表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥府の剣  作者: 梅院 暁
第4章 戦士の定め
136/150

第128話

ライドン・キング面白い

 ――遡ること一時間前――


 防衛省特殊介入部隊の望月(もちづき)(かおり)は、自身の住まいと通津(つづ)(さとし)の住むマンションの中間にある繁華街に来ていた。

 セーフハウスでの戦闘の後、生き残ったPMCを捕虜にし、本部へ送り届けた。今頃は諜報部による尋問が行われているだろう。

 望月は報告の後軽く仮眠を取ってから本部を後にした。息子の(のぞむ)はまだ通津の両親に預けたままだ。

 望月は息子を迎えに行く前に、繁華街に寄った。何となく、ただし目だけで辺りを注意深く確認しながら、宛もなくぶらぶらと歩く。

「見つけたわ」

 そこへ、声を掛けてくる人間がいた。

 聞き覚えのある声だった。

「奇遇ね。私も捜していたわ」

 望月は、声の主を確認する。

 ――褐色気味の肌にアーモンド状の大きい目、七三に分けられた前髪。

 間違いなかった。否、彼女とは二回も会っているのだ。間違えようがない。

 一度目に出会った時は、この繁華街で酔っ払いに息子が絡まれたのを助けてもらった。

 二度目は、昨晩のセーフハウスで、敵として出会った。

 案の定、相手はここで会えると踏んで、待ち構えていたようだ。

 ――さて、どう出るか。

 平日の午後、繁華街は混雑する程ではないが、ちらほらと通行人がいる。巻き込んでしまうことは避けたい。

「安心して。すぐに仕掛ける気はない」

 相手は、望月の胸中を察したのか、微笑みつつ言う。

 信用は、一応出来る言葉だろう、と望月は思った。そもそもテロリストの一員で、最初から殺すつもりなら、わざわざ声を掛けるようなことはしない。周りを巻き込んで無言で襲い掛かってくるはずだろう――そんな甘い考えが浮かぶのは、目の前の女が敵だと思いたくないからだろうか?

「少し、話がしたい。どうかしら?」

 女はそう提案する。

 望月は、敢えてその誘いに乗った。



「私の名前はレン・ヒャアマ。最近、『巴山(はやま)(れん)』の名で日本国籍を得たけど、出身はインドよ」

 二人は近くの喫茶店に入った。望月もたまに利用する、老夫婦が経営する小さな個人店だ。

 席に着くなり、女が名乗った。

「この店のお勧めは? コーヒー? それとも紅茶?」

「どちらも、よっぽど口が肥えてなければ、美味しいわよ。強いてお勧めするなら、オリジナルブレンドのハーブティー」

 さらにメニューについて尋ねてきたので、望月は仕方なく答える。

 水の注がれたグラスを持ってきた、店主の奥さんへ注文。望月はアイスコーヒーを、巴山と名乗った女はアイスティーを頼んだ。

 老婆が離れたのを確認し、巴山が口を開く。

「さて、私が名乗った以上、そちらにも名乗っていただきたいものだが?」

「テロリストに名乗る名前はない」

 望月がスッパリと切り捨てる。

 テロリスト、の部分で一瞬巴山が目線を歪ませたが、即座に元の表情に戻す。

「それは手厳しい」

「息子を助けてくれた恩人、のままだったらさらっと名乗って上げたけどね」

 さらに煽るように望月が言った。

 それを聞いた巴山が今度はテーブルに乗せていた右拳を握り締めた。重ねていた左手で隠しているつもりだろうが、望月から見ればバレバレである。

 ここで、注文した飲み物が来た。にこやかに去っていく老婆に、二人は笑みを返し、一口付ける。

 ――今来なかったら、殴り掛かってきたかな?

 望月は相手を分析する。即座に襲い掛からない程度の分別はあるようだが、先程の反応からして、まだまだ若いと見た。自身にも経験があることだが、相手のちょっとした言動で感情を表に出してしまう辺り、場数が足りていない。

「……望月香、よ」

 望月が名乗ると、巴山は虚を突かれた顔をする。

「名乗れ、と言ったのはそっちでしょ?」

 言った側がそんな顔をしてどうするのだ、と望月は呆れる。

「それは失礼」

 巴山が肩を竦める。

「ちなみに、それは本名ですか?」

「少なくとも、今はこの名前で通しているわ」

 望月の回答に巴山は頷きつつ、

「通している、か――」

 巴山が懐に手を入れる。

 望月は思わず身構えた。残念ながら、今は息子の迎えに向かうために、銃を携帯していなかった。

 その様子を見た巴山が、右手をスーツに突っ込んだまま「チッチッ」と顔の前で左人指し指を振る。

「安心して。私()拳銃を持っていない」

 ――こちらが拳銃を持っていないことは、すでに見抜かれていたようだ。

 望月は心内で舌打ちする。

 しかし、武器を持っていないことを自ら曝すとは、よっぽど自分の腕に自信があると見える。

(まぁ、実際あのPMCをノックアウトしているなら当然か)

 セーフハウスでの戦闘で、敵が引き上げた後の探索で、巴山を追っていたPMCの一人がダウンしているのを発見していた。銃や刃物ではなく、素手で殴り倒されていたことが分かり、戦慄したものだ。

 巴山が右手を抜いた。

 テーブルの上に、布に包まれたものが置かれる。

「これを見たとき、何となく正体は想像できた」

 促され、望月は包みを開いた。

 中身は、先日の任務で投げた鋲だった。わざわざ去り際に回収したらしい。

「隠しても無意味、ってことかしら?」

「想像できた、と言ったわ」

 望月は舌を巻きつつ、

「じゃあ、無意味ね」

 と結論付けた。

 そして、自身の名を名乗る。

「シャンゲェ・モウ……日本では香月(こうげつ)(のぞみ)。とっくに捨てた名前よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ