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冥府の剣  作者: 梅院 暁
第5章 豺狼の城
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第76話

 ――同時刻。


 冷水をバケツで浴びせられ、忍坂(おしざか)あゆみは無理矢理覚醒させられる。視線を巡らすと周りには、ガラの悪い男達。

 忍坂は自分の置かれた状況を分析する。椅子に座らさせられ、後ろ手に縛られて拘束されていた。服は脱がされ、下着のみにされている。

 気分は最悪だ。冷水が殴られた傷に染みるし、胃も痛い。

「よう、気分はどうだ、女ネズミ?」

 男の中の一人が尋ねる。韓国軍崩れで今は黄鱗会に雇われている、チェ・ハンヨンだ。

 無言で睨みつけるが、相手はそれを意に介した様子もなく、

「小便は済んでた? 神様へのお祈りは? 命乞いの文句は? 痛みに縮こまってガタガタ震える心の準備はOK?」

 と、サディスティックな表情を浮かべながら、笑う。

 それも無視し、さらに周囲の状況を確認する。蒼狼(そうろう)会の組長、(いぬい)吾郎(ごろう)とその腹心である鷲尾(わしお)鷹見(たかみ)他何人かの組員。ナインテラーと思われるヨーロッパ系の人間もちらほら混ざっている。

 その中に、一人見知った顔がいた。

「あら、間宮(まみや)栄治(えいじ)議員殿ではありませんか? 政務をなさらずによろしいんですか?」

 何と、若手国会議員である間宮栄治がいた。

「おや、知っているのか」

「有名人ですもの。ところで、質問の答えをいただきたいのですが?」

 胃痛を我慢しつつ、重ねて尋ねる。

「政務の一環だよ」

「政務? 麻薬販売とテロの支援行為が?」

「君達下々の人間には思いもよらない仕事がこの世にはたくさんあるのだよ。時には、泥を被ってでもやらねばならない仕事が、ね」

 得意げに言ってのける間宮。そのドヤ顔が、忍坂の目にはとても醜悪に写る。

「それは失礼しました、ゲス野郎」

 最後の最後で、隠しきれない侮蔑が忍坂の口から漏れた。

 激高した間宮が頬を張った。椅子に縛り付けられた忍坂は殴られた拍子に倒れる。

「……大人気ないわね、こんな無抵抗な女を打つなんて。そんな奴の政治なんて、碌でもないものでしょうね」

「黙れ!」

 さらに腹に蹴りを入れる。

「こいつの拷問が終わったら、殺さず私に寄越せ」

 間宮は咳込む忍坂を見下ろしながら言う。

「見事に我々の中に潜り込んだ手腕は優秀だった。じゃあ、男を悦ばせる手管はどうだろうなぁ?」

 忍坂は再度心の中で「ゲス野郎」と罵る。

 その時だった。

 外部から、爆発音が轟いた。それも、一度ではない。二度、三度と轟音が響いてくる。

「なんだ? 何が起きている!」

 ハンヨンが叫ぶ。

「敵襲です!」

 無線らしきもので連絡していた部下が驚いた顔で報告を入れる。

「なんだとぉ?」

「外来棟より敵が侵入! すでに交戦中!」

「立体駐車場でも、攻撃を受けている模様!」

 立て続けに連絡が入る。

「な、て、敵?」

 この中で一番狼狽していたのは、大して戦闘することの出来ない、国会議員の間宮だった。先程までの忍坂に対する態度から一変、オロオロし始める。

「落ち着け、奴らが来るのは、想定の範囲内だ。そのために竹中(たけなか)達はすでに配置しているんだからな」

 乾が冷静に収めた。

「俺達は外来棟に行く。ナインテラーの方々にはロシアンマフィアと協力して立体駐車場の方をお願いしましょう」

「引き受けた」

「俺はどうする?」

 ハンヨンが乾に尋ねる。

「あんたはここで、先生を護りつつ、その女を尋問しててくれ。何、昨日の今日だ。大して戦力は整えていないだろう。奇襲すれば何とかなると思っていたんだろうが、返り討ちだ」

 乾が自信満々に言うと、ハンヨンは頷く。

「よし、お前等、続け!」

 乾が指示を出し、鷲尾と鷹見を引き連れ、部屋を出ていく。ナインテラーの構成員達も武器を構えてそれに続く。残ったのは、ハンヨンと間宮、待機するように命令された霧生組と黄鱗会の構成員達だ。

 迎撃のため慌ただしく駆けていく様子に、忍坂が「ククク」と笑い出す。

「このアマ!」

 間宮がヒステリックな声を上げる。まったく、政治家にしては感情が表に出過ぎではないだろうかと思う。

「さっさと私を始末しなかったことが裏目に出たわね」

 忍坂はなおも煽り続ける。

「しかも、あれは陽動よ、おバカさん。簡単に引っかかり過ぎよ」

 それに対し、ハンヨンが呆れ顔で応える。

「バカはお前だ。あれが陽動なら、救出に来る本隊が来る。だが、お前がこの広い病院の何処に囚われているのか、どうやって分かる?」

「分かるんだなぁ、これが」

「発信器でもついているとでも? しっかりボディチェックは……」

「……おバカさんね。わざわざ分かる位置に身に着けているわけないでしょ? ボディチェックとはいえ、腹を捌いて胃の中を確認するわけにもいかないでしょうし」

 この言葉を聞き、ハンヨンがある可能性に行き当たったらしく、目を見開く。

「こいつ……まさか、体内に……」

 ハンヨンの呟きが最後まで続くことはなかった。

 天井が爆発し、崩れていく音が遮ったからだ。

 忍坂は、笑みを浮かべて口にする。


「小便は済んでた? 神様へのお祈りは? 命乞いの文句は? 痛みに縮こまってガタガタ震える心の準備はOK?」

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