第119話
勝連に率いられた二人は、ブルパップ式ライフルを装備していた。
匠はイスラエル製のダボールCTARカービンを、一文字はシンガポールのST社製SAR-21の次世代発展型BMCRを、行く手を阻むユーラシアのテロリスト達に撃つ。
グレネード弾で混乱しているところに、容赦なく高速のライフル弾が降り注ぐ。
何人か撃ち倒したところで距離を詰めると、二人は得意とするナイフ戦に持ち込んだ。匠のピチャンガティが肉を断ち、一文字のククリナイフが骨ごと斬り裂く。
勝連は二人の死角に回ろうとした敵をUMP45で撃っていくが、三人がセーフハウスに達する前に、玄関から敵の侵入を許してしまっていた。
「勇海、中に入る! 援護しろ!」
狙撃している勇海に通信で命じる。
そうこうしている内に、ある程度敵を片付けた一文字がセーフハウス入り口に辿り着く。
そこには、ユーラシアのテロリストとは異なる武装をした男達の死体が転がっていた。別勢力――おそらく、CIAに雇われたPMCであろうことは予想が着くが、その死に様が奇妙だ。撃たれている死体より、首などの急所を的確に刻まれた刺殺体の方が多い。
先程倒してきたテロリスト達の装備は基本的にブルパップ式のシュタイアーAUGか短機関銃のMP5K――刃物を主部器としていた敵はいなかったはずだ。
そこで、一文字は肉を裂き、空気の混ざった血飛沫が漏れる音を捉える。方向から匠ではない。
注視すれば、M4カービンを持つPMCの一人が、ライフルに取り付けられた銃剣で喉を撥ね斬られたところだった。
一文字は、反射的にその男に向けて、持っていたククリナイフを投擲する。
その奇襲を男はあっさりと防いだ。ライフルを振り切った姿勢から、再度得物を動かし、迫るナイフを銃剣で弾き飛ばす。
一文字はBMCRの銃口を男に向け、ハンドガードに付けていたタクティカルライトを点灯させる。強力な光で男の視界を一時的に奪い、怯んだところを撃とうとした。
だが、引き金を引けなかった。
「嘘だろ?」
思わず、一文字から声が漏れる。
その声を聞いた銃剣持ちの男が、応える。
「その声、ドクか? 噂じゃどっかの国の刑務所ぶち込まれたって聞いていたんだがな」
その男は、一文字の渾名を知っていた。
一文字もまた、その男のことを知っている。
「治谷……洋」
勝連から援護要請を受けた勇海は、通信機からの声でその存在を知った。
――あり得ない。
勇海は混乱しつつ、スコープを覗き、倍率を上げていく。
――あり得ない。
レンズの先では、一文字がライフルのライトを点けてその男を映し出していた。
――あり得ない!
照らされている顔を見て、勇海の心臓が跳ねる。
――奴は……
生きているはずがないのだ。何故なら――
――三年前、奴が裏切った際に、自らの手で始末をつけたはずだ!
「洋!」
勇海はトリガーを引いた。M24から、7.62mm口径のライフル弾が高速で飛んでいく。
男――治谷洋は跳び下がり、一文字も危ういところで離れ、ライフル弾は地面に穴を穿つに留める。
暗闇で満足な視界も確保できず、味方もいる状態ーー本来なら、誤射を危惧し撃つべきではない状況。
にも関わらず、勇海は撃ってしまった。治谷洋という男の存在が、勇海から冷静さを一瞬で奪ったのだ。
勇海はボルトハンドルを操作して即座に排莢、次弾を撃ち込もうとするが、
「よせ、ユーミ!」
と、異常な状態に気付いた雲早が止めに入った。
すでに何発も撃って熱くなっているはずのM24の銃身を掴み、射撃を制止する。
「放せ、シュウ!」
争っている内に、肝心の治谷は射線から逃れていった。暗闇の中に消え、もう姿は見えない。
「何をしやがる! 奴が――」
「落ち着け! 味方ごと撃ち倒すつもりか!」
勇海の抗議の声を掻き消すぐらい大声で雲早が説得の声を上げる。
その声に気付いたか、テロリスト達が勇海達二人目掛けてG3ライフルを連射した。
雲早が勇海を押し倒しながら弾丸を避ける。
「気付かれた! とにかく目の前の敵を片付ける」
「だが――」
「任務に集中しろ! 奴と戦う前に死ぬぞ!」
雲早が一喝。
ようやく勇海は落ち着きを取り戻した。
敵が接近してきたため、二人は拳銃を抜いて対応する。
勇海のM686が、闇の中で発砲炎と轟音を響かせる度に、敵の胸や頭から血が爆ぜた。
雲早はSV-98をスリングで背負い、愛用のCZ75を二丁構えて発砲する。二丁拳銃から連射される9mmパラベラム弾が、不用意に近付いた男に命中する。
だが、数が多い。拳銃では、長時間の戦闘は無理だ。
そのとき、機関銃によるライフル弾の連射が男達を襲う。
異変に気付いた英賀が、ミニミ軽機関銃を敵に浴びせながら、通信機に叫んだ。
「リキさんは上空から射撃支援! レイモンドさんとトッさんは二人の退却を援護!」
指示を受け、力石を乗せたリトルバードが近付く。力石が持っていたHK11マシンガンを撃ち、勇海達と敵を分断した。
そこへ、レイモンドと登崎が勇海達に接近する。
「ユーミ! シュウ! 生きてるか!」
レイモンドが声を張り上げた。
勇海が「なんとかな」と応えると、
「よっしゃ、ここは俺達に任せて、一度敵から距離を取れ!」
と、登崎が言い、持っていた二丁の短機関銃を撃ちまくる。
駆けつけたレイモンドに急かされ、勇海と雲早が一度離脱した。入れ替わるように里緒が駆けつけ、HK21で登崎と共に弾幕を張る。
レイモンドに連れられた勇海と雲早は、英賀と合流した。
「すまない、助かった」
雲早が礼を言った。
「まったく、いきなりどうした、ユーミ? お前らしくもない」
「――悪い」
勇海はレイモンドの言葉に、苦虫を噛み潰した顔で応える。そこへ、英賀が「ユーミさん」と声を掛け、
「先程、聞き間違えではなければ『ヒロシ』と聞こえましたが――」
と、尋ねる。
勇海は思わず顔を背けようとする。
その時だった。
通信機から「やられた!」と梓馬の声が届く。
一同が空を見上げた。
見れば、梓馬の操縦するリトルバードのテイルローターから煙が噴いている。損傷しているのは確実だ。
『アンチマテリアルライフル!』
力石からの通信。
直後、リトルバードは制御を失った。セーフハウスから離れた雑木林に向け、ゆっくり落ちていく。
「リキさん、降りて!」
操縦席から、梓馬の叫び声。
力石はテイルローターを見た。
援護射撃を行っていた最中、突如殴られたような衝撃を覚えた。爆発はなく、代わりにテイルローターが煙を噴いて回転を停止していた。
――ミサイルの類ではなく、対物ライフルによる狙撃か。
そう判断し、狙撃に対する注意を促すために通信機に「アンチマテリアルライフル」と叫ぶ。
リトルバードはすぐには墜落しなかったが、テイルローターが停止した以上、姿勢制御は困難だ。
梓馬が頑張っているが、姿勢を真っ直ぐに保てない以上、落ちるのは時間の問題だった。
それでも、何とか雑木林上空までリトルバードが移動した。
力石は、眼下の木に向かって飛び降りる。枝や葉がクッションとして作用し、地面に激突することなく、何とか太い枝を掴んで事なきを得た。
しかし、力石が降りた直後に、完全に制御を失ったリトルバードが、力石が降りた地点よりも離れた位置に落ちていった。
「アズサー!」
力石が絶叫する。
少し経ち、「はーい」と気の抜けたような声が聞こえる。
力石は「ん?」と一度木から降りた。
その後、追いかけるように、離れた位置の木からゆっくり降りてくる梓馬が見えた。
「大丈夫か!」
力石が駆け寄ると、木から降り終えた梓馬が軽くふらつきながら、
「とりあえず、リキさんが降りるのを確認してから急いで窓から飛んだんだけど……ギリギリ過ぎて、死ぬかと思った……」
と、木の根にへたり込む。被っていた航空ヘルメットも、落下時の混乱で失ってしまっている。
力石はホッとし、通信機が動くか確認した。
「こちら力石と梓馬。ヘリは失ったが、何とか命は失わずに済んだ」
通信を受け、英賀やレイモンドがホッとする。
だが、力石と梓馬はもう戦闘に参加することは実質不可能だろう。
勇海は、力石が残した「アンチマテリアルライフル」の言葉を頼りに、M24のスコープで敵の狙撃手を捜した。ヘリへの着弾から、おおよその方向は判断出来る。
「見つけた!」
勇海は叫ぶ。相手は、野外での狙撃の基本ともいえる「ショット&ムーブ」に乗っ取り、別の地点へ移動しようとしていた。
「セーフハウスの南一二〇メートル地点の丘――方角から察すると、テロリストじゃなくてPMC共の増援だ!」