第63話
ロシアンマフィア、アゴニスーシャとヨーロッパ系テロ組織ナインテラーの連合軍が、MDSIを誘い込んだホテルを包囲していた。狙撃された機関銃手の代わりが乗り込み機関銃を撃ち続け、狙撃手が潜んでいたビルにもナインテラーから割かれた部隊が始末に向かった。
ホテルに籠もっている相手はなかなかしぶとく反撃をしてきたが、短機関銃や散弾銃などの主武器の弾薬がついに尽きたか、拳銃での対応を余儀なくされていた。あとは、物量で攻め続ければ相手は音を上げる。
今回ばかりは、数の差を覆すことは出来ない。ここにいる誰もがそう思っていた。
一台のSUVが突撃してくるまでは――
「楽しんでいるじゃねぇか! 俺達も混ぜてくれよ!」
SUVのサンルーフから顔を出した登崎岳は、声高に叫びながら両手の銃器を構える。
ドイツのH&K社製MP7短機関銃のA2モデル。無印からの変更点は、トリガーガード前に付いていた折り畳み式のフォアグリップを廃止し、代わりにアクセサリを付けるレールが追加されていることだ。
登崎は前方下部のレールにレーザーサイトを取り付け、四〇発装弾のロングマガジンを挿したものを、左右一丁ずつ持っていた。二丁の短機関銃をホテルを取り囲むマフィア達に向ける。
両手の短機関銃を同時にフルオートで発砲。拳銃弾よりも強力な4.6mm口径の特殊弾頭がばらまかれる。トラックの荷台で機関銃を撃っていた男達が撃ち抜かれた。さらに撃ち続け、周りの構成員達も片付けていく。
両手のMP7A2の弾倉が空になったところで、SUVが停止した。弾倉交換のために引っ込んだ登崎と入れ替わるように、ドアから二人の男女が飛び出す。
一人は、幹部の駿河申。もう一人は、彼の部下の子桃園舞だ。二人はそれぞれ、イスラエル製のマイクロ・ダボール・カービンとシュタイアーAUGカービンを所持している。二丁のブルパップ式カービン銃を短連射し、残りの機関銃手を討ち取る。
そこに、ようやく二丁の短機関銃の弾倉を交換した登崎も車を降りた。
「私とモモが中に行く。ジミーはリキとツヅの救援!」
駿河が、車を運転していた部下に命じる。
ジミーこと清水成が「了解」と返して、車でそのまま力石達の救援に向かった。
「トッさん、ここは任せるわよ、いい?」
そして、駿河はこの中で唯一部下ではない男、登崎に尋ねる。
「答えは決まってらぁ! 暴れたりないんだ、こっちは!」
登崎が、物騒な内容で応える。
駿河と子桃園がホテルの入り口の敵を撃ちながら突入した。そこを、敵が狙おうとする。
「おっと待ちな! お前らの相手はこの俺だ!」
MP7A2に取り付けられたレーザーサイトから、赤いレーザーが伸び、男達の眉間に合う。登崎はレーザーの照準があった瞬間に、二丁同時に撃つ。二人の頭が同時に爆ぜた。
登崎が走りながら、両手のMP7A2を振るう。その動きに合わせ、レーザーが一閃した。その直後、レーザー光を追従するかの如く、4.6mm口径弾が着弾する。二丁の銃が、別々の敵を狙い、火を噴き続けた。
敵が登崎に照準を合わせるよりも早く、登崎がその敵を撃ち抜く。これは、登崎の照準時間が他の人間より特に早いというわけではない。
登崎が銃口を向けた先をレーザーがなぞる。そのレーザー光が敵に当たった瞬間のみ、登崎はトリガーを絞る。弾が無駄にならないように、指切りの短連射を行い、レーザーが目的のものに当たってないときには発砲しない。レーザーの色は、左右の銃で僅かに濃さを変えており、どちらの銃の照準が合ったかを流し目で追いながら、レーザーが当たったときに、瞬時に反応して撃つ。これにより、複数の目標に対し、短時間かつ効率よく排除することが可能としている。
数に勝るはずのロシアンマフィア達が、たった一人の男を捉えられず、翻弄され、一方的に撃ち抜かれていった。
「はぁ、なんか貧乏くじ引いちゃったかなぁ」
たった一人、SUVを走らせながら、清水成はボヤく。
力石達が陣取っていた五階建てマンションの上階の方から、断続的に銃声が聞こえてきた。ライフル弾同士の撃ち合いで、かなり激しい銃撃戦になっているようだ。
やがて、マンションの外側に設置されている非常階段が見えた。階段の入り口には、二人のナインテラー構成員が、ガリルアサルトライフルを構えて見張りに立っていた。こちらの接近に気付いた男達は銃口を向ける。
清水は車のサイドブレーキを掛ながら、運転席の扉を開いた。急ブレーキを掛け、スピードが下がったところで、銃を片手に外へ飛び出す。
突然の清水の行動に、数瞬相手の照準が遅れた。
清水は転がりながら、G36Cカービンのセレクターをフルオートに回した。水平に弾丸をばらまいて牽制する。弾丸が男達の腹や胸に当たった。転がるのを止め、伏せた状態で、頭に二、三発ずつの短連射を加え、二人の敵をあっさり撃ち倒す。
「何だ?」
非常階段の三階辺りから、下の異常に気付いた構成員が顔を出した。男は清水に気付き「あっ」と声を出したが、銃を出す前に清水の銃撃を食らった。
さらに二、三人が上から銃撃を加えてきたところに、清水は適当にG36Cを撃ち返しながら非常階段へ突入する。
非常階段を上り始めたところで、G36Cの弾倉が空になった。
清水は弾切れのカービン銃をスリングで背中に回すと、五〇センチ程の長さの鉈を抜く。東南アジアで使われていた「タリボン」という山刀で、刀身は中央に膨らみを持ち、切っ先に向かって細くなっている。それを左右の手に一本ずつ握った。
上がっていくと、早速敵と遭遇した。その数六人。相手は、清水がこんなに一気に階段を駆け上がってくるとは思っていなかったのか、銃を向けるのが遅い。
清水は左手の鉈でライフルを弾くと、右手の鉈の切っ先を男の鳩尾目掛け突き出す。細い切っ先は胸の中央を易々と貫いた。
清水は右手の鉈を惜しげもなく手放すと、絶命した男の背後にいた敵に左手に残った鉈を振り下ろす。手首のスナップを利かせた一撃に、男のライフルを保持する両腕が斬り落とされた。さらに返す太刀で、三人目の首を斬り飛ばす。
四人目の男は、銃ではなく大型の軍用ナイフを抜いた。
清水は四人目の男に、再度手首のスナップを利かせながら斬りかかった。男がナイフで咄嗟に受け止めようとするが、得物の質量が違う。ナイフは呆気なく折れ、男の肩に斬撃が食い込んだ。振り下ろしの勢いのまま鎖骨を切断し、心臓まで刃が達する。
残った二人がガリルを向けた。
死体から刃を簡単に抜くことが出来ないと読んでいた清水は、空いていた右手でヒップホルスターからグロック17拳銃を抜いていた。死体を盾にしながら、拳銃を連射する。相手の胸と頭に二発ずつ撃ち込み、ようやく六人とも沈黙させた。
死体から山刀を抜くと、爆発的な鮮血が噴き出す。
いつの間にか、上からの銃声が止んでいた。
「リキ? ツヅ?」
清水は左手の鉈と右手のグロック17を油断無く構えながら、ゆっくり階段を上っていく。やがて、ライフル弾で撃たれた多数の死体と遭遇する。
「ジミーか?」
力石の声だ。
「もしかして救援ですか?」
今度は通津の声。
清水は山刀を血振りしてから鞘に納め、拳銃の銃口を下ろす。
「無事だったみたいで」
「無事? 散々でしたよ」
清水に刺を含ませた言葉で通津が返答する。
「ツヅ、落ち着け」
力石が止め、清水に問う。
「助かった。他の面々は?」
「中に突入したメンバーの救出へ向かいました」
外の敵を登崎達に任せて突入した駿河と子桃園は、中で二手に分かれた。駿河が正面階段、子桃園が非常階段を担当する。
どちらの階段も、敵で溢れていた。後続の敵達が、駿河や子桃園に気付き、ライフルや短機関銃を撃ち始める。
二人は撃ち返しつつも、この人数を銃だけで全滅させるのは無謀だと判断していた。共に同じ考えだった二人は、MkⅢ手榴弾を取り出す。円筒状の缶の形状をしたこの手榴弾は、殺傷力のある破片をばらまかず、本体が爆発したときの衝撃波のみで敵を攻撃する。攻撃範囲が狭くなってしまう欠点があるが、こういった室内などで味方や自分を巻き込まずに敵のみを攻撃することに向いている。
二人は安全ピンを抜いたMkⅢ手榴弾を、それぞれの階段に投げ込んだ。二つの手榴弾が、ほぼ同時に爆発。建物が揺れ、敵が吹き飛ぶ。特に爆心地にいた敵は見るも無惨な状態で、ミンチよりも酷い。
爆発地点より前にいた敵をカービンで撃ち倒し、階段へ突入する。
非常階段へ飛び込んだ子桃園舞は、AUGカービンを捨て、両手にナイフを握った。鎌状に湾曲した両刃の短剣で、柄には指を通す穴が空いている。東南アジア発祥の、カランビットナイフ。今では世界中の軍隊で使われている。子桃園は人差し指を柄の穴に通し、逆手で構える。
爆発のショックから立ち直った敵の一人の首を、問答無用に斬り裂いた。
別の敵が銃を構えた瞬間、左手の刃が銃を保持する腕の腱を絶ち、右手の刃で頸動脈を跳ね斬る。
「うおぉっ!」
敵が、AKライフルのハンドガードを握り、ハンマー代わりに殴り掛かった。
横薙ぎの打撃を子桃園は姿勢を低くして避けながら、再度カランビットを振るった。隙だらけの男の脚を斬り、立てなくなった相手の首筋に鋭い切っ先を突き立てる。
階下の敵を始末し、上を仰ぐと、こちらにライフルを向ける男が二人。
子桃園はカランビットから手を放すと、穴に通していた人差し指を基点に回転させ、投擲した。
一本は男の首を高速で回転しながら斬り刻み、もう一本が別の男の右目に突き刺さる。一人は首から盛大に鮮血を撒き散らして倒れ、もう一人はバランスを崩して階段から落ちてきた。
「おっと」
子桃園が落ちてきた男を避ける。
そこへ、突如折り重なっていた死体の山が崩れた。たまたま手榴弾の爆発を逃れた男が隠れていたようだ。男の手には、軍用ナイフが握られている。
「あら、ナイフ戦?」
子桃園は慌てず、新たなナイフを抜いた。今度のナイフは、刀身がまるで炎のように波打っている。これもまた、東南アジア発祥のクリスナイフだ。
子桃園が、抜いたクリスナイフで男の斬撃を受け止める。二度、三度と刃同士がぶつかり、鈍い金属音が鳴る。
四度目の男の攻撃を子桃園は簡単にいなすと、空いた左手で、男の右手を掴んだ。そのまま男の膝を踏み抜いて折り、反撃しようとした男の左手をクリスナイフで斬る。
「運が悪かったネ」
最後に、子桃園はクリスナイフの刃を男の首筋に当てる。
「アタシにナイフで挑むには、十年ばかし早かったヨ」
言いながら、押し当てた刃を手前に引いた。炎の如くうねった刃が、鋸のように傷口を連続で刻んで広げた。首から大量の血飛沫が噴き出す。
一方で、駿河申は敵の中心に飛び込むと、まず起き上がりかけていた男の顎に膝蹴りを叩き込んだ。
さらに息のあった敵二人程にライフル弾を撃ち込んで黙らせる。
駿河の左側から、男が飛びかかった。手には武器はなく、駿河を組み伏せるつもりのようだ。
駿河は焦らず、カービンのフォアグリップを握っていた左手を放さないまま左肘を男の鳩尾に突き出す。この一撃で男の息が一瞬止まった。反撃に怯んだ男の頭を、左肘で殴り倒す。そして、マイクロ・ダボールを撃ち込んで止めを刺した。
ここで、ダボールの弾が尽きる。
階段を下りてきた男が、AKライフルを向けてきた。
駿河は咄嗟に弾切れの銃を投げつけた。相手のライフルに命中し、明後日の方向へ銃撃させる。男が銃口を向け直す前に、駿河は階段を上り、途中で跳躍。跳び膝蹴りを男へお見舞いする。
蹴りの衝撃で、男が仰向けに倒れた。後頭部を強打した男の顔面に、追い打ちで右肘を振り下ろす。
さらに上から増援が現れた。敵の銃撃を、駿河は階下に転がって回避した。
駿河はサイドアームの拳銃を抜いた。SIG P320――ベレッタM92の後継として米陸軍にも採用され始めた、ポリマーフレームの比較的新しい拳銃。
AKライフルの弾が切れたか、敵はライフルを捨て、拳銃を抜いて駿河を追ってきた。
駿河は、相手の照準がこちらに定まる前に一気に接近した。左肘で敵の拳銃を叩き落とし、右手の拳銃のグリップで男の鼻面を殴る。最後に拳銃を握った右手に左手を添えながら、左肘打ちで男の胸を突く。
男が後ずさって距離が開いたところで男の顔に銃を突きつけ、トリガーを絞った。
「野郎!」
一人撃ち殺したところで、ナイフを抜いた男が階段から飛びかかってきた。一太刀目をバックステップで回避し、横薙ぎの二太刀目を頭を下げて避ける。
三撃目が上段から迫るが、左手を拳銃に添えたまま、左肘を上に打ち抜いた。男のナイフを握った手の手首に堅い肘が当たり、間接から鈍い音がする。
手首の間接を破壊された男の手からナイフが離れた。
男が悲鳴を上げる前に、駿河は左膝を男の股間に叩き込む。金的に苦しむ男の頬を左肘打ちで殴り倒し、P320を頭に目掛け二発発砲。止めを刺した。
入り口の方の銃撃戦は決着を見せていた。
登崎が敵を翻弄している間に清水と救出された力石、通津の三人が合流し、残りの敵を掃討した。
「これで全部でしょうか?」
「そう祈りたいところですよ」
通津と清水が言い合うところに、
「おいおい、勘弁してくれよ。俺はまだまだ暴れ足りないぜ」
と、登崎が割り込む。
「トッさん、止めてくれ。これ以上はさすがに御免被りたい」
力石がやんわりと登崎に苦言を呈した。普段は寡黙な力石も、今回ばかりは肩で息をして疲れを表している。
「わりぃわりぃ」
「さて、中はどうなりましたかね?」
「終わったわよぉ。奇跡的に全員無事だった」
そこへ、駿河の声。
「お疲れさまです」
清水が労いの声を掛けた。
だが、駿河の顔は渋いままだ。
「うむ、と言いたいところだけど、勝連さん達のチームも敵に囲まれてるらしくってねぇ。ジョージさんやダイゴ君が行ってくれたけど、念のため私も応援に行くわ。まだ戦える人はついてきて頂戴な!」