第139話
「明智さん」
隠れていた玉置みどりが出てきた。窓から入った月光が、イヤリングに反射するため、即座に位置が分かる。
「大丈夫ですか?」
傷だらけの明智の身体を見て、心配そうな声を上げる。
「大丈夫だ。全部掠り傷だ」
明智は努めて平静な声を出す。
正直なところ、身体のあちこちが悲鳴を上げていた。弾が掠っただけとはいえ、銃創で出血を伴う痛みが襲い、二回も打撃で頭を揺さぶられたせいで、まだふらついている。
だが、弱音を吐いている暇はない。早く安全な場所に行かなければ。
明智はひとまずマイクロUZIを拾った。拳銃が欲しかったため、死体からP228も奪う。
問題は、脇差しだった。防弾プレートに当たって刃こぼれを起こし、無理に突き刺したものだから先端が歪んでいる。付着した血糊が、振っても中々取れない。
特殊警棒を探そうとしたが、ぱっと見渡したところで見つからなかった。激しい戦いの中で投げたりしたものだから紛失したらしい。
外の様子を窺うと、銃声が微かにした。まだ敵はいるようだ。
先程の戦いで激しく銃声を鳴らしたため、相手にもばれていることだろう。
どうしたものか、と考えていると、
「明智さん」
と、再度みどりが声を掛けた。
「以前使った抜け道――はいかがですか?」
抜け道、と彼女が言ったのは、セーフハウスから脱出してこの屋敷まで移動するときに使った下水道のルートだろう。
「そうだな、そこだったら隠れて様子見が出来そうだ」
明智は頷くと、
「行こうか」
と、みどりの手を取り、移動を開始した。
道中、特に妨害を受けることなく二人は下水道まで移動出来た。
念のため先に入った明智は、奪ったライトで中の様子を見てからみどりを中に導く。
みどりをエスコートしながら明智が歩き出そうとした時だった。
明智の身体を、一斉にライトが照らし出す。
激しい光で、一時的に明智が視力を失った。
「しまった!」
先回りされていた。
ーー相手にこの通路の存在がバレていたというのか?
「逃げろ!」
背後にいるみどりに向け、声を上げる。
「いいえ」
冷めた声が返ってきた。
「その必要はないわ」
明智は後頭部に衝撃を受けた。
身体から力が抜ける。
脇差しが右手からすり抜け、床に落ちた拍子に限界を迎えていた刃が折れた。
「な……ぜ……」
明智の身体が崩れた。
意識が飛ぶ。
その寸前、視力の戻った目に映ったのは、みどりが明智の特殊警棒を捨てたところだった。