第23話
あけましておめでとうございます。
今年も『冥府の剣』をどうかよろしくお願いいたします。
「テロリストの幹部を捕えたそうだな?」
東京都千代田区霞が関にある警察庁の一室における、警視総監からの第一声がこれである。
「さて、それは……」
「そうなのだろ、巌君」
「念のために言っておくが、広域指定暴力団霧生組組長霧生利彰の別邸が襲撃を受けたという情報が入っている」
MDSI司令官、巌峰高の弁明を、千葉県警本部長が遮る。
「まさか我々の仕業とでも?」
「ハハハ、そこまでは言わないよ。前回のときに釘を刺したばかりだしな」
あくまでもにこやかに話を進めてくる。
「で、実際はどうなのかね? その……ナインテラーだったかな、幹部を捕えたというのは?」
巌は溜息を吐き、
「確かに捕えましたが、それが何か?」
「いや、我々警察の役割は国民の安全な生活を守ることだ」
「知っていますが?」
相手の意図が分からず、巌は困惑する。
「治安維持のためにも、テロ組織ナインテラーの全容を知らねばなるまい……そうではないか?」
「知らないと、唯一対処できる我々が勝手に倉庫を爆破したりするからですか?」
「いやいや、これは我々の使命だよ。だからこそ、その幹部に尋問しなければな」
どの口が言うか、と思いつつ、
「その内容が欲しいのなら、防衛省を通してくれれば差し上げますが?」
「ほぅ、順調、ということかな?」
随分と痛いところをネチネチと指摘してくる。
「残念ながら、難航しています。ゆえに差し上げられる調書がありません」
「まだ聞き出せていないのか?」
それには言外に「遅いのではないか」というニュアンスが含まれているように感じる。
「えぇ、ですが必ず……」
「いや、君達にそれ以上の労力を使わせるわけにもいかないだろう。我々が聞き出す。公安の者を向かわせよう。移送の準備を頼もうか」
「お待ちください。トレスの身柄を差し出せと言われるので?」
「直接聞き出した方が早いだろう?」
これが今日の本題か、と巌は思いつつ、
「お言葉ですが、トレスを捕える際にこちらにも被害が出ています。我々にも面子があるのです」
すると、警視総監は勝ち誇った笑みを浮かべ、
「巌君、すでに防衛省からの許可は得ているのだよ」
「その通り。早急な対応をお願いしたいものだねぇ」
「くだらん面子など、邪魔なだけだ。捨ててしまいたまえ」
周りの幹部たちが口々に巌を糾弾する。
――くだらん面子に囚われているのは、貴様らの方だろうが。
彼らは、結局警察の威信のために、トレスの身柄を要求しているのだ。
本音を言えば、トレスを渡したところで、彼らが聞き出せる可能性は低い。
だが、防衛省上層部の許可がある以上、渡さねばならない。もし拒めば警察側からのMDSIへの協力を望めなくなるだろう。
都内にある巨大な屋敷。
襖を開けることで数部屋分広く取った空間に、男達が顔を揃えていた。
男達は、上座に座る一人の男を注視している。
霧生利彰。
関東広域指定暴力団、霧生組の組長――ここに揃ったヤクザ達の長であり、霧生組を広域指定暴力団まで押し上げた張本人だ。
配下が崇拝にも似た目を向けている中、一人頭を下げ沈思している男がいた。
霧生組若頭補佐、牛頭隆輔である。レスラー上がりの、強靭な筋肉に覆われた巨体が、プレッシャーに潰され、今は小さく見える。
「牛頭」
利彰がその名を呼んだ。冷淡な声だった。
「組長……」
逆に、牛頭の声は震えている。
「今回の失敗、目に余る」
その一言で、牛頭は自分の運命が決まったことを悟った。
利彰が立ち上がり、左手で拳銃を抜く。
ワルサーP38――第二次大戦時にドイツで開発された自動拳銃。表面仕上げの色合いからアメリカ軍からは『灰色の幽霊』の別称で恐れられるとともに羨望の的とされていた。
利彰がスライドを引き、初弾が装填された。牛頭の額に、銃口が当てられる。
「お待ちいただけませんか?」
引き金が引かれる前に、声が上がる。
声の主は、この場の雰囲気に合わぬ、アングロサクソン系のヨーロッパ人だった。
「ナインテラー……これは俺の組の問題だ。協力関係があるとはいえ、余所者が口を挿むな」
「それは分かっていますとも。ただ、簡単に始末してしまうのも惜しい話と考えましたのでね」
ナインテラーの九人の幹部の一人、No.5サンクは退かず、むしろ不敵な笑みを浮かべる。
「どうでしょう。彼の処分、我々に任せていただけませんか?」
「どうしようというのだ」
「先程、同士トレスが警察庁に護送されるという情報を手にしました」
「……ほぉ」
利彰はP38に安全装置を掛けると、銃を懐に戻した。
「つまりは、兵力が欲しい、ということかな?」
「ご明察の通りで……無論、我々ナインテラーの部隊が先頭に立ちますが、お貸しいただければどれほど心強いことか……」
「正直なのはいいことだな」
利彰は上座に戻り、
「牛頭、最後の機会だ。金牛会の残りの戦力でナインテラーを援護しろ」
と、命じる。
牛頭は低頭したままその命令を聞くしかなかった。それしか、彼が生き延びる道はないのだ。
「……仰せのままに」
こうして、それぞれの思惑が水面下で蠢いていく。
最新話は主人公パワーアップ回を予定していたのに、結局うまくまとまらずにこの内容……そして、4か月かかってこの短さである。
どうしてこうなった! どうしてこうなった!