第53話
防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの司令官である巌峰高は、側近の守家剛と秘書の結城まどかの二人を従え、本部廊下を歩いていく。やがて、目的の会議室に到着した。
会議室には、MDSIの幹部達が集まっていた。
「お疲れ様です」
入った巌に即座に反応したのは、勝連武。軍人然とした壮年の男で、現場指揮官として巌に代わって前線に立つ。実質この組織のNo.2である。
そして、その隣には太刀掛仁が座っていた。MDSIの中では最年長で、MDSI発足前から巌と付き合いのある人物。その経験に裏打ちされた実力は隊の誰からも認められていた。幹部でこそないものの、こういった集まりの際には意見番として同席してもらっている。
「北陸、東北支部……は前日の処理がまだ終わっていないから、今回はこれで全員かしら」
と、邑楽雅が会話に加わる。彼女は勝連や太刀掛とともにMDSI発足時から所属している人物で、勝連が実行部隊をまとめるのに対し、彼女は諜報部隊を束ねる。巌の記憶違いでなければ勝連と年齢はほぼ変わらないはずだが、微塵にも感じさせない瑞々しく白い肌と華麗を通り越して妖艶な美貌を持つ。
「この集まり、ただの人事発表、とかではなさそうね」
野太い声で女口調を放ったのは、駿河申。接近格闘を専門としている。東海支部長の顔を持つが、ここしばらくは本部への援軍として出向していた。
「この前の新入りの歓迎会での大暴れが原因だったりして」
お茶らかしたのは、中国・四国支部のエース、登崎岳だ。
「飲み会を邪魔したヤクザの大半を半殺しにしたと聞きましたよ」
「あら、ひょっとして非難しているの?」
「いいえ。ただ、その場で見られなかったのが残念ですよ」
「……なら、貴方を同じ目に遭わせてもいいのよ?」
「そりゃあ、お断りですよ」
「二人とも、落ち着け。司令官の前だ」
二人の会話を、サングラスを掛けた男が遮った。関西支部長、吉弘丈二だ。彼の顔の左側には、サングラスでは隠し切れない程大きな傷跡が走っている。
濃い色のレンズ越しの視線に射られ、駿河と登崎は黙った。その様子を確認し、吉弘は巌に向き合う。
「毎回のことながら、色眼鏡のまま失礼します。義眼はしていますが、正直見ても見られても気持ちのいいものではありません」
「分かっている。その心配り感謝する、ジョージ」
巌が吉弘に応じる。
「トコロデ、アノ二人は?」
やや片言は混じりの言葉を発したのは、九州支部長、幟大呉だ。純粋な日本人ではなく、日本に帰化した後にMDSIにスカウトされた。身長二m近くの大男だ。
そんな大呉に睨まれ、肩を竦めているのは、雲早柊と英賀敦の二人だ。
「二人とも東北支部のエースじゃないですか。今回来られなかった支部長の代理ですか?」
中国・四国支部のもう一人のエースである皐里緒が疑問を吐露する。
「それについては、勝連、説明を」
「はい」
巌の言葉を聞き、この場の人間の注目が勝連に集まる。
「まず、雲早と英賀の両名については、今年度から幹部に昇格させる」
何人か「おぉ」と声を漏らす。
「雲早は、この度新設する北海道支部の支部長に任命する。
そして、英賀は、関東本部の副指揮官へ任命するものとする」
「質問、よろしいでしょうか?」
登崎が手を挙げた。
「許可する」
「シュウ……おっと、雲早が北海道支部長就任、はまだ分かりますが、副指揮官という役職が新たに出来た理由についてお聞きしたく」
「それはこれから説明する」
「あ、それは失礼しました……」
登崎が体を縮める。その様子を見て思わず里緒や駿河が吹き出す。
「せっかちダナ」
「幟、それ以上苛めてやるな。当然の疑問だ」
吉弘が大呉を諫め、視線で勝連に続きを求めた。
「ふむ。ヨーロッパ系テロリスト、ナインテラー……そして、関東指定暴力団、霧生組。これらへの対処が、今回の最大の議題だ」
ナインテラー。霧生組。この二つの名が出たと同時に、この部屋の空気が変わった。先程まで冗談を言ったりしていた幹部やエース達の顔から笑みが消え、目つきが鋭くなる。
「諸君等も知っての通り、先日、ナインテラーと霧生組の武器取引から始まった騒動で、ナインテラーの幹部を捕縛、奴らと組んで奪還に乗り出した霧生組の下部組織、金牛会を始末した。幹部を捕らわれ、また殺されて黙りを決め込むテロリストや暴力団組織が、存在するはずがない」
「今は静かだが、反撃を開始するのにそう時間を要しないだろう」
勝連の言葉を継ぎ、太刀掛が口を開く。
「おまけに、今回起きた、密輸船オケアノス号……その手助けをしていた査察官の口封じ……これにナインテラーと中国福建マフィア黄鱗会が関わっている。これについては、諜報部の方が我々より有益な情報を調べてきているかな?」
太刀掛に振られ、諜報部の邑楽が説明に入った。
「まず、オケアノス号についてですが、これは表向きトルコ船籍の貨物船として運用されてましたが、所有している会社は、黄鱗会がトルコに設置したダミー企業であることが判明しています」
「つまり、麻薬密輸は黄鱗会主導、ということか」
「はい。奴らは査察官に少なくない額の賄賂を握らせ、大規模な密輸をこれまで行ってきた模様です。そして、この査察官の口封じ……これにナインテラーが関与してきました。このことから、黄鱗会とナインテラーが手を結んでいる可能性が高いです」
「高い、というより確定なんじゃないの、それ」
「……麻薬ニヨル資金稼ギガ目的カ」
「……黄鱗会についてだが、不穏な噂を耳にしている」
吉弘に注目が集まる。
「皆知っての通り、黄鱗会は福建マフィア……だったのだが、どうも中国以外の連中とも手を組み始めているようだ」
「……まぁ、ナインテラーがすでに挙がってはいますけど」
「それだけじゃない。台湾、香港、ロシア、朝鮮、東南アジア……この辺りの黒社会の連中がこぞって手を組み出しているらしい」
「犯罪組織のクローバル化ってことですか」
苦い顔で呻く。
「そこまでいけば多国籍軍に近いかもな」
グローバル化という言葉が日本国内でも言われて久しいが、そこに対応するのは政府や大企業だけではない。犯罪も、海や国を跨ぎ、巧妙化していくのだ。
「……そして、日本のヤクザ――霧生組がそこに加わるんですか?」
「奴らは血に飢えた武闘派中の武闘派。そこに巨大な一大犯罪組織のネットワークが後ろ盾になるんだ――あまり想像したくはないが、やばいことになるのは間違いない」
「それを足掛かりに、ナインテラーの日本進出が始まるわけですからね」
「まぁ、どちらにしろ」
幹部達の話を遮った太刀掛に再度注目が集まる。
「奴らが国内にテロを持ち込んでくる。なら、対テロ組織である我々が歩む道は、すでに決まっている……違うか?」
「タチさんの言う通りだ!」
真っ先に反応を示したのは、登崎だ。
「どうせいつか戦う連中だ。覚悟決めるのが早まっただけだ!」
「その意見には賛成。いっそ、纏めて来てもらうなら、ちまちま一つずつ潰すより手が掛からないのでは?」
里緒が登崎の意見に対し賛同する。
「うーん、若い子に先越されたのは癪だけど」
と、駿河。
「奴らが犯罪者の武闘派なら、こっちは対テロ部隊の武闘派よぉ。臆する必要はないわぁ」
そう言い、薄く笑う。
「戦、カ。望ムトコロダ」
大呉が指の関節を鳴らす。
「……本当に、血の気の多い連中ばかりだ」
吉弘が溜め息を吐く。
「不服か、ジョージ」
巌が尋ねると、
「いえ。戦うことに反対はしません。ですが、司令の命に逆らうつもりもありません」
「そうか」
巌は吉弘の言葉に頷く。
この段階で、すでに雲早や英賀の昇格についての疑問も全員の脳裏から吹き飛んでいた。この巨大な敵に対処するための備えの一つということを、戦意を高めるとともに無意識のうちに理解したのだ。
「さて、私の意見を述べよう。私は奴らの――ナインテラーの日本進出を認める気もないし、霧生組の反撃を黙って見過ごすつもりもない。犯罪組織が、テロ組織が連合を組もうがネットワークを築こうが……私は考えを曲げるつもりは毛頭ない」
巌の口調はあくまでも落ち着いていた。しかし、その言葉の中には、テロリスト達に対する隠し切れないほどの敵意が見え隠れしている。
「テロリストは排除する。それが、この組織――MDSIの存在意義であり、我々が戦う理由だ」