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冥府の剣  作者: 梅院 暁
第5章 決意の刃
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第30話

「動くな! この女がどうなってもいいのか!」

 宍戸(ししど)がルナの首筋に刃を当てる。

 明智はその場で止まり、銃口を下げた。

「よし、銃を捨てろ」

 明智はマテバを手放す。

「真!」

 ルナが悲痛な声を上げる。

「どの道、その銃は弾切れだ。回転式だから、撃った回数をちゃんと数えればすぐわかるだろう」

 言外に、「弾のない銃を恐れるとは」とニュアンスを含め、冷めた眼で眺める。

 明智の淡々とした言い方に、宍戸の表情が恥辱に歪む。

「さて、捨てたんだ。人質を放してもらおう」

「だったらその脇差も捨てろ!」

 宍戸が叫んだ。その声音から激情的になっていることが察せられる。

「フッ」

「何がおかしい!」

 明智の失笑に、宍戸が声を荒げる。

「そのナマクラは女と丸腰の相手しか斬れないと見た」

「なんだと!」

「それとも……恐いのか? そういえば、さっきも銃弾が飛んできて慌てて人質を取っていた」

 明智の言葉がよほど癇に障ったらしい。宍戸はルナから刀を離し、明智へ切っ先を向けた。

 もう一押しだ、と明智は思う。

「来いよ宍戸。そのナマクラで、叩き斬ってみろ!」

「言われなくてもやってやらぁぁぁぁぁ!」

 完全に頭に血が上った宍戸は、簡単に明智の挑発に乗る。人質を取っているという有利な状況にも関わらず、ルナを開放してしまった。構え直した日本刀を手に突進してくる。

 明智は脇差を片手に迎え撃った。

 背後に跳び、宍戸の初撃を寸前で回避する。着地と同時に宍戸へ踏み込んだ。一気に肉迫し、斬りつける。

 宍戸は少し後退しただけでその斬撃を避けた。

 明智は振った刀を宍戸の首へ突き出す。

 だが、相手は首を少し傾けただけで、突きを完全に回避した。それどころか、明智の腹に蹴りを放ち、明智の間合いから離れる。

 今度は、宍戸の刀が明智の首目掛け振るわれた。素早く脇差で防御する。脇差に激しい衝撃が加わり、保持している手が一瞬痺れた。宍戸の刀が軌道を変えたが、受け止められない。

 明智は再び背後へ退くが、完全に避けることは出来なかった。右肩の皮膚が服ごと斬り裂かれる。

「どうした? でかいこと言ってその程度か!」

 宍戸が攻勢に出る。

 幸い二太刀目の傷は大したことなかった。皮膚が浅く斬られただけで、筋肉や血管に深刻なダメージは受けていない。

 明智は相手の攻撃を捌き、時に反撃に移った。しかし、決定打を与えられず、次第に防戦一方になっていく。

 ――完全に脇差の間合いを把握しているな。

 押されながらも、明智の頭の中では状況を分析し、勝算を弾き出そうとしている。

 明智にとって不利な要素が二つあった。

 一つは得物の違い。

 明智の使う脇差は、本来なら主武器が使えないときの補助だ。一方で宍戸が使うのは、戦国時代から江戸時代末期まで武士の主武器となった打刀である。圧倒的に、打刀の方がリーチは長い。脇差の間合いに持っていくだけで苦戦を強いられる。

 そして、もう一つは――

「スポーツの癖が抜けてないぜ、坊や!」

 何度目かの明智の斬撃を弾き、宍戸が吠えた。

 そして、宍戸の斬撃が一段と鋭さを増した。明智はギリギリの位置で捌くが、最早反撃に転じることすら出来ない。

 明智は剣道の段位所持者ではある。しかし、実際の真剣勝負の経験など、皆無に等しい。

 その点、相手は日本刀のみで敵対勢力に斬り込んでいく猛者だ。刀の扱いは、完全に宍戸の方が上だった。

 それでも、明智は粘り強く立ち回り、致命傷を避ける。

 ここで、宍戸が大上段に刀を振りかぶった。明智の必死の抵抗の前に焦れたようだ。この一撃で決めるつもりらしい。

 明智が相手の懐に飛び込むチャンスではある。

 しかし、明智の消耗はあまりにも激しい。相手の実力は嫌というほど見せつけられたのだ。間合いに飛び込む途中で斬り捨てられる可能性の方が遥かに高い。

 宍戸が踏込と同時に刀を振り下ろした。

 明智は避け切れないと判断し、左手を脇差の峰に添え、正面から受け止める。

 刃同士がぶつかり、激しい火花を散らした。

 宍戸が自身の刀を引き戻そうとする。二撃目には対応できないと高を括ったのだろう。

 その刹那の油断が、判断を狂わせ、隙を生んだ。

 明智は峰を支えていた左手を、相手の刀に伸ばす。宍戸の刀が離れる前にその切っ先を掴んだ。

 宍戸の目が驚きに見開き、反応が鈍る。

 明智は右手の脇差を一閃した。

 得物が使えない宍戸は慌てて後退するも、一瞬早く白刃が首に達した。頸動脈を斬り裂き、噴出した鮮血が明智の顔へ降り注ぐ。

 宍戸は日本刀を手放し、懐から合口(ドス)を抜いた。血走った目で明智を睨み付けながら、合口を振りかぶる。

 一方で明智は左手の刀を放し、右手の脇差を振りかぶった。左手も柄を握り、宍戸の頭上へ振り下ろす。

 合口が明智の胸に突き立つのと宍戸の眉間が両断されるのはほぼ同時だった。

 宍戸の体が崩れた。力尽きた宍戸の身体が痙攣を起こす。

 ことり、と宍戸の身体が完全に動かなくなった。

 辺りに死のにおいが漂う。

 宍戸が果てたのを確認し、明智は荒く息を吐いた。

 合口は、明智の着る防弾ベストを貫いたが、あと一歩で切っ先が胸板に達するという位置で止まっていた。明智の反応があと少し遅れていたら、勝者は異なっていただろう。

 直後、明智の傍で銃弾が跳ねる。思わず飛び退くと、今いた場所に弾痕が次々と刻まれた。

 ――敵の増援か!

 敵は複数、明智の武器は手に持つ刀のみ。

 先頭の男が、明智を照準に捉えた。

 回避が間に合わない、と思った矢先、銃声と共に男は撃たれる。

 銃声の方向を見れば、怪我をしているはずのルナが、片手で短機関銃を構えていた。さらに数発、増援に向け発砲する。

 しかし、彼女はすでに限界を迎えていたようだ。身体が傾ぎ、銃を落す。

 敵はまだ残っていた。

 咄嗟に明智はルナに覆いかぶさった。

「馬鹿、逃げなさい!」

 ルナが怒声を浴びせるが、明智は動かない。

 明智の背後で激しい銃声が鳴り渡った。

 明智の身体が強張る。

 たとえ苦痛に苛まれたとしても、せめて彼女の弾除けになるつもりだった。

 だが、その苦痛は、いつまで経っても訪れない。

 やがて、銃声が止んだ。

 恐る恐る振り返ると、霧生組のヤクザ達が逆に体中を穴だらけにして息絶えていた。

「ルナ! マコト! 無事?」

 上空から呼びかける声。

 いつの間にかヘリが一機近付いてきていた。ロープが垂らされ、声の主が降下してくる。

 ルナがその人物を見て息を飲んだ。

「く、クッス? あんた、重傷じゃ……」

 MP7短機関銃を手に颯爽と降り立ったのは、先の任務の傷で離脱したはずの杏橋(きょうはし)(くすの)だった。

「親友がピンチって聞いて、のんびり寝てられますかっての!」

「でも、ほどほどに。あんまり無茶が過ぎると傷が開くわ」

 一緒に降下してきた姫由(ひめよし)久代(ひさよ)がやんわりと注意する。

「分かってるわ、ヒサ。

 あと、マコトもルナのことありがとうね。貴方、結構格好いいところあるじゃない」

 思わぬ賞賛に、マコトの顔が自然と赤くなる。

「で、皆まだ戦っているのに、油売ってる場合?」

 ルナが怒鳴る。彼女の顔も、何故か赤くなっていた。

「ルナもそれくらい怒れれば、傷は大したことなさそうね」

 久代が微笑み、楠とともに辺りの敵の殲滅に向かう。

「まったく……」

 二人を見送ったルナが、苦痛に顔を顰める。

「そうだ、傷の手当てを……」

 明智はまだ持ったままだった脇差を鞘に納めた。

 しかし、そこで動きが止まってしまう。

「どうしたの?」

 不審に思ったルナが尋ねる。

「いや……」

 明智は柄から右手を離そうとした。

 だが、右手が言うことを聞かない。強張った手が、まるで刀の一部となってしまったかのようだ。

 ルナの方も、明智に起きた異常に気付いたらしい。

 そして、何を思ったか、傷口を押さえていた手を離し、両手で明智の右手を包み込みこんだ。

 突然のことに、明智は驚く。

「何よ、随分震えているじゃない」

 彼女の両手は、傷口に触れていたからか、やけに温かく感じられた。その熱が、固まった指を解きほぐす。

「さっきまで、別人みたいだったのに」

「……無我夢中でしたから」

「クスッ」

 しどろもどろになる明智を見て、ルナが笑みをこぼした――ようにマコトには見えた。

「でも、クッスやヒサが来てくれて、命拾いしたわね。私は逃げろと言ったわ」

「……そんなこと出来るわけない」

 思わず、明智口調が強くなる。

「目の前で女が死ぬのは……もう見たくない」

「そ、そう……」

 明智の剣幕に、ルナが息を飲む。

 ここで、手を握ったままであることに気付いたルナが慌てて手を引っ込める。が、またもや痛みに顔が引きつった。

「怪我しているのに、動くから……じっとしていてください、綾目(あやめ)さん」

「……ルナ」

「え?」

「ルナでいいわよ。あとその丁寧な物言いもなし……その、なんと言うか……仲間、だし……」

「分かった。まずは、手当てをさせてもらう。いいね、ルナ?」

「えぇ」

 ここで、ルナは一拍置くと、そっぽを向きながら、

「……ありがとう、マコト」

 と、ほとんど呟きにしか聞こえない程の小声で言う。

「え? 何て?」

「う、うるさい! 手当てするならさっさとしなさい!」

 明智がルナに応急処置を施した時には、銃声も最初に比べ、かなり少なくなっていた。

 戦いの終わりも近い。

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