第137話
太刀掛と美妃が母屋に侵入した敵を片付けている間、離れ屋では――
襖を挟んだ隣室に玉置みどりが寝ている。
明智真は警護のために、布団を使わず、防弾ベストを着たまま、壁に背中を預けるようにして寝ていた。コルト・ローマンや特殊警棒はホルスターに携行し、脇差しもすぐに抜けるよう、柄に手を掛けている。
彼女が寝てから二時間程経って、異変に気付いた。
何かがスパークした音で、半分寝ていた明智の意識が覚醒する。
まだ目が暗闇に慣れていない。スマートフォンを手に取り、外部から見えないように手で隠しながら画面を点灯させようとする。
しかし、いくら画面や電源スイッチを押しても、反応しない。
足下に置いてあったタクティカルライトのスイッチをオンにしたが、こちらも灯りが点かない。
危険を覚悟で部屋の電気や机に取り付けられた照明を点けようとしたが、やはり何も起きない。
(停電か? いや、だが停電で電池式の懐中電灯や携帯が何故点かなくなる?)
明智は何かが起きたことを察し、焦る。
残念ながら、明智にはマイクロ波発生装置に関する知識が一切無かった。そもそも彼の前身は一般の警察官である。HPMのような用途が限定される特殊兵器を知る機会などなかったのだ。
焦りを抑えられない明智の耳に、鳥の鳴き声にも似た木材の軋む音が届く。
この建物は基本的に鶯梁だ。構造上、どんなに気を付けても足音が鳴る。
こんな時間に来るとすれば太刀掛や美妃だろうか――と考えるも、すぐに否定する。
何故なら、離れ屋の入り口ではなく、庭に面した縁側の方から音がした上、そちらを見ても灯りの類が見られない。まるで、こちらに気付かれないように近付いているかのようだ。
――手持ちの武器だけでは無理か。
明智は、足下の畳に脇差しを刺し、めくり上げる。
そこには、襲撃に備えて用意していた銃火器類が隠してあった。それを畳の上に出していく。
まず、短機関銃を二丁取り出した。どちらも大型拳銃サイズのモデルだ。
一方はB&T MP9。以前も任務で使用した、コンパクトで拡張性に優れた短機関銃。
もう一丁は、イスラエル製の短機関銃、マイクロUZI。UZI短機関銃を大型拳銃サイズまで短縮したモデルで、分間一二〇〇発以上の高い連射力を持つ。
次にポンプアクション式の散弾銃を取り出した。アメリカのイサカM37。装填口と排莢口を兼用することで構造を簡略化し、頑丈さと軽さを両立している。その軽さから「フェザーライト」とも呼ばれる。
明智は短機関銃を畳に置き、散弾銃を構えた。
息を殺し、障子を凝視する。
相手の移動による音がやがて止まった。
声も無く、障子が僅かに開かれる。
明智は引き金を引いた。
散弾が、障子を穴だらけにする。
明智はフォアエンドを前後させて排莢し、さらに二発目、三発目を撃ち込んだ。
相手の動脈を傷つけたのか、鮮血が障子を真っ赤に染める。
隣の部屋で物音がした。おそらく、寝ていたみどりが銃声で起きたのだろう。襖が開かれようとした。
明智は隣室に「開けるな!」と叫ぶ。その怒声に驚いたか、襖が数センチ開いただけで止まる。
「伏せろ!」
続けて警告したところで、敵側に動きがあった。
血に濡れた障子が破られ、二人の男達が侵入する。闇に溶け込むような黒いタクティカルベストで身を包み、暗視装置と思われるゴーグルをかぶって顔を隠していた。
明智は咄嗟に最後の一発を撃つ。九粒の散弾が一人の胴体に集弾し、部屋の端まで吹き飛ばした。血を流さないことから、全弾が防弾ベストに止められたようだ。
弾切れとなった散弾銃を手放し、明智は前転してもう一人に近付く。
もう一人が明智の頭目掛けてUMP45短機関銃を撃ったが、すでに明智は頭を下げていた後だ。
明智が片膝を着きながら、右手で脇差しを抜き打つ。
明智の居合いが男の胴に達した。甲高い金属音と共に、闇の中で火花が散る。
明智の手に、刀を金属にぶつけた感触が伝わる。相手はチタン製の防弾プレートをベストに仕込んでいた。
次の瞬間、今度は明智の頭の中で火花が散った。相手が、片膝立ちだった明智の顔面に蹴りを入れたのだ。鼻の中が傷つき、血が流れる。
明智は後方に吹き飛びつつも、右手の脇差しを咄嗟に投擲。切っ先が相手の短機関銃に取り付けられていたサプレッサーに刺さる。
相手は短機関銃を撃つのを一瞬躊躇した。
背中から畳に叩き付けられた明智は、ホルスターからコルト・ローマンを抜いた。短機関銃から拳銃に持ち替え終えたばかりの相手へ向け発砲。二発が胸に命中して動きを止め、三発目が首を貫き、血が噴き出る。
倒したのを確認し、明智が立ち上がろうとした。
胸に、衝撃が伝わった。呼吸が止まり、肺の中の空気が無理矢理押し出されるような感覚。
撃たれた方向へローマンを向けようとしたが、ローマンの銃身に弾丸が当たり、弾き飛ばされた。
さらに一発腹に銃弾を食らい、明智は倒れる。
先程散弾を受けて部屋の隅に転がっていた男が立ち上がった。
ダメージから回復し、持っていたUMP45を明智の胸と腹に向けて撃ち込んだのだ。
たとえ防弾ベストを着ていても、弾頭が重い.45ACP弾を食らえばボクサーのストレート並の衝撃が被弾者を襲う。
男が仰向けに倒れたままの明智に近付き、UMP45の照準を頭に定める。
引き金が絞られる瞬間、明智の右手が動いた。右腰のホルスターに納めていた特殊警棒を抜くと、展開スイッチを押しながら投げる。
警棒が短機関銃に当たり、銃口が逸れた。発射された弾丸は、明智の頭ではなく畳に穴を開ける。
明智は痛みを堪え、バネ仕掛けの人形のように起き上がって跳び掛かった。男に組み付くと、床に押し倒す。
だが、ダメージを受けてから大して時間の経っていない明智では、男を抑えることは不可能だった。あっさりと体勢が逆転し、男が明智に馬乗りになる。
男の手からはすでに短機関銃が離れていた。そのため、男がナイフを抜く。
男の左腕が明智の胸を押さえつけ、右手のナイフが明智に迫る。
明智は左手で男の右手首を掴み、迫る刃を止めようと試みた。右腕を動かし、何とか反撃の手段を探した。
男の方が優勢なことに変わりはない。力負けし、徐々に切っ先が明智の顔に近付く。
その時、延ばした右手に、触れる物があった。それを握り、身体を拘束する二の腕にぶつける。
骨の砕ける音がした。
男が悲鳴を上げ、体勢を崩す。
明智が左手に力を入れて引っ張り、男を床に引きずり倒した。
明智は右手に握ったもの――先程使い物にならずに置いていた、タクティカルライトで今度は頭を強打する。このタクティカルライトには打撃用スパイクが付いている。灯りとして役に立たなくても、鈍器としては十分な威力があった。
一撃目で、暗視装置のレンズに罅が入る。
二撃目で、装置が壊れて男の頭から落ちた。
三撃目で、眉間が割れ、血が噴き出る。
まだ相手が抵抗を続けるため、さらに四撃目、五撃目、と続けた。相手が死ぬまで、殴るのを止めない。
何度殴ったか、相手の身体が痙攣し始めた。
明智はようやく手を止め、重い息を吐く。血と脳漿まみれになったタクティカルライトを捨てた。鼻血を拭い、息苦しさから解放される。
先程銃弾を受けたローマンを拾った。銃身に弾丸が命中したせいで、亀裂が入っている。これでは暴発の危険があり、撃てない。
ローマンを置くと、今度は投げた警棒と脇差しを回収した。脇差しの方は、防弾プレートにぶつけた影響で刃こぼれしている。
――どうするか……
相手が三人だけ、とは考えにくい。おそらく外にも何人かいるはずだ。敵の装備と練度を照らし合わせて、こちらがかなり不利であると明智は考える。
――その状況でみどりを守りながら戦えるだろうか……
明智は先程弾切れを起こしたM37ショットガンを拾い、縁側へ向かった。