第19話
霧生組系列二次団体、三浦組の事務所は、八階建てのビルの五階と六階のテナントを使っている。
明智真は、綾目留奈、太刀掛仁とともに、エレベータで七階に上がった。
三人ともにスーツを着て、アタッシュケースを持っている。見た目としては、営業に来た会社員といった風情だ。
『こちらチャーリー。現在警備室を無力化。これで、防犯カメラに映像は残りません』
三人の耳のイヤホンに、弦間匠からの連絡が入る。
『アルファ了解。こちらはすでに配置に就いている。いつでも援護可能だ。ブラボーは?』
今度は勝連武からの連絡。それに対し、太刀掛が喉に取り付けたスロートマイクで連絡を入れた。
「こちらブラボー。もうすぐ配置に就きます」
ブラボーは、明智達三人を指す。
エレベータを降りた三人は、トイレに向かった。アタッシュケースを開き、中から各種装備を取り出す。
タクティカルベストをスーツの上から身に着け、用意してきた武器を装備した。
明智と太刀掛の主武装は、H&K社製MP5SD短機関銃。世界中の特殊部隊に愛用されているMP5短機関銃の、銃身とサプレッサーを一体化させたモデルである。
そして、二人のサイドアームは回転式拳銃だ。明智はマテバ6ウニカの銃身を四インチにして装備。太刀掛はコルト・ローマンの二インチ銃身モデル。
コルト・ローマンは、アメリカのコルト社が開発したマグナム弾を使用する回転式拳銃である。昔の刑事ドラマでよく出てくるが、実際に日本の警察に採用されたことはない。アメリカでもマイナーな存在だ。太刀掛は携帯と抜き撃ちに適した短銃身の回転式拳銃を好む。
ただし、回転式拳銃はサプレッサーを付けても効果がない。万が一のときにでもない限り、出番はないだろう。
綾目留奈が使用するのは、サプレッサーを取り付けたH&K MP7とグロック19だ。MP7は特殊弾頭を使う短機関銃、グロック19はポリマーフレームの小型自動拳銃だ。
「こちらブラボー、いつでも突入可能」
アルファこと勝連武と勇海新は、目標のビルの向かい側に建つビルの屋上にいた。二人の役割は突入チームの狙撃支援だ。
勝連は愛用している近代改修型M14を、勇海はボルトアクション式狙撃銃レミントンM24SWSを伏射の体勢で構えている。どちらのライフルの銃口にもサプレッサーが取り付けられている。
『こちらブラボー、いつでも突入可能』
太刀掛からの通信が入った。
「了解。ところでタチさん、マコトの様子どう?」
『大分緊張しているな。顔は真剣そのものだが』
勇海の問いに対し、太刀掛から律儀に答えが返ってきた。
「勇海、雑談は控えろ」
「こいつは失敬」
勝連は勇海に注意を加えつつ、
「太刀掛さん、明智はルーキーです。出来る限りのカバーをお願いします。
チャーリー、そちらはどうだ?」
チャーリーこと龍村レイモンド、弦間匠、望月香の三人は、一階の警備室を無力化した後、五階まで上がっていた。三人とも作業服で、電気業者に扮している。警備室の人間を気絶させて縛り上げ、防犯カメラ映像をシャットダウンさせた。
三人とも作業着の下には、防弾ベストを着込み、ショルダーホルスターにサプレッサー付の拳銃を収めてある。
「こちらチャーリー。現在三浦組事務所前。ツヅだけは仕掛けのために配電室にいます」
『了解。ブラボーも所定の位置に着いた。これより作戦を開始する』
レイモンドと勝連の間で短くやり取りがされ、チャーリーの三人が事務所の入り口に近付く。入口の傍には、見張りか若い男が一人立っていた。懐の膨らみ具合から銃を所持していることが分かる。
「お待ちください。どういった御用でしょうか?」
男の誰何に対し、匠が前に出ると、
「電気設備の点検です」
「点検? そんな話は聞いてないぞ。間違いじゃないのか?」
「そんな、連絡が入っていないのですか?」
匠がしつこく食い下がると、
「あぁ、ちょっと待て……」
そう言って男が少し目を離した瞬間だった。
匠は袖に隠し持っていたナイフを、男の首目掛け一閃させる。男の喉から空気が漏れる音がし、床を赤く染めた。
「入口の見張りを排除。ツヅ、始めてくれ」
『了解』
レイモンドは懐からサプレッサー付のベレッタM92Fを抜いた。他の二人も拳銃を構え、ドアに向ける。
突然、ビル全体に警報が鳴り響いた。警備室を制圧した際に、通津理の手によって火災警報装置に細工を仕掛けていたのだ。これで、一般の人間は即座に避難する。
だが、暴力団はそうはいかない。関係者以外に見られてはまずいものが数多くあるのだ。まずはその始末を優先する。
出てくる様子がないことを確認し、レイモンドはドアノブ目掛け蹴りを放った。レイモンドの左足がドアノブを砕き、勢いよくドアが開く。
ドアの向こうでは数人の男達が右往左往していた。デスクの上にパソコンや書類が並び、最近のヤクザの事務所は一般的な企業のオフィスと区別がつかない。警報で避難を開始してないのだから、ここには組員しかいない。レイモンドは迷いなく銃口を男達へ向ける。
サプレッサーで銃声が抑制された9mmパラベラム弾が数発放たれ、瞬く間に男達を撃ち貫いた。
「てめぇ!」
抵抗する暇も与えず三人ほど倒したところで、男の一人がマカロフ拳銃を抜いた。
レイモンドに狙いを点けられる前に、匠がナイフを投擲する。男の首にナイフが突き立ち、男の身体がひっくり返った。
「私の出番はなかったわね……」
サプレッサー付のSIG P226を構えた望月が残念そうに呟く。
「まだ十人以上いるんだ、嫌でも出番はあるだろ」
レイモンドは軽口を叩きながら別のドアに近付く。
『一人そっちに向かっている』
狙撃支援の体勢に入っている勝連から連絡が入る。
レイモンドは「了解」と短く返し、ドアの脇に寄った。
ドアが開く。
「おい、何だ今の音は?」
男が入ってくる。どうやら何が起きているのか把握しないまま来たらしく、ドアの陰に隠れているレイモンドに気付かない。
レイモンドは男を背後から羽交い絞めにする。男の首に腕を回し、首の骨を圧し折った。
その隙に望月と匠が隣の部屋に突撃する。レイモンドもそれに続き、ヤクザ目掛け引き金を絞った。
ヤクザも反撃を開始し、三人は金属製のデスクを引っくり返して盾にする。しばらくヤクザの一方的な射撃が続いたが、突如窓ガラスに穴が空いた。穴が空く度に、一人また一人とヤクザの頭から血が弾ける。
『左右の机の陰から二人ずつ、お前らの背後取ろうとしているぞ』
援護をしていた勇海から警告が入った。
レイモンドは振り向くとほぼ同時にベレッタを数発連射する。不意打ちしようとしたヤクザの一人が蜂の巣になったところで、拳銃のスライドが後退したまま止まった。この状態はスライドオープンと言い、弾切れを指す。
レイモンドは拳銃を捨て、二人目のヤクザにタックルを仕掛けた。二人目がマカロフを撃つ前に、レイモンドの身体が男の身体を捉え、弾き飛ばす。男は頭から壁に激突し、動かなくなった。
別の方向から来た二人は、匠と望月が始末した。匠のナイフが頸動脈を斬り裂き、望月の上段蹴りが首の骨を砕く。
さらに残っていた組員も勝連と勇海が狙撃で一人残らず仕留めた。この部屋には生きている三浦組のヤクザは残っていない。
レイモンドはベレッタを拾い、弾倉を交換する。
「こちらチャーリー。五階の敵は全滅した」
『こちらブラボー。六階動きなし。今から突入……訂正、敵が八名非常階段で下に向かった』
「チャーリー了解……どうします?」
勝連に指示を仰ぐ。
『チャーリーは五階への敵に対処。ブラボーは突入せよ』
「了解……さて、もう一暴れと行くかね」
『――ブラボーは突入せよ』
太刀掛が「了解」と返し、ブラボーチームも動き始める。
当初の予定では、下の階で銃声を鳴らし、六階の敵が応援に向かって手薄になった隙を突いて突入するはずだった。だが、敵は予想外にも動かず、銃撃戦が終わった今頃になって増援を向かわせている。
「ちゃんと組長の守りを固める辺り馬鹿じゃない……と思っていた時期が私にもあったわ」
ルナが思わず毒づく。
『おそらく、この階には来ないと踏んだか、来る前に始末することを命じたか……どっちにしろ、得策じゃあないな』
勇海もそれに呼応する。
「だが、こっちも時間がない。あと五分もしないうちに消防車が来る。その前に片を付ける」
太刀掛が命じると同時に、ルナが飛び出していった。
「ハァイ」
見張りに残っていたヤクザ二人に向け、ルナがMP7のトリガーを二回引き絞る。4.6mm弾が男達の頭部を吹き飛ばした。
太刀掛とルナが事務所に突入し、遅れて明智も続いた。二人は短機関銃のセレクターをセミオートの状態のままにし、次々とヤクザを片付けていく。
まだ生き残っているヤクザが明智に気付き、拳銃を向けた。
明智も慌てて銃口を向けるが、相手の方が早い。
撃たれる――そう思ったのも束の間、引き金を引く前に横からの銃弾が男の頭に風穴を開けた。
「反応が遅い!」
ルナが叱咤する。
明智は「すいません」と返すと、別の敵に向かおうとした。
そのとき、奥の部屋に組長の三浦達男の姿を発見する。
「確保対象発見、拘束します!」
明智は奥の部屋に飛び込んだ。
「動くな!」
明智は組長に向け、MP5SDの銃口を向ける。
「ま、待て! 撃つな!」
組長が両手を挙げ、武器を持っていないことをアピールする。
「なら大人しくしろ!」
明智は照準を組長に付けたまま、ゆっくりと近付いた。組長は抵抗する様子を見せないが、相手の動向に注意を傾ける。
明智が組長を拘束しようとしたときだった。
机の陰から組員が現れ、マカロフを明智に向け乱射した。
明智は胸と腹に、合計三発のマカロフ弾を受け吹っ飛ぶ。
「よくやった!」
組長が喝采を上げた。
組員は誇らしげにしつつ、明智の頭へ銃口を突きつけた。止めを刺すつもりか。組員が引き金を引き絞った。
だが、部屋の窓ガラスをライフル弾が貫通し、拳銃に命中した。
組員のマカロフは衝撃で半壊しながら吹き飛ぶ。
そこへ太刀掛が駆け付けた。
慌てた組長が、明智の落した短機関銃に手を伸ばした。
太刀掛はグリップを掴んだ手ごと踏みつける。腕を固定され動けなくなった組長の首筋に手刀を打ち込み、気絶させた。
「野郎!」
拳銃を破壊されたヤクザが太刀掛に殴りかかる。
太刀掛は冷静にその拳を払いながら、手刀を放った手の指を軽く曲げ、相手の喉を突いた。喉を潰されたヤクザがよろめく。
さらに顎に肘打ちを叩き込み、ヤクザを床に叩き付ける。
止めに鳩尾を踏み抜いた。骨の砕ける音と共にヤクザの身体が痙攣を始める。
太刀掛は男の痙攣が止まったのを確認したところで、明智に駆け寄る。
「貫通は……してないな」
太刀掛はスーツの上着を捲り、明智の傷を確かめる。弾丸は全て防弾ベストが止めていた。
「立てるか?」
「なんとか……うっ」
明智が立ち上がろうとすると、胸の辺りに痛みが走った。
「骨にひびが入ったかもしれんな」
そこへ、ルナとレイモンドが駆け付けた。
「龍村、下の様子は?」
「片付けました。だが、上で苦戦しているってユーミが言ってたんで……マコト、やられたんですか?」
「おそらく、骨を痛めている。ちょうどいい、私が明智に肩を貸すから、龍村はそこに寝ている三浦を連れて行ってくれ」
レイモンドは「了解」と言い、気絶した組長を軽々とか担ぐ。最後の仕上げを済ませ、非常階段から脱出する。
MDSIの面々が出てから数分後、事務所に設置した時限爆弾が爆発した。計算の上威力は調整してあったので、五階と六階だけを炎に包む。これで証拠は残らない。