第74話
山奥の厳しい沢。
祖父に命令されて、一人の少年が魚の腹を裂いていた。
――あれは、子供の頃の俺か?
「人は、他の生き物を殺してでも生きていくんだ。分かるな、明?」
夢を見ている。随分と、懐かしい夢だ。
頬を叩かれ、明智真は目を覚ました。目の前では、呆れた顔をした綾目留奈がいる。
「任務前だって言うのに、よく眠れるわね、お寝坊さん」
開口一番に、皮肉が飛んでくる。どうやら、叩き起こしたのは、ルナのようだ。
「……すいません」
明智は思わず謝る。
「もうすぐ目的地だ。しっかりしてくれよ、マコト」
勇海新も珍しく叱責を飛ばす。
一方で、助手席の勝連武や、明智の隣に座っている太刀掛仁は敢えて何も言わなかった。
やがて、明智達が乗っている車が目的地近くに到着した。一同は車を降りると、それぞれの武装を手に徒歩で目的地へ接近する。
「こちらアルファ。配置に着いた」
勝連武が、無線機で他のチームとやり取りをする。
勝連達は、雑木林の陰から数十メートル先の榊原記念病院を観察していた。
榊原記念病院は、構造上三つの建物に分かれている。「外来棟」「中央棟」「入院棟」の三つの施設が、中庭を中心としてL字型に配置されていた。
外来棟は待合室と各科の診察室で構成された四階建て。中央棟は主に院長室や職員のための休憩室に会議室、各種検査室が集中している建物で三階建てだ。入院患者のための入院棟が一番大きく、八階建てである。入院棟のすぐ近くに、関係者用の立体駐車場があった。
勝連率いるアルファの人数は六人。敵の本拠地を攻めるに当たり、全員が重装備で駆けつけた。闇夜に紛れる漆黒のタクティカルスーツの上から、セラミック製の防弾プレートに予備弾倉や爆発物を納めた各種ポーチを装着している。当然、武器も普段の作戦とは段違いに豪華だ。
まずは勝連。普段から使用している7.62mm口径の大火力ライフル、M14の近代改修バージョン。夜戦、中距離戦に対応できるように、狙撃用の高倍率スコープではなく暗視装置付きのダットサイトを装着している。
予備武器として、H&K UMP短機関銃に、スプリングフィールドM1911クローンを装備。弾薬共有のため、どちらも45口径弾対応モデルだ。
次に、太刀掛仁。主武器として以前の作戦でも使用したレミントン社のM870ショットガンを選んだ。これだけでは近距離での戦いに限定されるため、カービン銃も装備する。ドイツのオーバーランドアームズ社製のM4クローン、OA-15XS。近年重視される近接戦闘向け短機関銃サイズのカービン銃。一般的なM4カービンよりも二〇〇mm近く全長が短い。これはMP5短機関銃とほぼ変わらない全長だ。どちらにも暗視装置付き照準器の装着を忘れない。
そして、拳銃はS&W社のロングセラー回転式拳銃、M10ミリタリー&ポリスを携帯。抜き撃ちに適した、二インチ短銃身モデル。
さらに、愛用の村正の小太刀を左腰に差していた。素手での格闘戦でも大抵の相手に遅れは取らないが、これがあればまさに鬼に金棒である。
勇海新は、いつも通りスイス製の高性能カービン銃、SG552に暗視装置付きダットサイトとフォアグリップを取り付けて装備していた。サイドアームには、愛用している回転式拳銃S&W M686通称Dコンバットマグナム4インチモデルを選択。バックアップ用の五発装弾リボルバー、M649ボディガードも忘れない。
そこに、もう一丁武器を追加で持ってきていた。コルトM79グレネードランチャー。ベトナム戦争の頃に開発された発射器で、M16ライフルやM4カービン等へ装着されるM203ランチャーの前身ともいえる代物だ。ライフルへ取り付けは不可能だが、構造が簡単なためか故障知らずの一品で、未だに世界中の戦場の第一線で使われ続けているという。予備含め三発のグレネード弾を三連ポーチに入れて身につけていた。
雲早柊は、M4カービンの改修モデル、HK416を主部器として装備している。雲早自身は機関部が故障しやすく手入れが面倒なM16系統のライフルを嫌ってはいるが、HK416に至っては作動方式が頑丈なAKライフルに近い方式のため、故障に強く気に入っていた。
サイドアームは、ロシアの最新短機関銃KBP PP-2000。これは大型拳銃とほぼ変わらない大きさのサブマシンガンで、9mmパラベラム弾の他に専用の7N31徹甲弾を使用する。この新型弾薬は二〇〇mの距離からケプラー繊維の防弾ベストを軽々と貫通できる。さらに愛用のCz75拳銃も所持。
左右のヒップホルスターにPP-2000を二丁、ショルダーホルスターにCz75を二丁納め、ライフル含め計五丁の銃火器を雲早は装備している。
綾目留奈は、ドイツのG36ライフルを短機関銃サイズまで切り詰めた、G36Cカービン銃を所持。本来彼女はサブマシンガンのようなコンパクトで取り回しに優れた火器を好むが、敵の規模を考え、威力の高いライフル弾を使用する銃器を持ってきていた。拳銃は最近使い始めたH&K P2000。バックアップ用に、同じ拳銃を二丁装備するのが彼女のスタイルだ。
さらに今回は接近戦用にナイフ、そしてトンファー型警棒を持ってきている。敵から奪った木製の物ではなく、特殊カーボン製だ。軽くなって打撃力の低下を防ぐため、中にはチタンの棒が仕込まれた特注品である。
さて、明智真は唯一分隊支援用の軽機関銃を装備していた。自衛隊でも使われているミニミ軽機関銃。それも、より小型化してレールシステムで高性能化した、SPWと呼ばれる特殊部隊用モデル。その箱型弾倉には5.56mmのライフル弾が二〇〇発詰まっている。初めて使う軽機関銃について、明智は不安も感じたが、「俺らが前にいる時にさえ絶対撃たなければ何の問題もない」というありがたい言葉を勇海から頂いていた。
室内戦であるため、軽量小型のB&T MP9短機関銃もスリングで下げておく。拳銃は、太刀掛から借りているコルト・ローマン。強力なマグナム弾を六発撃てる小型の回転式拳銃だ。
そして、得意である接近戦のため、銘の潰れた脇差し――村正と、ルナから受け取った折り畳み式の特殊合金製警棒を持ってきている。最初、刀だけでも十分かと思ったが、折角だから警棒も使わせてもらうことにした。脇差しは左腰に差し、特殊警棒は折り畳んだ状態で右腰に付けた専用ホルスターに納める。両腰が埋まるため、拳銃はショルダーホルスターに納めた。銃の抜き撃ちに時間が掛かるが、拳銃よりも先に拳か刀が出るタイプだから大丈夫だろう――たぶん。
勝連達から一番近いのは、外来棟の救急患者搬入口だった。ホームレスのふりをしたヤクザが三人、見張りについている。外来棟の屋上にも見張りが歩き回っており、スーツ姿で中国軍のアサルトライフルを構えていた。廃墟のはずだが、照明装置が灯り、周囲を照らしていた。気付かれないようにこっそり進入することは不可能だろう――もっとも、勝連側には、そんな考えは微塵もないのだが。
『ブラボー、配置につきました。いつでも行けます』
無線から英賀の声。
「よし、チャーリーは?」
勝連はこちらに向かっている最中の、第三のチームへ問いかける。
『こちらチャーリー。予定通りの行程。到着まで三分切りました』
「よし、仕掛けるぞ!」
勝連が号令を掛けた。
「待ってました!」
勇海はM79ランチャーに、グレネード弾を装填する。それを合図に、他のメンバーも一斉に薬室に初弾を込めた。
『こちらブラボー。合図を!』
再び、ブラボーから通信が入る。
「よっしゃ、いっちょ派手に行くぜ!」
勇海は宣告と共に、M79ランチャーのトリガを絞った。四〇mm口径の砲弾が飛び出し、狙い通りの軌道を描いてから炸裂する。その爆風が、搬入口のドアと一緒に三人の見張りをまとめて吹き飛ばした。
爆発に驚いた、屋上の見張り二人が、屋上の縁に駆け寄って状況を確認しようとする。
「三流が」
勝連が短く吐き捨てると、無防備な見張り目掛け、M14ライフルを二連射。夜の闇を鋭い銃声と発射炎が切り裂く。暗視装置を兼ねた照準器越しに、二人の見張りの頭が弾けたのが確認できた。
――そこは、近付くんじゃなくて伏せるのが常識だ。
アルファは雑木林を飛び出すと、扉を吹き飛ばしたばかりの搬入口から外来棟へ突入を開始した。