第126話
まどかと星羅の二人は裏口の扉を開け、油断なく拳銃を構える。一応、見る限り敵らしき者は見当たらない。
「どう進むか」
星羅が呟きつつ、P250の弾倉を交換する。この銃はSIG社製のポリマーフレームピストルで、部品数の少なさによる整備性と各種口径へ対応させた拡張性の高さが特徴。星羅が持っているのは.40S&W弾仕様のコンパクトモデル。
「援軍が呼べれば、逆に返り討ちに出来るのだけど……」
まどかが応答すると、
「それ本気?」
と星羅が尋ねてきた。
まどかは頷き、
「でも、通信は傍受されているかな?」
と質問を返す。
「おそらくね。その辺は抜かりなくやっているはずよ」
二人は路地を進んでいく。
角に差し掛かったところで、一度停止した。互いに頷くと、ゆっくりと弧を描くように角から遠ざかりながら前進していく。少しずつ視界から死角を減らしながら進み、人影を確認する。
「動くな!」
まどかが警告する。
「ひっ、なんだあんた!」
酒瓶を持った壮年の男が叫ぶ。酔っ払いだろうか。銃を持った女が現れたことに驚いている。
「あ、ごめんなさい」
と、まどかが思わず拳銃の銃口を逸らした。
「マドカ!」
今度は星羅が警告する。
男が豹変した。酒瓶を捨て、ナイフを片手に突っ込んできた。
まどかはその切っ先を刺さる寸前で回避し、すれ違いざまに膝蹴りを男の腹に叩き込む。男が前屈みになったところで、首を拳銃のグリップで殴りつけた。
男が倒れる。
「よく反応出来たわね」
「昼間から路地で酒瓶抱いている酔っ払いが、拳銃をすぐに認識出来ると思う?」
警戒を続ける星羅の言葉へ、皮肉混じりに返した。
「鈍ったのは銃の腕だけか」
星羅は肩を竦める。
まどかは先程落ちた時に割れた瓶の破片を拾った。曲がったばかりの角から、自分達が来た方向をガラス片に映して確認する。
次の瞬間、角から銃弾が飛んできて、角から出したガラスを割った。
「勘が鋭い相手は嫌いよ」
素早く手を引っ込めたおかげで、何とか傷を負わずに済んだ。
まどかは星羅の腿を指で叩いて、確認出来た人数を伝える。
――数は二人。両方とも、イングラムM11短機関銃で武装。サプレッサー付き。
二人は角から離れ、前進した。角から追って来るであろう相手はまどかが銃を向けて警戒し、前を星羅がクリアリングしていく。
直後、二人の前後から足音が複数駆けてきた。
二人は前後に、ほぼ同時に発砲する。
背後から追ってきていた二人が、まどかの放つ四五口径弾を立て続けに受けた。的の大きい胴体に着弾して動きを止め、そこを狙われて頭を撃ち抜かれる。
星羅もP250を連射し、現れた敵を撃ち倒した。
しかし、三人目を撃った辺りで、反撃を受ける。相手の弾丸が、右腕に命中し、拳銃を落とした。
まどかが咄嗟に振り返り、撃った相手を射殺する。
だが、そこでGSRのスライドが交代したまま止まってしまった。弾切れだ。
まだ生き残っている敵が、頭を撃たれた死体を押しのけて迫る。無事な者だけでも二人おり、防弾装備で生き残った者も二人、立ち上がった。
まどかはバックアップ用の拳銃に左手を伸ばそうとするが、間に合いそうにない――
その時、異変が起きた。
敵の内一人が、奇妙な声と共に歩みを止める。身体が痙攣を起こしながら、地面に伏した。後頭部には、ナイフの柄が生えている。
振り向いた敵が銃口を向ける前に、右肘から手の甲まで刃が一閃された。鮮血が噴き出し、短機関銃を落とす。
次の瞬間、首にナイフの刃が捻じ込まれた。傷口が抉られ、喉から血と共に空気が漏れる。
血煙が辺りを赤く淀ませた。その靄越しに、まどかは驚きの人物を見る。
「――なんで、貴方が?」
問われた人物――治谷洋は答えることなく、手に持っているナイフ――OKC-35銃剣を片手に、残りの敵に襲いかかった。
立ち上がったばかりの敵の一人を蹴り倒し、そこへ持っていた銃剣を投擲。男の首に高炭素鋼製の刃が突き立つ。
もう一人が、銃を拾い直すこともなく治谷にぶつかっていった。新たなナイフを抜く前に、押し倒すつもりのようだ。
姿勢を低くした敵が組み付いた瞬間、治谷の左腕が高々と振り上げられていた。無防備な後頭部目掛け、左肘が振り下ろされ、無慈悲に頭蓋を砕く。
ほぼ同時に治谷の右膝が上がって男の鳩尾を直撃した。脳と呼吸器への同時攻撃で、文字通り息が止まる。
「スバル、大丈夫?」
まどかがその隙に腕の傷を押さえる星羅に声を掛ける。
「掠り傷よ」
気丈にも星羅が答える。
ここで、治谷が懐からM1911ガバメントを抜いた。
まどかは星羅を庇うように膝を着き、抜いたS&W M649を向ける。
治谷の親指が、拳銃の安全装置を解除した。
引き金が絞られる。
先程まどかが倒した二人の死体が転がっている角から、さらに一人現れた。首を撃たれ、貫通した弾丸と共に血で壁を汚す。
さらに治谷が撃ち、もう一人が慌てて角を戻る。
姿が見えなくなったと思ったら、悲鳴がした。
治谷は軽く舌打ちすると、その場を後にする。
「待って!」
その背に向けてまどかが叫ぶが、止まる様子はない。
まどかは持っている拳銃を撃てぬまま、その姿を見送った。
「……逃がした」
先程悲鳴がした角から、第三者の声。
MDSI諜報部の名雪琴音だ。
「まぁ、そこは仕方ないんじゃない?」
さらにもう一人、花和泉幸も現れる。二人の足下には、先程姿を消したはずの男の死体が増えている。
「ユッキー、イズミ」
まどかが声を掛けるが、
「まずは手当が優先です」
と、花和泉が言う。
「……任務と聞いていましたが?」
まどかが星羅の傷の止血処置をしながら尋ねる。
「……そう。今は、徹夜明け」
「何が起こるか分からなかったから、密かに同行するように指示があったのよ」
二人がまどかの疑問に答える。
「他に敵は?」
「こいつらが最後ね」
花和泉が答え、「あと」と付け加える。
「敵の狙撃手は今頃、久良木さん達が始末している」
「……尾行も込み、でね」
名雪も補足してくれるおかげで、大分状況が把握出来た。
「まぁ、『大将』が現れたのは予想外だけどね」
大将、とは治谷が仲間だった頃の通称だ。
「……あいつ、生きていたのね」
応急処置を受けた星羅が呟く。
そういえば、その辺りをまだ話していなかった、とまどかは思う。
「大将のこと、気になるでしょうけど、今は貴女をどうするかが重要よ」
花和泉が露骨に話題を逸らす。
「襲ってきた奴ら、何となく検討付くんじゃなくて?」
星羅が頷く。
「……なら、貴女をこのまま戻すのは危険と私達は判断する」
「一度、ホトボリを冷ましたい、というなら協力するように邑楽さんから指示を受けているわ」
二人の提案を聞き、星羅は少し考えた後、
「出来れば、逃げるだけではなく反撃のためにも調べておきたいことがあるわ。協力してくれるかしら?」
と、尋ねる。
「……それは、大丈夫」
「よし、利害一致で、契約成立ってことで、よろしく」
二人が頷く。
落とした銃を回収し、まどかの肩を借りて星羅は立ち上がった。