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冥府の剣  作者: 梅院 暁
第5章 決意の刃
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第27話

 ネタバレ:壊れます

 MDSIの指揮車からもその様子は見えていた。

 助手席の勝連(かつら)はヘリを視界に留め、無線で(いわお)に連絡を取る。

『どうした?』

「橋上空にヘリを視認……」

 妙だ、と勝連は思った。少なくともこの辺りで事件の報道はない。

「各車に通達! 所属不明のヘリが出現、警戒せよ!」

 他の隊員達に注意を喚起する。

 だが、次の瞬間ヘリからロケット砲が放たれた。先頭車両に命中し、ボンネットが凹み、フロントガラスが砕け散る。

 あれでは中の隊員達は即死だ。

 護衛団の車両が全台停車した。

 そこへ、橋を塞ぐように冷凍トラックが停車した。荷台の中から、冷凍された食品の代わりに武装した男達が飛び出す。国際テロリスト集団ナインテラーの構成員と霧生(きりゅう)組のヤクザだ。彼らは装備しているライフルやマシンガンでSATに向け銃撃を加え始める。

 車から慌てて降りたSAT隊員達が、次々と撃ち貫かれた。

「どうします?」

「トレスを渡すわけにはいかん、突っ込め!」

 運転していた梓馬(あずま)つかさの問いに対し、勝連は命じる。

「どうなっても知りませんよ!」

 梓馬は文句を言いつつ、一気に車を加速させる。そのまま護送団と襲撃部隊の間に割って入ろうとする。

 だが、ヘリからRPGを撃った男が、今度はFN MAG汎用マシンガンの銃口を勝連達の乗る車へ向けた。

 勝連による「回避!」の声と同時に、梓馬がハンドルを切る。7.62mm弾の連射を避けようとするが、完全に回避することは出来ず、助手席側のサイドミラーが吹っ飛び、タイヤがバーストした。

 勝連はショルダーホルスターから、愛用の拳銃を抜く。

 スプリングフィールドM1991A1――その名の通り、米軍の正式採用拳銃だったコルトM1911通称ガバメントのスプリングフィールド社製クローンだ。元々ガバメントのコピーを扱っていた会社が作った銃だけに、ガバメント愛好家の勝連の手によく馴染む一品だ。

 窓を開ける時間も惜しみ、ガラスごと外の敵に向け発砲する。.45ACP弾が窓ガラスを粉々にし、ナインテラーの構成員達に命中した。

 だが、胸や腹に命中しても、特に怯んだ様子無く銃を向けてくる。

「くそ、防弾か!」

 どうやら、防弾ベストを身に着けていたらしい。頭より的が大きい胴体を狙ったのが仇となった形だ。

 ナインテラーの構成員が、イスラエル製ガリルアサルトライフルを撃ち始めた。

 勝連達の乗っていた車にはしっかり防弾処理が施されている。ガリルに使われている5.56mmNATO弾が貫通しない程度には頑丈だ。

 今度は運転席にいた梓馬が反撃に出た。梓馬が立て続けに拳銃を発砲し、その弾丸は勝連の時と異なり男達の防弾ベストを貫通する。

 梓馬の使う拳銃はFN社製Five‐seveN。彼女が普段使用しているFN P90サブマシンガンと弾丸を共有できるように開発された特殊拳銃だ。P90に使われる5.7mm弾はまるでライフル弾を小型化したような形状で、貫通力が高い。相手の防弾ベストは、ガバメントの45口径弾に耐えることは出来ても5.7mm特殊弾には耐えられなかったようだ。

 梓馬は二十発という拳銃としては豊富な装弾数に物を言わせ、次々と弾丸を浴びせた。

 勝連も今度は頭を狙い、ナインテラー構成員の頭数を減らしていく。

 再び敵のヘリが接近し、マシンガンでこちらを狙ってきた。勝連と梓馬は拳銃を連射するが、拳銃弾程度でヘリに大したダメージを与えられるはずがない。急いで防弾仕様の車を遮蔽物にする。

『勝連さん、大丈夫ですか!』

 太刀掛(たちかけ)から通信が入った。話声に混じり、銃弾が通信機越しに響く。

「大丈夫だ。

 各員、応戦せよ。応援はすぐ来る。トレスを渡すな!」



 明智(あけち)(まこと)龍村(たつむら)レイ=主水(もんど)は、敵の乗ってきたトラックに行く手を阻まれ、先に進めなくなっていた。二人は車から降り、霧生組のヤクザに応戦する。

 明智はマテバ6ウニカ回転式拳銃、レイモンドはイタリアのベレッタ社製拳銃M92Fを装備。二人は撃ちまくるものの、M16ライフルやUZIサブマシンガンを装備した相手とは、すでに手数で負けている。特に明智はリボルバーのため、すぐに弾切れになった。

 明智がリロードを終えた時、二人が遮蔽物にしている車に、手榴弾が投げ込まれた。

 二人は急いで車から離れるが、爆発の余波で身体が揺さぶられる。明智は吹っ飛ばされそうになりながら、近くの乗用車の陰に飛び込んだ。そこへ、金牛(きんぎゅう)会の構成員達が銃撃を加えてくる。レイモンドの安否を確認する暇さえ与えられない。

 明智はドアが開きっ放しの車内へ入った。どうやら巻き込まれた民間人が捨てていった車らしい。敵は容赦なく銃を撃ち、フロントガラスが割れ、破片が明智に掛かる。エンジンの部分で弾が防がれているが、蜂の巣になるのは時間の問題だろう。

 ――どうしてこんなことに……

 真智(まち)(あきら)として処刑され、明智(あけち)(まこと)と名を変えた。それからの出来事は非日常的で、理解の範疇を超えていたものばかりだ。互いに武器を持ち、殺し合う……映画や漫画の中でしかないと思っていた世界の中に放り込まれてしまった気分だ。

 いや、ニュースを見れば、それがフィクションだけのものでないことは分かる。一歩日本を出れば、世界のどこかで戦いは起きている。当事者じゃない自分は知らなかっただけだ。

 あのまま、真智明として死んでいれば、こんな世界を知らず済んだ……そうなら、どんだけ幸せであっただろうか。

 ――幸せ?

 そこまで考えたところで、明智の思考がスッと冷めた。

 そして、一人の女性が脳裏に浮かんだ。自分が不幸にしてしまった女性だ。その女性は、自分の恋人の仇が死んだものと信じ、前向きに生きようとしている。

 ――そうか、これは俺への罰だ。

 自分に幸せなど、求める権利はない。穏やかな生き方、安らかな死は元より、地獄すら自分には生温い。

 まだ、相手の銃撃は続いていた。奴らは他人を虫けらのように殺す。そこに、ためらいなど無いのだろう。なら良心や罪悪感を持つこともない。持っていたら、こんなことを笑って出来やしない。

 警察官であった頃、霧生組の悪事を知って、自分は許せないと思った――いや、思っただけだった。なんとも漠然とした正義感と被害者への同情だけが自分の中にあった。

 明智は一度拳銃をホルスターに戻し、上着に隠し持っていた脇差を抜いた。喜三枝美妃(きみえみき)から授かった、かつて村正と名付けられた無銘の刀。

 村正が無差別殺人に使われた妖刀というのは、あくまでも創作物の中だけの話だ。

 だが、この鈍い光を(たた)えた刃を見ていると、この刀が本当に血を欲しているような錯覚に陥る。

 ――待っていろ。地獄に堕ち損ねた俺が、お前達を誘ってやる。

 明智の心は、先程までの動揺が嘘のように静まっていた。

 明智が乗っている車はエンジンが掛かったままで、まだ辛うじて動きそうだ。迷わずギヤを「D」にし、アクセルを思いっきり踏む。

 急発進した車に慌てたのは、ヤクザ達の方だ。一気に加速した車の進行方向から飛び退く。

 明智が車から飛び降り、運転手を失った車が霧生組のトラックに激突した。

 明智はヤクザの一人に飛びかかる。相手が銃口を向ける前に、脇差で鳩尾を貫いた。肉を突き刺す感触が、手に伝わる。他のヤクザどもが態勢を立て直す前に、そのヤクザが持っていた手榴弾を奪った。ピンを抜き、先程ぶつけた車へ投げた。車からはぶつかった衝撃でガソリンが漏れている。

 手榴弾が爆発し、車のガソリンに引火。車も爆発し、さらにトラックに誘爆した。大半の敵が爆風に吹き飛ばされる。

 明智は刀を刺した男を抱え、突っ込んだ。爆心地から離れた場所に、七人程密集している。男達は一斉に撃ってきたが、明智の抱える男が弾除けになった。ある程度接近したところで血塗れになった刃を抜き、男を突き飛ばす。

 相手が怯んだところに、男の脚へ刀を振るった。左脚を斬られた男が片膝を着く。

 別のヤクザがUZIを連射するが、明智は地に身体を投げ出してやり過ごした。結果、脚を斬られた男だけが撃たれる。同士討ちを演じてしまったヤクザが、動きを鈍らせる。

 明智は起き上がると、低姿勢で駆けた。驚きで動きが遅いヤクザの左太腿から胸まで斬り上げる。さらに身体を捻りながらの返す太刀で、別の男の眉間を割った。

 そして、左手でマテバを抜き、引き金を絞る。立て続けにマテバが吠え、至近距離から二発ずつ計四発を二人のヤクザの胸へ叩き込んだ。

 これで五人。

 残りの二人に視線を巡らすと、すでに及び腰になっている。

 一人がマシンガンを撃とうとするが、その前に明智は詰め寄り、刀を一閃させた。左腕を斬り飛ばし、二太刀目でグリップを握った右手も斬り落とす。両手を失った男が悲鳴を上げる前にマテバを突きつけ、トリガーを引き絞った。

「うわあぁぁぁぁぁ!」

 最後の一人が耐えられなくなって逃げ出した。

 明智はその男の脚へ、残りの一発を撃ち込む。狙いからほぼずれることなく、男の膝を撃ち貫き、転倒させた。

 正直なところ、ここまで正確に当てられるとは思っていなかった。今、明智の頭は不思議と冴えわたっており、普段のように射撃時に無駄な力も掛からない。射撃にコンプレックスを感じていたのが嘘のようだ。

 明智は男に近付く。男は「ひぃっ」と怯え、脚を引きずってでも離れようとする。その背に明智が蹴りを放ち、再び男が道路に転がった。

「ま、待ってくれ! 殺さないでくれ!」

「……遺言はそれだけか?」

「い、命だけは……」

 見苦しい、と明智は思う。先程まで、醜悪な笑顔を浮かべながら銃を乱射していたではないか。

「そうやって命乞いする相手を、お前は見逃してやったか?」

「ひっ、た、助け――」

 次の瞬間、明智の右手に握られた脇差が、恐怖に醜く歪んだ男の顔を斬り裂いた。

 血振りをした刀を一度鞘に納め、左手から右手に持ち替えたマテバのシリンダーをオープン。空薬莢を排出し、ゴム製クリップに一纏めにした予備弾六発を滑り込ませる。

 まだまだ銃声も怒号も止んでいない。これは戦闘が未だ続いていることを意味する。

 弾を込め直したマテバを手にし、明智は新たな敵へ向け駆けだした。

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