第20話
防衛省特殊介入部隊――通称MDSI本部には様々な施設がある。
会議室、射撃場、火器保管庫――そして医務室。
医務室内では、明智真が治療を受けていた。
受けた弾丸は三発。いずれも9mmマカロフ弾で防弾ベストを貫くことはなかったが、着弾の衝撃は明智の身体に確実にダメージを与えていた。胸と腹の痣がそのことを物語っている。
明智の傷の具合を確かめているのは、科学医療班班長である磨志葉藍だ。彼女は白衣を羽織り、セミロングの黒髪を後ろで束ねていた。垂れ気味の目の中に真剣みを帯びながら診断を行っていると、ノックが響いた。
「どうぞ」
磨志葉が許可を出し、ドアが開かれる。勇海新と太刀掛仁の二人が入ってきた。
磨志葉はその様子に目を留めることなく、診察を続ける。そして、部下の一人に、
「茂澄君、痛み止め三日分お願い」
と、ざっくばらんな指示を出した。
一方で、磨志葉は明智の身体に湿布を貼り、包帯を巻き始める。
「先生、マコトの具合は?」
勇海が尋ねると、
「大丈夫よ。内蔵に異常は見られないし、骨のひびも深いものじゃない。ただ、激しい運動の際は注意が必要ね。サポーターも出しておくわ」
「そいつはよかった」
と、勇海が胸を撫で下ろした。心なしか、太刀掛もホッとしている。
「任務の方はどうなりましたか?」
明智が上着を着ながら二人に尋ねた。
「あぁ、他の二班も見事に対象の身柄確保に成功したよ。今は奴らを締め上げて情報を吐かせている」
「そうですか……」
明智はそれだけを言う。勇海はその様子を不審がったか、
「おいおいどうした、通夜でもあるまいし」
と、茶化しながら訪ねた。
「いえ、足を引っ張ってしまったので……申し訳ありません」
「あぁ、そのことか。気にするな」
すっかり意気消沈している明智と対照的に勇海の口調は軽い。
「訓練終わったばっかりのルーキーが簡単に活躍できるなんて俺も思ってないからな」
「だが……」
「明智真」
今まで沈黙に徹していた太刀掛が口を開く。
「確かに、組長に気を取られ、隠れていた組員に気付かなかったのは君の落ち度だ」
「ちょっと太刀掛さん、いきなり厳しいでしょ」
勇海が止めに入るが、太刀掛は特に気にせず続ける。
「今回撃たれたのは君だ。だが、時と場合によっては仲間が撃たれる可能性もある。それに今回は防弾ベストで弾が止まっていたからよかったが、もし弾が貫通していたら? あるいは頭を狙われていたら? 君はここではなく霊安室に行っていた可能性がある」
「……すいません」
「謝ることはいつだってできる。問題はこのことから君がどうするか、だ」
そう言って、太刀掛は踵を返す。
「太刀掛さん、どちらに?」
「尋問の様子を見てくる」
太刀掛が部屋を出ていった。残された勇海は困ったような顔しつつ、
「……まぁ、あれだ。ちょっと厳しいこと言ってたけど、先輩からの忠告とでも考えといてくれ」
「……分かってる。二度と同じ轍は踏まない」
「その意気だな」
明智の肩を軽く叩き、勇海も部屋を後にする。
――ここではなく、か。
本来なら、ここにいる可能性など最初からなかったはずだ。真智明として処刑された時から――
皮肉な話だ、と思う。死刑囚『真智明』の死は誰もが望んでいたのに、死んだ後で心配する人間がいるのだから……
関東広域指定暴力団霧生組組長、霧生利彰の別邸で、男達が向かい合っていた。
一人はヨーロッパ系の男性で、布団に横になっている。
もう一人は、服からはち切れんばかりの筋肉が身体を覆う大男だ。男の名は牛頭隆輔。霧生組若頭補佐の一人であり、元はプロレスラーだった。現在はこの別邸の警護を任されている。
「――というわけでトレスさん、ここから動くことになりそうだ」
「……仲間が襲われただけだろう? 私が動く必要があるのか?」
ヨーロッパ系テロリスト集団「ナインテラー」のNo.3であるトレスが冷めた目で睨む。
牛頭は怯むことなく、
「襲われたのはいずれもここを守っていた組です。おそらく、ここに攻め入るつもりじゃあないかと」
「いつ動くのだ?」
「新しい隠れ家の目星も付けんといかんから、まぁ三日以内ってところですかね。なぁに、一日二日でここを攻める準備もできるわけなし、神経質にならなくてもいいでしょう」
「だといいがな……」
牛頭は「そいじゃここいらで」と話を切り上げ、部屋から出る。外には、人種はバラバラだが、ヨーロッパ系の男達がいた。ナインテラーの構成員だ。
牛頭は自分が使っている部屋にさっさと戻ることにする。トレスが利用しているのは、別邸の離れの一室だった。
「組長」
牛頭に声を掛ける男がいた。
「どうした、宍戸」
宍戸は牛頭の率いる霧生組二次団体金牛会の若頭だ。剣道と居合を得意とし、日本刀片手に一人で敵の組を潰したこともある。
「トレスさんを移動させた後の我々はどうするんですか?」
「そりゃあ引き続き警護か、あるいは他の組に役割を譲渡するかのどっちかだな」
「……三浦組や太田組をやったのは、うちの武器取引を邪魔した連中ですよね?」
この言葉で、牛頭は宍戸が何を言いたいか察した。
「柳の仇を討ちたいというわけか」
「……いえ、そういうわけでは」
「隠さんでいい。俺だって、松澤のとこに派遣した若衆がやられたんだ。あいつには目を掛けていたのにな」
牛頭は昂りかけた気持ちを抑えつつ、
「だが、テロリストの身辺警護なんぞに甘んじるつもりはない。俺達の手で仕留めてやる。そのときはお前にも活躍してもらう」
金牛会は、いわば霧生組の特殊部隊である。警察で言うところのSATやSITに近い存在だ。主な仕事は、敵対者の排除。
組員が持つ武器は、下っ端たちが使う中国コピーのトカレフやマカロフではない。南米の反政府組織から仕入れたものが主だ。拳銃はブラジルのタウルス社がベレッタM92を参考に開発したPT92自動拳銃。屋敷の警護をしているものは必ず所持している。中には、ライセンス生産されたUZI短機関銃やベレッタM12短機関銃を持つ者もいた。
そして、いざというときの切り札として、選りすぐりの精鋭達がM16A2アサルトライフルを手に離れに待機している。これもまた、米軍から南米に払い下げられた中古品を手に入れたものだ。
来るなら来い、と牛頭は思う。
自分達は今までやられた組とは違う。相手は時間に制約がある分人員に限りがあるだろうし、大した装備で来なければ簡単に返り討ちに出来る。