もない草原でどうやって死ぬって言うんだ!!俺は助かる…助かるぞ!!!」


安堵に包まれた男は漸く笑みを漏らす。


雲一つない空。


この晴れやかな空こそ自分の未来だと男は確信して…




「ははははははは…は?」




一機の戦闘機が見えた。煙を上げながら、男の元へ向かってきているようにも見える。


「お、落ち着け…不時着にしたってわざわざ直撃コースなんて通る訳がない…ここでビビッて動き出したら、それで転んで頭打ったりするんだろ?舐めんな!動かなきゃ大丈夫だ…動かなきゃ…ッ!」


予想通り、機内からでも人影が見えたのか、戦闘機は男が直線上に入らないように不時着に入り…



体勢を崩して、地面につくと同時に折れた羽の破片が、仰向けに寝転がってまともに動けない男を直撃した。





賽は、死者のニュースを聞くだけ聞くと、静かにラジオを止めた。



「これでまた…一人…」



その瞳には既に涙はなく、ただ全てを諦めた力ない瞳。

賽はそんな瞳を開いている事すら億劫になったのか、静かに目を閉じた。





中編・祈りと覚悟と可能性





出会ってから三日目に入る…48時間経過すると、体の一部を失う。

更に96時間、出会ってから7日目に入ると…死ぬ。

死に方は、あくまで普通。ありえる、可能性のある、普通の死に方。



それが、賽が知った…『思い知った』情報だった。



始めの内は賽も止めようとした。



でも、何をどうしてもダメだった。

賽を信じず怖がって殺そうとしたり、逃げ出したりした人も死んだ。

賽の話を聞いた上で協力してそれを避けようとしてくれた人も死んだ。



死んで、死んで、死、死、死死死死死…



やがて、賽は諦めた。

せめて、自分の出来る限りの事を館に来た人の為に尽くして、叶えられるだけの願いを死ぬ前にあげようと、そう決めた。


信じてくれた上で、賽に何も望まず、呪いを解こうとしてくれた人がいた。

怖がって逃げ出してしまって、何もできなかった人もいた。

ちょっと変わった人では、傷害嗜好でもあったのか、傷が治る賽を時間いっぱい傷つけ続けた人なんかもいた。



「(さすがにアレはちょっとだけ辛かったですね…)」



思い出して小さく笑みを漏らす賽。

普通なら到底笑える事ではないのだが、自分が人にもたらしている悲劇の方があまりに多すぎる為、賽は自分の境遇を悲しむ事が出来なかった。




館の扉が叩かれる、賽は一瞬だけ目を伏せて、出迎えに向かう。




「…ようこそいらっしゃいました。貴方が亡くなるまで、精一杯の歓迎を尽くしたいと思いますので、なんなりとお申し付けください。」




賽はそう言って、開かれた扉の先に向かって深々と頭を下げた。








「はい?」


だが、いきなり死刑宣告されたほうは意味不明だ。

扉を開いた青年は、目の前で死刑宣告をした賽に対して首をかしげた。


賽としても、その反応は当たり前だと分かっているのか、特に動揺もなく続ける。


「説明が必要でしたらしますが、良ければ座りませんか?」

「分かりました、お邪魔します。」


賽が家の中へ入るよう促すと、青年は丁寧に頷いた。







「…以上です、何か質問はありますか?」


賽は、判明している情報と呪いの話を言い切ると、そう締めくくった。

話を全て聞いた青年…神継直哉は呆然としていた。


当然だ、普通の人間が呪いで死ぬなんて言われて信用出来る訳がない。


賽はそれも分かっているのか、席を立つと流し台に向かい、包丁を手に取る。



そして…



疑う直哉の目の前で、賽は自身の手の甲を包丁で刺し貫いた。


「ちょ、何を…」


いきなりの事に戸惑いを見せる直哉。

だが、賽が手から包丁を引き抜くと、その傷がすぐに治っていく。



さして時もかからずに傷跡すら残さず治った賽の手を見た直哉は、さすがに絶句した。



「…私に出来る証明はここまでです。後は、2日後に身体の一部を失う事くらいですね。」


賽は、少しだけ投げやりにそう告げた。


すぐに信じる人、全く信じない人、色々と見てきた賽にとって、話した事をすんなりと信用してくれるかどうかは、人それぞれだと知っている。


それに、どの道結果が変わった事などないから、賽はもう本人任せでよくなっていたのだ。


振って沸いた死刑宣告に、さすがに戸惑いを隠せない直哉。

だが、賽の方に一切冗談の要素が感じられなかったからか、直哉は覚悟を決める為に大きく息を吐いた。



「とりあえず、完全に信じるのは2日後って事で良いかな?」

「はい、構いません。」


普通に考えれば妥当な答え。


幸いにも2日後に失われるのは身体の一部。

呪いと決めるのは、それからでも妥当だ。


事実賽は、2日後の結果で呪いを信じた人とも何度も出会っている。



互いに、特に問題なく頷いて…



「それじゃあ、それまでの間は君の話を聞かせてくれないかな。」

「え?」


賽は、直哉からの予想もしなかった言葉に首を傾げた。


今までは、呪いを解くための情報を集めようとする人とか、そんな人が多かったが、いきなり賽自身とのんびり話したいなどと言う人はいなかったから。


だが、直哉は気負いなく続ける。


「どんな人に会ってきたのか、何があったのか、君の事を知りたい。いいかな?」

「…はい。」


所詮少しの違い。

そう割り切った賽は、静かに頷いた。




勇の話をしたときには、一瞬だけ胸の痛みを覚えた賽だったが、何とかただ淡々と話を終える事ができた。


話を終えて、あてがわれた客間に入った直哉は一人、今日の事を振り返る。



「(…彼女は、嘘を吐いていない。)」



直感に近いものだったが、直哉はそう感じていた。

賽の絶望と諦めにまみれて、淡々と冷めた声。その声によってつむがれる話。

そして…絶望と諦めに埋もれた中に僅かに見えた悲しみ。


あれが偽者や演技だとは直哉には見えなかったのだ。


だが、それが本当だと受け入れる事は、自分の死を意味する。

直哉は布団を強く握って目を閉じた。



「(助けてくれ…)」



直哉は祈る。

ただひたすらに祈る。




それしか出来なかったから。




「父さん…」


祈るしか出来ない直哉は、父親の事を思い出した。






直哉の父は神父だった。

教えに沿って、祈りで人を救う。


直哉自身は心優しい青年ではあったが、現実祈りで救えるものなんてないと判断した直哉は、父の元を離れボランティア活動にいそしむ事とした。



自身の心と力で、人を救う為に。



そんな活動の最中、直哉は火山の噴火に遭った。

降り注ぐ火山弾、流れる溶岩、そんな中、直哉は人を助けようと思った。足掻いた。



でも、殆ど何も出来なかった。



自然を目の前に、人一人の自力でできる事など、たかが知れていた。


次々に死んでいく人。

自分が生きて帰っただけでも奇跡に近い。


助けられたのは、ほんの数人。

助かった人に色々と手を施すにしても、医療技術もなければお金だって裕福な訳じゃなかった。



自分の力で救える人なんてろくにいやしなかった。



その時直哉は祈っていた。

ろくな事が出来ないまま、どうかやめてくれと、助けてくれと。






そうして…自身の選んだ道に抱いた迷いに誘われるように、直哉はこの森の奥に来た。


「(…祈ると救われるんじゃない、人間なんかの力でできる事なんて些細だから、本当に些細な事だから、祈るんだ。どうか届いて欲しいと、叶って欲しいと。)」


災害の後、『誰のせいだ』とか『予測できなかったのか』と、騒ぎになった。

あれだけの悲劇だ、誰だってどうにか出来ないのかと思って当然。

それが、ただの偶然だって事実を信じたくないから…理由を求める。



でも、なら今回は誰が悪い?


今悲嘆に暮れている彼女が悪いのか?

呪いを止めようとして自殺まで試みた彼女が、『悪い』のか?


「そんなはず…ない。」


…僕は祈る。

何の理由もなく起こったこの悲劇に祈る。



どうか…救われて欲しい…と。







直哉が来てから丸二日が終わろうとする時、直哉は玄関に座りこんでいた。



一番安全と思われる場所。周囲に何もない場所。

だが…


唐突に、何の前触れもなく、電灯が割れた。



咄嗟に腕を振って目を庇う直哉。

だが、その腕に割れた電灯のガラス片が刺さっていて…




「ぐ…あっ!」


直哉は、自身の目を自分の力で突き刺した。

左目に走る激痛。


救急箱を手に様子を眺めていた賽は、特に慌てた様子もなく治療を始めた。







「はは…コレは信じるしかないかな。たまたま電灯が割れて、ガラス片が腕に刺さってその腕でたまたま目を突き刺す可能性なんて、狙ったって上手くいかないよ。」


治療が済んだ所で、呆然と直哉はそう言った。

賽は答えない。

ただ少しだけ悲しそうに目を伏せただけだった。


「…少し、一人にして。」

「…はい。」


直哉が消え入るような声で呟くと、賽は一礼して自室へと戻っていった。






「…これは…ダメだ。馬鹿げてる。」


直哉は現実を否定しようと何度も思った。

だが、目が発する痛みがそれを許さなかった。




「僕は死ぬ…きっと…」




変えられない死へのカウントダウン。


それはあまりにも無情。

良いも悪いもなくただそこにあり続ける、現実と言うものの常で本質。


今直哉に示されたそれは、2日後に体の一部を失い、6日後に死ぬ呪い。

賽に教えられたその呪いの半分が済んでしまったと言う現実だった。


「(屋敷を出ても関係なくて、彼女は死ぬ事も出来なかったって言った。事実、目の前で手が異常な治り方をしてたし、普通の人間じゃない。)」


必死で考えをめぐらせる直哉。

それも当然、誰だって死にたくなどない。



「(第一自分が助かれば彼女は殺してもいいって言うのか?そんな事…くそっ!一体僕に何が出来るんだ…)」



誰かの不幸を望む人間にはなってないと思っていた自分自身すら疑うような考えまで浮かんできて、直哉はそれを否定する為に握り拳で力なくベッドを叩く。




だが…結局直哉には、呪いを終わらせる方法も、否定する方法も、見出す事が出来なかった。





直哉の死まで24時間を切った頃、賽と直哉は向かい合う形でテーブルに座っていた。



「どうしました?」

「…出来る限りの事を何でも聞いてくれるそうだから、頼みごとをしたくてね。」

「はい、何でもします。」


ぎりぎりで呼び出されての頼みごと。

だが、賽は特に驚く事もなくそれに応じた。


善人であろうとして、2日後の出来事や死の直前になりきれずに変貌した人や、強がっていて急に怯えだす人なども見てきた賽にとって、それほど驚く事態ではなかったのだ。

それに、最初から最後まで優しいままでいた人でも、最後の日に遺言のように語り残していく事も珍しい話ではなかった。


だから、なんの躊躇いもなく賽は答えた。どうせコレで終わりなのだから…



「僕には、君を救う方法も、この呪いを終わらせる方法も、何も思いつかなかった。ごめん。」

「…そんな事…私こそすみません。こんなものに巻き込んでしまって。」


互いに謝る直哉と賽。

賽が目を伏せて謝るのを聞いた直哉は、小さく息を吐いた。


「君は、諦めているだろ。」

「え?」

「この呪いを終わらせて、以降に悲劇を続けないことさ。」

「それは…」


ここにきて、賽は初めて戸惑いを見せる。


と言うのも、直哉の指摘が当たっていた事だけではなく、今まで真摯に話をする人は賽を責めなかったし、そうでない人は暴走気味で話にならなかったから、直哉の対応は初めてのものだったのだ。


「まぁ、何をどうしても上手く行かないと、投げたほうが楽になるよね。でも…」


ろくに救えなかった直哉は、それを思い知っている。

自分は無力だったと、何の意味もなかったと、そう折れそうになってこの館に来た。



「命を諦めちゃだめだ。このままで終わっていくのは、君の未来だけじゃないんだ。」



賽の胸の奥にずきりと嫌な痛みが走る。

賽はそれを押し殺して、続きを待つ。


「それが、僕の願い。聞いてくれるんだよね。」

「っ…」


否定も出来ず、賽は強く歯を食いしばる。


「僕はここで終わるけど、君はそうじゃない。材料を拾う時間も、考える時間もちゃんとある。すぐにとは言わない、いつか…」

「…貴方に…貴方に何がっ!」


語り続ける直哉の言葉に耐え切れなかった賽が、悲鳴に近い声を上げる。



「私だって止めようとしたんです!助けたかったんです!誰も死なせたくなかったんです!貴方だって今諦めたじゃないですか!!!」



俯いて叫ぶ賽。

その息は座っているのに荒れていた。


「…僕の父親は神父なんだ。でも、僕は祈りで誰かが救えるって思わなくて、自力で頑張ってきた。でも、祈るしかない事もあるんだよ。たとえば…6が出ますようにとかね。」


言いつつ、直哉はポケットから取り出したサイコロを投げる。

テーブルの上に転がったサイコロは、1の面を上に止まった。


「(正反対…か、全く運がないな。)」


自嘲気味に思いつつ、直哉はサイコロを再び手に取り振りなおす。

何度かそれを繰り返すと、漸く6の面が上の状態で止まるサイコロ。


「祈りながら、いつか出来るって試し続けるしかないんだよ。それもやめたら…本当に何も進まなくなる。」

「だったら貴方だって同じです!今諦めたじゃないですか!私を救えない、呪いを止められないって!」


淡々と語る直哉の言葉を無理に断ち切るように叫ぶ賽。

賽は恐れていた。直哉が示したそれを全て受け入れて…




『呪いのせいだから仕方ない』と諦めてきた今までの命に対して、『見殺し』という責を負う事になるのを。




直哉は、そんな賽の悲痛な声に対して、笑顔で頷いて席を立つ。


「君の言うとおり、僕は諦めた。『確実に』この呪いを終わらせるのを。でも、それでもできる事がある。」

「え?」

「一つ、思いついた方法を試すこと。…サイコロ一回分の命って言うのも、悲しい話だけどね。」


困惑する賽を他所に、直哉はそのまま洗い場に歩いていって包丁を手に取る。

賽の手の甲を貫いた包丁だが、丹念に洗ったらしく新品同様に綺麗なそれを、直哉は少し寂しげに見つめた。





「僕の思いついた手段は、『呪い発動前に死ぬ』事。」





賽の肩がビクリと跳ね上がる。

その場の空気が一気に冷えたような気がした賽だったが、直哉の方は笑顔だった。

寂しげで、今にも壊れそうな笑顔だった。


「それで呪いが終わるのか、無意味なのかは僕には分からない、確かめる事すら出来ない。だから、そこからは君が考えてくれ。」

「や…め…」


賽は椅子を倒しながらよろよろと立ち上がり…





「祈ってるよ…どうか、君が救われるように。」

「やめて!!!」



直哉は、空いている手でサイコロを投げた後、自分の胸に全力で包丁を突き刺した。





「(教会としてはダメなのかもしれないけど…ごめん…許して…父さ…)」




口に出す事もできない謝罪を胸に抱えたまま、直哉は崩れ落ちた。


血溜りに沈んで動かなくなるその身体を目の前に、賽は手を伸ばしたまま動けなくなる。



「呪いじゃ…ない…」



賽が示した時間には、まだなっていない。

自分で言ったのだから、何度も確認した事なのだから、賽はそれを知っている。



じゃあ…なんで死んだ?



決まってる。



呪いを終わらせるために。



「私が…救われる…よう…に…」



口に出して、枯れて久しい涙が賽の瞳から零れた。

呪いそのものとは関係なく、賽の為に死…


「や…だ…」


ぼろぼろと、賽の瞳から涙が零れ落ちる。何度も、何度も。






「嫌あぁぁぁぁぁっ!!!!!」






答える者のない森の中の家に、賽の絶叫が虚しく響き渡った。










翌日、賽は外に出ていた。

目の前には油の詰まったドラム缶、手にはマッチ箱。



「(死んでも治ってしまうから諦めていましたが、完全消滅やそれに近い損傷ならひょっとしたら…)」



『試しにやってみる』にはあまりに酷な死に方。

だが、賽の目には強い覚悟が宿っていた。


呪いなんて不確かな死を示されて、それを受け入れて命を懸けた直哉を見ている賽には、もう自身への加減など考える気はなかった。


数本のマッチを手に取った賽はそれに火をつけ…





迷いなくドラム缶に飛び込んだ。








賽は、気がつくと焼けた地面にうつぶせになっていた。

その身体には、焼け跡すら残っていない。



「(諦め…ません…私はもう…絶対…っ!)」



賽は横たわったまま、地面に指の跡をつけるように拳を握り締めた。


流れはできているのですが、形にするのに少々時間がかかりました。


…自分でやっておいて何ですが、救いがない(泣)

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