第115話
廃工場から丸一日が経過した夜のことだった。
「ん?」
セーフハウスの中で、スマートフォンの画面を見ていた柚嵜鈴が不審な声を上げる。
「どうしました、ユズ?」
近くで筋トレをしていた三十刈渡がその様子に気付いた。
「外の防犯カメラが潰された……あ、また」
タッチ画面を叩きながら、柚嵜は言う。
都市郊外に位置するこのセーフハウスの庭には、窓からの視界を潰さない程度に木が植えてあり、その内何本かには、防犯カメラを取り付けてあった。隊員のスマートフォンに、その画像を送ることが出来る。
それが通信不可能になっていた。
「ちょっと待ってくださいね……確か、ここ通常のカメラ以外にも光ファイバーの小型監視装置仕掛けてましたよね?」
三十刈が自身のスマートフォンを操作する。
プロが見て比較的分かりやすい位置に防犯カメラが設置してあるのに対し、木の根本や花壇のレンガの隙間など、気付きづらい場所に超小型のカメラを仕込み、光ファイバーケーブルで地下の警備室にあるPCに送られる。これもスマートフォンによる遠隔操作で、リアルタイムで見ることが可能だ。
複数に分割されて表示された画像を一つ一つ確認していく。
「……いた。いや、これは……ユズ、姐さんに連絡だ」
「敵?」
「あぁ。すでに囲まれている」
三十刈の言う通り、セーフハウスの周りを敵が囲んでいた。
「いいか。報告によると、中には十人といない。監視カメラを壊したからすでに気付かれているだろう。手はず通り、入り口と窓それぞれから侵入。相手の戦力を分断して叩きつつ、女を奪還だ」
部下達が無言で頷き、一斉に動いた。彼らの主な装備は、G3ライフルや短機関銃のMP5Kに、ブルパップ式アサルトライフルのシュタイアーAUG。サイドアームとしてグロック17をホルスターに収めている。
AUGとMP5Kで武装した男達が、入り口や窓に向かい、G3ライフルを持った男達がそれを援護する。
一方、それを監視する別の集団もあった。
「ユーラシア人民解放軍、動き出しました」
望遠鏡で覗いていた男が、隊長に報告する。
「我々も動きますか?」
「いや」
隊長は首を横に振る。
「前回の時のように狙撃手が配置されているかもしれない。焦りは禁物だ」
前回、玉置みどりの身柄を確保するために動かした連中は、行動を早めすぎて何の収穫もないまま全滅させられた。
「誘うためにわざと守りが薄い場所に匿っている可能性はある。決して油断するな」
そんなやり取りが行われているとは知らず、ユーラシア人民解放軍の男達が、突入を開始した。
入り口の扉はドアノブと蝶番に弾丸が撃ち込まれて破壊される。即座には入らず、あえて相手が撃って出てくるのを待ちかまえる。
その間に、別働隊が窓ガラスをハンマーで叩き割って中に入った。窓ガラスを割って侵入出来た部屋は三カ所。
「敵影なし」
「クリア」
「こちらには対象なし」
次々と侵入した男達が無線機で報告を交わす。
ひとまず入った部屋の探索を終え、次の部屋に向かおうとしたときだった。
警報が鳴り、内側から窓にシャッターが閉まる。
慌てたのは、侵入していた男達だ。シャッターに弾丸を撃ち込むが、びくともしない。
「罠だ!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、ドアがわずかに開き、投げ込まれたものがあった。起爆し、激しい音響と閃光が男達を襲う。
スタングレネードによって、三部屋に侵入した男達は瞬く間に恐慌状態に陥る。
だが、男達の悲劇はそれだけでは終わらない。
ドアが完全に開き、目も耳も麻痺した男達に向け、ライフル弾がフルオートで撃ち込まれた。各部屋の男達はろくな抵抗も出来ないまま一方的に撃たれる。
このことに入り口に展開していた部隊も焦った。無線からは悲鳴と銃声しか聞こえず、中の状況が分からない。
ひとまず、先行して四人ほどが入り口から内部に踏み込む。
直後、先頭の男が蜂の巣になった。散弾銃による射撃だった。二人目、三人目と次々と穴だらけにされ、突入した四人はあっという間に全滅する。
「おまけっ!」
ショットガンの持ち主が、手榴弾のピンを抜き、開きっぱなしの入り口から外へ投げた。入り口に集まっていた男達が、まとめて爆発に巻き込まれ、吹き飛ぶ。
「案の定だったな」
ユーラシアの連中が爆発で吹っ飛ばされる様を見ながら、
「だが、今の様子から、中の戦力が全てか?」
と、分析する。
「どうしますか?」
部下が思わず聞く。
「仕掛ける」
隊長は答えた。
「おそらく、中に籠城して援軍が来るのを待つつもりだろう。そうと分かれば、わざわざ増援を待ってやる必要はない。到着前に、一気に攻め込んで目標を確保する! 全員に通達!」
「これでしばらくは踏み込むのを躊躇するかな?」
フランキSPAS15ショットガンを持った三十刈が呟き、弾倉を交換する。
すると、背後から「ミト」と呼ぶ声。
「皆さん、侵入者達は?」
「ちゃんと片付けたわよ」
一同を代表して楠が言う。
望月、柚嵜、楠の三人は、G36Cカービン銃で武装していた。
「しかし、もう攻めてくるのか! 早すぎでしょ!」
三十刈が思わず毒づくが、
「それだけ、あの女が重要ってことでしょ」
と、柚嵜がざっくりと切り捨てる。
「たった四人でどれだけ時間が稼げるか……」
楠が考え込むが、
「悲観的になることもないわ」
と、望月が言う。
「もう、相手の目的は果たせない。その時点で私達にとって、最悪の敗北は防いでいるわ」
――四人がそんな会話を繰り広げている頃、明智とルナはみどりを連れ、セーフハウスから地下数メートル下に位置する下水道を走っていた。
「まさか、こんな脱出口があるだなんて――」
「まるで映画みたい、と言うのかしら?」
明智の発言をルナは遮る。みどりは黙って言う通りに付いてきていた。
セーフハウスで望月達四人が戦って時間稼ぎをしている間に、明智達は地下室から下水道に続く隠し通路を通り、密かに脱出していたのだ。
「で、どこへ向かっているんだ?」
明智はルナに尋ねる。
「そうね――本当なら本部に向かいたいところだけど、徒歩じゃ遠いかな……」
ルナがスマートフォンでGPSを呼び出し、一旦考え込む。数秒後、あることに気付いた。
「確か、喜三枝さんの訓練施設が近くにあったわ」
彼女が思いついたのは、明智も下宿している、MDSIの訓練施設――兼喜三枝美妃の道場だった。
「なるほど。ただ、あそこはあくまでも訓練施設だから、警備は――」
明智が懸念点を口にするが、
「まぁ、そこは問題ないでしょ。喜三枝さん、強いし」
「……それは否定出来んが」
「一時的に匿う分には問題ないと思う。そもそも私達もいるし、着いてからすぐに援軍を呼んでもらえさえすれば、どうとでもなるわ」
どうよ、とばかりにルナが明智を見る。
「分かった。その案で行きましょう」
明智としては、他にいい案が思いつかず、その提案に乗るしかなかった。