第127話
「おい」
拳銃を懐に締まった治谷へ、背後から声が掛かる。
聞き覚えのある声にげんなりしながら、
「なんで、あんたがいるんだ?」
と、治谷は声の主に問う。
「何故か知りたいか?」
男が言う。神経質そうにこめかみに青筋を浮かべ、治谷を睨んでいる。
「その前に、勝手に奴らとコンタクトを取ろうとした理由を話してもらいたいものだなぁ?」
治谷はその鋭い視線をやり過ごしながら、
「いやぁ、見覚えあるCIAの奴がいたから、拉致すればなんか情報を掴めるかなぁ、って。いきなり撃ち合いし出したのは予想外でしたがねぇ」
と、軽く言い返す。
男はその答えにさらに苛ついたようで、懐から煙草を取り出した。
治谷も懐からマッチを取り出し、
「火、使います?」
と尋ねる。
男は少し迷った末に治谷のマッチで煙草に火を灯す。
男は煙草を吸うと、思いっきり煙を治谷の顔に向け吐き出した。
治谷は紫煙を浴びても、身動き一つ取らない。
その様子が気に食わないのか、男は苛立ちを増した。
「レンは?」
「元々、あいつが用事があったんで、付き合ってやったんですよ。つまり、お怒りはお門違い」
治谷は肩を竦める。ここで、あることに気付いた。
「あぁ、そういやぁ――」
治谷の手が電撃的に動いた。鞘から抜かれた銃剣が、男の加える煙草の先端のみを両断する。男の口には、フィルターの部分だけが残った。
「ここ、禁煙なんだよなぁ」
銃剣を鞘に戻し、落ちた火種を踏んで消した。
一拍遅れて男は驚く。
ここで、治谷の携帯が震えた。
「もしもし?」
治谷は男の状況に構わず電話に出た。
「ん、そうか。分かった」
短く会話を交わすと、さっさと切ってしまう。
「レンの奴、用事が済んだらしい。俺らも早いところ引き上げた方がいいと思いますがね?」
治谷の提案に対し、我に返った男が口を開いた。口から火の消えた煙草が落ちる。
「――話は終わってないぞ。戻ってからも――」
「へいへい、小言はいくらでも聞くから、とっとと撤収」
まだ何か言いたくて仕方なさそうな男を促し、治谷が足早に立ち去った。
二人が消えてから三分と経たない内に、MDSI諜報部の忍坂あゆみが姿を現した。
「壁に耳あり、障子に目あり――日本のことわざよ」
先程の二人の男達のやり取りを、離れた位置で見ていた。ばれないように双眼鏡で眺めていたため、会話の内容を全て把握出来てはいない。片方の発言を、レンズ越しに読心術で読み取って大まかな予想するので精一杯だ。
それでも、何かしらの手掛かりがあると思い、わざわざ現場に足を運んだ。
目敏くも、忍坂は男の口から落ちた煙草を見つけ、回収する。
「ちゃんとした知識なしで火遊びすると痛い目見るって、親にならわなったのかしら」
はっきり言って迂闊な行為だ。
何故ならば、この煙草には男の情報となるものが詰まっていることになるからだ。当然、触った時に指紋は付くし、何より唾液という個人を特定可能な情報を残したのは致命的だ。
さて、二人の後を付けたいところだが、上からは「無理は厳禁」との通達がある。
「ま、臆病さが命を救うこともあるわよね」
忍坂は自分に言い聞かせつつ、付けるのを諦めた。もし見つかって戦闘になれば、諜報部の自分では太刀打ち出来ないことは分かっている。蛮勇で全て台無しにしてしまうくらいなら、己に出来ることで最大限効果が発揮されるように動かなければならない。
そう考え、彼女は入手した情報を届けることを優先する。