第116話
千葉県内に位置するMDSI本部にて――
扉が乱暴に開かれたかと思えば、「太刀掛さん!」と入ってきた男が呼ぶ。
「やぁ、勝連さん。しばらくぶり」
「そちらも、我々が不在の内に大変なことが起きていたようですね」
太刀掛仁と勝連武が言い合う。
さらに開いている扉から、勇海新や雲早柊、英賀敦といった主立った面々が入ってくる。
「あぁ。ひとまず、ユーラシアのテロリストどもは片付けたが、今一つ、別勢力が介入して来ようとしている。邑楽、説明を頼んでもいいかな?」
太刀掛は同室内にいた諜報部の長である邑楽雅に話を振る。
「えぇ。まず、太刀掛さんが持ち帰ったタグですが――」
机の上に、QRコードの書かれた認識標を置く。
「これは、アメリカの民間軍事会社で使用されているID管理用タグです」
「アメリカだと?」
勇海が思わず叫ぶが、勝連は無視して先を促す。
「傭兵、か。雇い主は?」
「この会社の商売相手は多岐に渡りますが、ここ最近アメリカからの仕事が多いですね」
「軍、ですか?」
雲早の質問に、邑楽は黙って首を横に振る。
「アメリカ中央情報局――CIAよ」
「よくそこまで調べられましたね」
英賀が驚く。
「一見頑丈な防壁も、思いも寄らないところに穴があるものよ――まぁ、ここからは企業秘密だけど」
邑楽が最後は茶化して言う。
「あれ? 今回僕達が中東に行ったのは、CIAからの情報提供があったからですよね? 何故そのCIAが邪魔を?」
英賀が疑問を呈する。
「あっちも一枚岩じゃない、ってことだろ?」
邑楽に代わり、勇海が答えた。
「えぇ……今、まどかが情報提供者にコンタクトを取ろうとしているわ」
どうやら、すでに司令官の秘書である結城まどかが行動を開始しているようだ。
「なら、まどかが仕入れてきた情報次第で、これからの方針が決まる、ってことかな?」
「そうなるだろう」
勝連が答えたところに、「失礼します」の声が掛かった。
「名雪。どうしたの?」
「セーフハウスから救援要請です」
名雪が顔色を変えず、淡々と報告する。
「何だと!」
驚きの声が上がった。
「いくらなんでも早すぎる」
太刀掛が呻く。件の女性科学者の身柄を確保してから、まだ一日くらいしか経っていない。
「状況」
「すでに敵に囲まれています。明智と綾目の二人で隠し通路から対象を待避、残り四人で時間を稼ぐ模様」
「敵は?」
「ユーラシアか別勢力かはまだ判断が付かない模様」
邑楽の質問に、名雪が答えていく。
「どうします?」
「決まっている。出撃準備! 私から司令官に話を通す。ヘリの準備をしろ!」
「了解!」
勇海達が慌ただしく部屋を出ていく。
「私も付いて行きましょうか?」
「いいのか?」
「貴方達は戻ったばかりでしょ? なるべく戦える人間は多いに越したことはないわ。うちの忍坂がヘリを動かせる。それに、名雪と花和泉の技術もあった方が対処しやすいんじゃなくて?」
邑楽の提案に勝連は少し考え込み、
「分かった。その言葉に甘えよう」
勝連が今度は太刀掛に向き合い、
「タチさん、すまないが貴方は待機していてくれ」
と、珍しく渾名で呼んで頼み込む。
「どういうことだ?」
太刀掛が疑問符を浮かべる。一緒に行くつもりだったようだ。
「敵の規模が分からない以上、全ての戦力を一カ所に集中するわけにはいかない。いざというとき、タチさんが居てくれれば、大抵の状況を任せられます」
勝連の言葉に、太刀掛が息を吐き、
「お前の言葉じゃなければ、何か体よく遠ざけられていると感じるところだ」
と、苦言を言う。
「すみません」
「言うな。安心しろ、信頼には応える。それが私の役割であり、責任だ」
「ありがとうございます」
勝連が頭を下げる。
「よせ。若い隊員達が見ていたら示しが付かんぞ。それよりも、今は隊長としての責務を果たすべきだ」
「はい」
再度頭を下げ、勝連も動き出す。
一方、セーフハウスでは新たな動きがあった。
ユーラシア人民解放軍とは別の部隊――勝連達が想定した通り、民間軍事会社の面々が行動を起こす。
セーフハウス玄関からちょうど真逆の、すでに一度侵入された後にシャッターの閉まった窓に近付く。
シャッターの近くには、侵入を援護した後、シャッターに阻まれて次にどうするか迷う男達がうろうろしていた。
PMCの男達が、相手に気付かれる前にM4カービンを発砲し、片付ける。銃口には減音器が付いているため、音ですぐにバレることはない。
「よし、吹っ飛ばせ」
隊長が命じると、隊員の一人が、対戦車砲のFFV AT4を構えた。
対戦車榴弾が発射され、シャッターに命中して爆発した。
「A班は突入。B班、C班はユーラシアの妨害をしろ。全滅させる必要はない。対象確保までの間、A班に意識が向かないようにしろ」
隊員達が「了解」と応え、散っていく。
隊長を含めたA班に分けられた男達が、先程の爆撃で開いた大穴から室内に侵入した。