第22話
暴力団の組長には、舎弟や若衆と呼ばれる者達がいる。暴力団の組織構成は親子や兄弟に例えられ、舎弟は組長の弟、若衆は組長の子供に当たる。そして彼らもまた自分達の組を持っている。
霧生組若頭補佐である牛頭隆輔も霧生利彰の若衆であると同時に、金牛会という自分の組を持つ。当然ながら牛頭にも舎弟や若衆がいた。そして彼らも組を持つ――といった形で暴力団は多くの傘下組織を持つこととなる。
牛頭の若衆の一人が率いる、藤吉組もそういった傘下組織の一つである。
市内から外れた場所に建つ藤吉組の事務所内で、銃声が響き、発砲炎が瞬いた。
綾目留奈はH&K社製MP7短機関銃を藤吉組の組員に向けフルオートで撃ちまくる。この銃専用の4.6mm口径の弾丸がばら撒かれ、組員が次々と餌食になっていく。
その射線を逃れているヤクザの一人が、ルナの死角から拳銃を撃とうとした。
しかし、その引き金が引き切られる前に、別の銃声と共に銃が吹き飛ぶ。さらにもう一発の銃弾が、その男の額を貫いた。
「前に出過ぎだ、ルナ!」
勇海新は警告を送りながら、FNハースタル社製短機関銃、P90を撃った。この特異なシルエットをした銃もまた、独自設計の5.7mm×28弾を使用する。派手に撃ちまくるルナと対照に、勇海はルナの死角を突こうとする敵を的確に撃ち貫いた。
やがて、一方的な展開で二人のいる部屋の敵が全滅した。二人は銃の弾倉を交換し、別の部屋へ向かおうとする。
そのとき、部屋の外に人の気配を感じた。思わずドアに銃口を向ける。
「私よ」
聞き知った声がドア越しに聞こえた。
ドアが開かれると、梓馬つかさが勇海同様P90短機関銃を構えて立っていた。
その姿を見て、勇海とルナは銃の安全装置を掛け、構えを解く。
「銃声がしなくなったから、もう終わったと思ったけど、さすが」
「そう言う貴女も終わったのか?」
ルナが尋ねると、
「まぁね。ただ、組長の姿が確認できなかった。そっちは?」
「こっちもいなかったわ……まさか、逃がしたの?」
ルナの声には、どこか棘が含まれていた。
さすがに梓馬もムッとして、
「まるで私らが逃がしたような言い方だね」
「別に。そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
勇海は二人の会話を聞いて溜息を吐いた。どういうわけか、この二人は互いに口を聞けば喧嘩に発展するのである。大抵は勝連武や姫由久代辺りが止めてくれるのだが、運が悪いことに二人ともここにはいない。
さてどうしようか、とこの場を治める方法を考えていたが、幸いにも助け舟はすぐに現れた。
「皆さん、お待たせしました」
その声に、ルナと梓馬は一旦黙り、この作戦に参加していた四人目のメンバーに目を留める。
「タッくん、ちょうどよかった!」
「何がですか?」
「いや、こっちの話だ」
勇海が少し言葉を濁すと、弦間匠は一瞬キョトンとするが、すぐさま状況の説明に入った。
「はぁ……とりあえず、組長の姿が無かったから、止め刺す前に一人締め上げてきました」
「地味に怖いこと言ってるよこの人……」
「この人は普段の態度と戦闘時の行動が同一人物に思いにくいのよね……」
梓馬とルナが呟く。この弦間匠という男は、普段は温厚で丁寧な話し方で親しみやすい人間なのだが、いざ戦闘になれば銃よりもナイフを多用した戦い方で確実に相手の急所を抉る。
勇海としてはここで時間を無駄にするつもりもないので、手振りで匠に先を促す。
「どうやら、組長の藤吉は側近を何人か連れて出て行ったようですね。ここにいたのは、部下の三下ばかりです」
「牛頭と宍戸に関する情報は?」
ルナが聞くと、
「残念ながら、そいつが知っている情報の中にその二人は……」
「そう」
ルナが歯噛みする。
霧生利彰の別邸を強襲してから、一週間が過ぎようとしていた。
目的の一つであるナインテラー幹部、トレスの捕縛は成功したが、牛頭を含めた霧生組幹部数名に逃げられていた。そこで、霧生組傘下組織、特に金牛会関連に目を着け片っ端から潰していた。この藤吉組でかれこれ三組目である。
この一週間、ルナは宍戸に対し執念を燃やしていた。
それも当然であろう。仲間であり親友でもある杏橋楠が強襲作戦の際に負傷したのだ。幸い命は繋ぎとめたが、失血が酷かったため予断を許さない状況が続いている。その原因を作った男、宍戸は金牛会の若頭だ。
「振り出しか……くそっ」
勇海が呻く。
「ユーミさんも随分と残念そうだね」
その様子に梓馬が気付く。
「やはり、あの新人のことか?」
「あぁ」
新人とは、明智真のことだ。彼も作戦に参加した際に怪我を負った。
「今は仮とはいえが訓練を見てますしね。気持ちは分かります」
「仲間がやられて悔しいのは、私らも一緒よ」
匠と梓馬は共感を得たか賛同を示してくれた。
待っていろ、ヤクザども……このまま済ませるつもりなど、こちらにはない。必ず捜しだして仕留める。それが、俺達MDSIの流儀だ。