第121話
『レン、結構やばい奴らが来ている。気を付けろ』
レンと呼ばれる女は、手元のマイクロ・ダボールを撃っている最中に通信を聞いた。
「すでにやばいことに変わりないわ」
レンは一人呟く。
ユーラシア人民解放軍構成員と共に建物内に突入した。だが、元々籠城していた敵の他に、南側の窓を破って侵入した第三勢力とも戦う羽目になっていた。どちらも強敵で、苦戦を強いられている。
M4カービンを持った敵を撃つと、籠城側に動きがあった。
一人の女が、突撃してきたのだ。
「えぇい、どっからでも沸いてくる!」
三十刈が怒鳴りながら、SPAS15ショットガンをセミオートで撃ちまくった。壁や柱を傷つけ、破片が舞う。
しかし、PMC達はすでに身を隠しており、ダメージを与えられない。
「姐さん、このままじゃ援軍が来る前にジリ貧ですよ」
楠と交代して弾倉交換していた柚嵜が進言。
「そうね、守ってばっかりじゃ、好転しない……」
望月は数秒考え、
「ちょうど、ユーラシアとPMCどもが激突して混乱しているわ。玄関のユーラシアを潰して、退却しましょう」
と、提案。
「それ、危険では?」
楠がカービンを撃ちながら尋ねる。
「立て籠もり続けたところで同じよ。さて、問題は最初の突っ込む役と殿が一番危険なことね」
「では、俺が突撃しましょう!」
ここぞとばかりに三十刈が立候補してきたが、
「却下」
と、望月は切り捨てる。
「えぇ?」
「そりゃあそうでしょ。あんたは突っ込み過ぎ」
三十刈の抗議を柚嵜が抑える。
「じゃあどうします? 俺の武器ショットガンだから、援護に向きませんよ?」
「なら、殿をやればいいのでは? 危険なんだし、むしろ後ろに散弾をばらまいてくれれば退却しやすいし」
楠が言うと、
「よし、分かった!」
と、あっさり三十刈は納得する。
「クッス、言い出した以上、貴女は退いてくるミトをちゃんと援護しなさい」
「分かりました」
「というわけで、私が突撃するから、ユズは私に続いて」
「了解」
こんな感じで、ざっくり役割分担が決まった。
「よし、続け!」
望月が合図を出し、飛び出した。持っているG36Cカービンをフルオートで浴びせる。
ユーラシアとPMC関係なく弾丸を受けた。
弾倉内が空になったところで、ユーラシアの一人が持っている短機関銃、MP5Kを向けてくる。
望月は左手で鋲を抜き、投擲。
男の右手に刺さり、MP5Kを床に落とした。
さらにG36Cを背中にスリングで回し、右手で新たな鋲を抜く。短機関銃を手放した男の頭を上段蹴りで倒し、鋲を投げた。
二本目の鋲は風切り音と共に別の敵の首に突き立つ。
三人目が銃口を向けた時には、望月の左拳が動いて側面から打った。撃つ前にMP5Kが手元から離れる。
銃を手放した男が望月の左腕を咄嗟に掴もうとした。
左腕が掴まれた瞬間、望月の右腕が電撃的に動き、男の太股に手刀を叩き込む。
骨が砕ける音と、男の絶叫。
左手が男の両手を容易く振り払い、その顔面に掌底打を放つ。男の鼻が潰れ、身体が吹っ飛ぶ。
「ちっ!」
舌打ちと共に、マイクロ・ダボールを向けてくる敵。
――女?
望月は驚きつつ、伏せて弾丸を避けた。冷静に考えれば、女の構成員がいたところで何もおかしくはないが――
望月は新たな鋲を二本抜き、立て続けに投げた。
一本目は身体を逸らして避けられ、二本目は眼前に掲げたダボールで受け止められる。
そこへ、起き上がった望月が一気に肉薄した。相手が銃を構え直す前に、鉤爪のように曲げた左指で銃を掴む。動きを封じたところで、右拳を突き出した。
相手が左腕を上げ、その打撃を受け流すように逸らす。
互いの顔が見える距離で、二人は対峙する。褐色気味の肌にアーモンド状の大きい目、七三に分けられた前髪――
「貴女!」
望月は驚きの声を上げる。
無理もない。何故なら、彼女は以前酔っぱらいに絡まれていた自分と息子を助けてくれた女性だったのだ。
「――いつぞやの」
対照的に、相手の女は冷たい声で返す。
望月の頭が一瞬、混乱しかける。
女は再度「ちっ」と舌打ちして、己の銃を手放して望月の身体を突き飛ばす。
二人が離れた間を数発のライフル弾が通過した。
PMCの新手のようだ。
銃弾が飛んできた方向を見れば、HK416を構えた二人の男が近付く。
「ちっ、あの攻撃を避けるのか!」
二人とも討ち取ろうとして失敗した門多群平が思わず毒づく。
「群平、今銃を手放した方をやれ!」
路次和大が指示を出す。
「もう一人は私がやる」
「分かった、頼むぜ和大!」
二人の男は、手分けして望月達に近付きながら発砲する。
先程まで望月と対峙していた女は、退きながらドアを後ろ蹴りで開け、その中に消えた。男の一人がそれを追う。
もう一人は執拗に望月を狙ってきたので、奪ったマイクロ・ダボールを手放して床を転がった。先程まで望月がいた空間に、弾痕が刻まれる。
望月はホルスターからSIG P226を抜き、男目掛けて引き金を絞った。
男が眼前にライフルを掲げ、頭に向かってくる銃弾を受ける。胸や腹にも命中したが、止まる様子がない。防弾ベストを着込んでいる。
突如、男が盾にしていたライフルを投げつけてきた。望月の腕に当たって拳銃を落とす。そこに、男の方が拳銃を抜いた。
望月は左手で鋲を投擲した。男が抜いたばかりのグロック17に鋲が刺さり、取り落とす。
ここで、ようやく望月が立ち上がる。
立ち上がったばかりの望月に、男が右拳でフックを繰り出した。望月は左腕でガード。
その瞬間、男は左足でローキックを放った。
望月はその蹴りも右の脛で受ける。立て続けに左のローキックが放たれたが、これも左脛でガード。
相手が一度右手を引っ込めるのに合わせ、左足を踏み出す。同時に、先程ガードに使った左腕を突き出した。直角に曲がった肘が、男の胸に当たって強烈な打撃音を鳴らす。
男が驚きつつ、今度は左拳のジャブを打った。
望月の右手が、手首のスナップを利かせてジャブを弾く。右手の指を揃えて伸ばし、男の首へ突きを放った。男が右に身体を移動させて避けるが、皮膚に掠って微かな血飛沫を飛ばす。
さらに、肘を曲げたままだった左腕が、男の顎を掌底で打ち上げる。上下の歯同士がぶつかり、砕ける音がした。
男が数歩下がり、口から折れた歯を吐き出す。
「タフね」
望月が呟く。
男が右手で軍用ナイフを抜いた。望月に近付きながら、水平に振るう。
それを望月は一歩下がって避ける。
立て続けにナイフが振るわれるが、尽く回避した。大振りになったところで、望月の左手がナイフを払い落とす。
しかし、男はそれを読んだように、刃が手から離れた瞬間姿勢を低くした。タックルを仕掛け、望月を押し倒そうする。
男が望月の身体を掴んだ。あとは望月の華奢な身体を床に倒して、寝技に持ち込むだけ――そう思ったことだろう。
だが、男の予想通りにはならなかった。
男の身体がぶつかった瞬間、望月の両手は指を鉤爪のように曲げて、男の腰を左右から掴んだ。鍛え抜かれた指先が、男の肉に食い込む。
望月は左足を軸足に、右足を一歩下がらせる。ぶつかられた衝撃を利用して回転し、男の身体を床に叩きつけた。
「ユズ、今よ!」
望月が叫ぶ。
タックルを潰された男が立ち上がる前に、柚嵜が背後から組み付いた。両足で男の身体にその身を固定し、腕を首に回す。
「あ、殺さないで。情報引き出すから」
「分かりました」
柚嵜が指示に従い、首を絞める力を調節した。窒息させるのではなく、意識を落とす。
「ぐ……が……」
男は何事か呟きながら抜け出そうとするが、すでに散々ダメージを受けた後だ。ろくな抵抗も出来ないまま、気を失う。
「まず、一人」
ユーラシアの女傭兵、レンは飛び込んだ部屋まで追いかけてきた男から銃撃を受けていた。部屋の中にあったテーブルを倒し、即席の遮蔽物にする。中に金属でも仕込んであったのか重く、ライフル弾も止めてくれた。
男が撃ち続けていたHK416が弾切れを起こす。舌打ちと共に、男は銃を捨てた。
レンが立ち上がったところに、男は近付く。どうやら銃撃戦に拘らず、格闘戦に持ち込む心づもりらしい。
それを見て、レンは拳銃に手を伸ばすのを止めた。相手に合わせたのではなく、距離が近過ぎて銃を抜いて撃つには適していないと判断したのだ。
両者が構える。どちらも右半身を前に出したボクシングスタイル。
男が先に仕掛けた。左足を前に出すと共に、素早い左ストレートが繰り出される。
レンは相手の力量を見極めるため、両腕でガード。受け止めることは出来たが、あまりの衝撃に一瞬腕が痺れた。
次に右のフックが迫るが、それは下がって回避。
レンはこの攻防だけで、まともに攻撃を受けるのはまずいと判断を下す。受け身になるのではなく、こちらからも仕掛ける。
右手でジャブを何度か打ち込んだ。男は片手でガードしながら、反撃にパンチを打ってくる。それを、レンは受けようとせず、出来る限り避けた。
全く攻撃を当てられず、挑発のように何度も放たれるジャブに、男の方が焦れてくる。ストレートとフックを混ぜて何度も打ってくるが、段々と大振りになってきた。ガードが甘くなって、ジャブが顔面に当たる程だ。
レンはここぞというタイミングを狙う。右のストレートが放たれた瞬間、左のフックをカウンターで放った。脇の下に拳がめり込む。
男の呼吸が一瞬止まり、肝臓が衝撃で揺さぶられる。
次の瞬間には、レンの右アッパーが、男の顎を打ち上げた。男の身体が宙を舞う。やがて、床に激突した。
止めを刺そうと思ったところで、レンの通信機に連絡が入る。
『引き上げだ! こちらの被害が大きく、囲まれつつある!』
レンは男へ止めを刺すのを諦め、撤退に入った。部屋から出ると真っ直ぐ突入した入り口に向け駆ける。途中、例の女が目の端に留まったが、構っている場合じゃない。
――決着は、いずれ着ける。