第120話
「――ヒット、一機撃墜」
ハンガリー製対物ライフルMOMゲパードGM6 Lynxのスコープ越しに、庵原けいは戦果を確認する。
「搭乗者を直接撃てればよかったんだが……」
「厄介なものを撃ち落とせたんだ、上出来だろう」
庵原の言葉に、相良陣が答える。
二人はすぐに移動を開始した。相手にも狙撃手がいるかもしれないからだ。
機関銃を掃射していたヘリが邪魔だったため、Lynxを持った庵原が狙撃した。
先程の言葉のように銃手か操縦手を撃てればベストだったが、暗闇の中実行するのはきつい。上空からの銃撃さえなくなればいいんだから、狙いやすいテイルローターを撃った。希望的観測も含んではいたが、目論見通り、制御不能になったヘリが落ちた。
「ただでさえあのテロリストの中に厄介なのがいたんだ。余計なのがどんどん増えてもな」
「そうだな。しかし、涼達は大丈夫かな?」
庵原が、仲間の心配をする。静宮涼、恵島実、路次和大、門多群平の四人は、テロリストに手を焼いている味方の支援に向かった。
「余裕だと思いたいところだ……まったく、俺達の出番はないと言ったのは、どこの誰だっけか?」
相良は思わず愚痴る。
別のPMCと合同で依頼を受けたと思ったら、邪魔者扱いされたため手出しをしないようにしていた。かと思えば、苦戦をし始めて助けを求めてくるのだ。愚痴も出るというものである。
「それにしても、ヘリまで出してくるとは相手は何者でしょう?」
「何者か、ね」
庵原の疑問に相良は答える。
相良達の受けた依頼は、「日本国内を中心に活動しているテロ組織が、生物学者を拉致して何かを企んでいる。それを阻止するため、生物学者の身柄を取り戻してほしい」というものだ。
しかも、他のテロリストも件の学者を狙っており、かなり切迫した状況であるということ。事実、今もユーラシア人民解放軍と名乗る大規模なテロリスト達も動いていた。
「考えたところで、意味はない。俺達は、あくまでも依頼を遂行する。それだけだ」
二人の狙撃手に後方を任せ、四人の男女がそれぞれの得物を手に日本のテロ組織のアジトに接近する。
静宮涼はボフォースAk5Dカービン銃を、他の三人はHK416を装備している。
建物に近付いた頃には、ちょうど狙撃から逃れてきた治谷洋が四人に近付いていた。
「あっ」
「ちっ」
互いに舌打ちすると、
「私と涼で相手をする。和大と群平は中に行って」
と、恵島が二人の男に言った。
「中の連中も手強そうよ。気を付けて」
「分かった」
「頼みます」
男二人は言われた通り、吹き飛んだ窓から内部に突入。静宮と恵島の二人が、銃剣付ライフルを持つ男の前に立ちふさがる。
「二人とはいえ、女が相手とはちょっくら舐めすぎじゃあないかい?」
相手は嘆息するが、
「減らず口を!」
と、二人の女が持っているカービン銃を撃った。
「おっと」
治谷は避けつつ、SRー16を適当に撃って弾をばらまく。静宮達も動き、互いに弾を当てられない。
ライフル弾が尽きたのは、三人ともほぼ同時だった。
治谷はチャンスとばかりに接近した。
一方で、二人の女は弾切れのカービンを捨てる。静宮が後退し、逆に恵島が前に出た。
その首目掛け、治谷が銃剣を突き出す。
恵島はその突きを、首を傾けるだけで回避した。さらに相手に近付いて、ナイフを鞘走らせる。
治谷はバックステップで斬撃を避けつつ、突き出したライフルを手元に手繰り寄せた。銃剣の切っ先が、恵島の首に近付く。
しかし、恵島は頭を低くしてその攻撃も回避する。
治谷が次の攻撃に移ろうとした。
(ここね)
恵島はライフルを振るおうとする相手の表情――特に瞳孔や喉の動きを見て、好機と判断。
左手でもナイフを抜き、一気に近付く。
治谷は下がりながら攻撃に移ろうとして、驚く。
何故なら、ナイフを抜いた女がまるで瞬間移動したように距離を詰めたのだ。しかも、右手だけに持っていたナイフが、左手にも持っている。
焦りつつも、まず右のナイフを銃剣の刃で受け流した。
次に左のナイフが迫る。これをライフルの銃床で、叩くように捌いた。
反撃に、水平に銃剣を振るう。
今度は相手がバックステップして避けた。
さらに追い込もうと、一呼吸入れて前進する。
だが、一歩踏み出したところで、下がっていたはずの相手がまた目の前に出現した。治谷は前進を止め、銃剣を小さく振って攻撃を止める。
――まるで、パラパラマンガを、中間何枚か抜いて見せられている気分だ。
一応、攻撃は回避できない程まで力量に差があるわけではないだろう。鋭い攻撃ではあるが、基本急所狙いの攻撃だ。突如来るエスパーの瞬間移動のような動きに注意すればいい。観察すれば軌道が読めないわけではないのだ。
――なるほど。
そこまで考えて、相手の動きの正体に気付く。あくまでも相手が自分より早く動いているというわけではない。
――俺の呼吸を盗んだな!
一方、恵島は顔にこそ出さないが、相手の対応に感心している。
(これを初見で対処するか)
恵島がしているのは、そこまで特別なことではない。
人間の脳は、常に稼働しているわけではない。常時動かし続けていれば、すぐに栄養(糖分やアミノ酸)を消費し切ってしまう。それを防ぐため、本人も知らず知らずの内に止めている。
視覚情報の原理がいい例だろう。あれは常に目から動いているものを映して脳に情報を送り続けているわけじゃない。カメラの静止画を連続で撮るように一瞬ずつを網膜に映す。その何枚も連続した画像を送り、脳内で動画に変換しているのだ。
上記の例のように、様々なタイミングで脳は一瞬活動を休止している。呼吸であったり筋肉の弛緩であったり――どんなに感覚を鋭敏に保っているつもりでも、無意識の内に脳は休んでいる。
恵島はその意識の隙間を見抜き、相手が意識してない内に移動する。そうすれば、相手にはこちらの動きを見逃してしまったように錯覚させることが出来る。それこそ、瞬間移動したかのように、だ。
無論、個人で癖が異なるように呼吸などのタイミングも一人一人違う。それを、恵島は己の高い観察力で掴んでしまう。
――もっとも、この技は高い集中力も要するため、長時間の使用は不可能だが。
そのため、初見で対応できてしまう程の凄腕には、逆にこちらが消耗させられかねない。
斬撃を防がれた瞬間、相手の意識の隙間を利用し、間合いから離脱。距離をところで、しゃがむ。
恵島の背後では、両手に一丁ずつ計二丁のグロック18Cを構えた静宮が待ち構えていた。
恵島が下げた頭の左右から、二丁の機関拳銃を持った手が突き出て、同時に火を噴く。
相手は恵島から距離を取っていることをいいことに横に駆け、追いかけてくる弾丸の群れから逃れた。
――やってくれる!
相手は治谷と戦っている間、ナイフの斬り合いで釘付けにした。その間己の身体を使って視界を遮り、二丁拳銃を抜く相方を隠していたのだ。
この二人でここまでの戦闘能力を持っている。中に突入した男二人も、おそらく同等の実力と思っていいだろう。
弾丸を避けながら、中で戦っている仲間に警告を送る。
「レン、結構やばい奴らが来ている。気を付けろ」