第122話
「和大! 群平!」
相良は通信機に叫ぶが、応答が返ってこない。
「まさか……やられたのか?」
庵原が思わず呟く。
ここで、他のPMCのリーダーが撤退の指示を出した。被害が出過ぎたとのことだ。
思わず「ふざけるな」と怒鳴りたくなったが、路次と門多がやられた。静宮と恵島も苦戦している。これ以上の被害を出すわけにもいかない――
「……撤退だ」
相良は、絞り出すように声を出した。
「撤退? ふざけているの?」
その声を聞いた静宮が怒りを露わにする。
状況は聞いていた。中に突入した二人からの連絡もないことも分かっている。
だからといって、簡単に退けるかと言えば、話は別だ。
恵島が拳銃で相手を牽制している間に、静宮がグロック18Cの弾倉を交換する。
「伏せて!」
その時、恵島が警告を送った。
静宮は咄嗟に身を屈める。
数発、微かに弾丸の飛翔音がした。
「9時の方向! 弾幕!」
恵島の指示が続いたため、静宮は両手の機関拳銃をフルオートで撃ちまくる。
VSS狙撃銃を持つ二人の女が、静宮の攻撃を前に身を隠した。恵島が気付かなかったらやられていたことだろう。
「退くわ。これ以上は不利だわ」
恵島は静宮よりも冷静だった。発煙筒の安全ピンを抜いて投げ、敵の視界を遮る。
静宮は煮え切らない思いを抱えつつ、結局恵島の意見に従った。煙が自分達の身を隠している間に、この場を去る。
ずっと相手をしていた銃剣使いは、いつの間にか姿を消していた。あちらも撤退したようだ。
治谷は見知った顔――邑楽雅と名雪琴音の二人が現れた段階で、退くことを決めていた。幸いにも、あちらはPMCと撃ち合いを始めてくれたおかげで、難なく逃れられる。
――相手が知り合いばかりというのも、やりづらいものだな。
頭の片隅で考えつつ、退却する。
途中、突入していたはずのレンと合流した。
「無事だったか」
「お生憎様」
レンが言い返す。
「よく脱出できたな」
治谷は入り口近辺で遭遇した一文字肇、そして、狙撃をしてきた人間――勇海新の存在を念頭に置いて聞く。
「ナイフ使っているのがいたけど、他のに目が向いている隙に走ってきたわ」
「狙撃は?」
「狙撃? なかったわ。その代わり、離れた位置で撃ち合っていたみたいだけど」
「そいつは運がよかったな」
これは嫌みでも何でもない。彼らの実力を最も知っているのは自分なのだ。レンの実力も知ってはいるが、それでも彼らに突っ込んで無事に済むとも思っていなかった。
「あら、心配してくれているの?」
レンが珍しいものを見た、と表情で語る。
「俺がそんな優しい人間に見えるのか?」
逆に問う。
「見えない」
即答だった。
「なら、それが正解だよ」
特に機嫌を悪くすることなく返す。
――俺みたいなのが「優しい」人間なら、この世には聖人君主しかいない。
「――どうやら、敵は撤退していったようだな」
油断なく短機関銃を構えながら、勝連は呟く。
無線で各隊員に連絡を取るが、リトルバードを落とされた梓馬含め無事を確認した。
セーフハウスから望月達が現れた。二人、両腕両足を拘束した男を運んでいる。
「そいつらは?」
「PMC側の捕虜です」
話を掻い摘んで聞けば、一人は望月と柚嵜が捕らえた。もう一人はユーラシアの構成員と戦い、構成員が退却した後も息があったためそのまま確保したらしい。
ひとまず、情報源は確保したことにホッとする。
そこへ、勇海達他の面々も集まってきた。
「勇海、雲早、一文字。聞きたいことがある」
勝連が三人に問いただす。
「お前達が見たのは――治谷洋で間違いないか?」
場を沈黙が支配した。
ある者は驚き、比較的若い隊員達は首を傾ける。
「間違いない」
最初に答えたのは、一文字だ。
「はっきりこの目で見た。お前等もそうだろ?」
一文字が勇海と雲早に問いかける。
二人は答えない。
「ですが――あいつが何でテロリストに?」
その二人を無視し、さらに一文字が尋ねる。
再び、全員が口を閉じた。
「俺がいない間に、一体何が――」
「三年前、奴はMDSIを裏切った」
焦れた一文字がさらに問いを重ねようとするのを、勝連は遮った。
「何故?」
「動機は分からん。突然のことだったからな」
勝連が首を横に振る。
「奴の最後の消息を知っているのは――勇海、お前だな?」
そう言い、勇海を見る。
「奴は――」
絞り出すように、勇海が声を発した。
「最後まで理由を話さないまま抵抗をしました。結果――」
そうして、自身のM686を取り出す。
手元の銃を見つめ、はっきりと断言する。
「俺は、こいつで、奴の心臓を撃ち抜いた」