第114話
太刀掛仁は本部のある千葉市に入る前に、コンビニに立ち寄った。コーヒーを購入し店の外に出たところで、懐のスマートフォンが着信する。
「私だ」
『駿河です。今よろしいですか?』
「問題ないよ」
車に戻りながら通話する。相手は駿河申だ。彼には廃工場での後処理を頼んでおいた。
『件のトレーラーの中身を確認し終えました』
「諜報部には?」
『すでに画像データを送ってあります』
「そうか。で、何かあったのか?」
太刀掛は重ねて問いかける。諜報部に情報を送っておきながら自分にも連絡が来たということは、緊急の案件に違いないと思ったのだ。
『順を追って説明させていただきます』
駿河も、普段の低音から繰り出されるお茶らけた女言葉が一切出てこない。かなりの非常事態として間違いないだろう。
『まず、トレーラーで運ばれたのは、培養設備です』
「培養……」
この言葉だけで、太刀掛にはピンと来るものがあった。
「ウィルスや細菌、のか?」
『その通りです』
先程確保した女性は、生物学者だ。簡単に予想が着くものだった。
「で、設備だけしかなかったのか?」
さらに問う。
『はい。ウィルスや細菌の元となるものは何もありませんでした』
駿河は太刀掛の意図に気付いたようだ。
太刀掛はその答えに考え込む。
いくら培養設備が整っていても、種となる菌がなければ、増やすことは出来ない。無から生物を作り出すことなど、錬金術師でも不可能なのだ。それは歴史が証明している。
問題は――その種菌が、どこにあるのかだ。
「……む」
『タチさん?』
太刀掛の声に、電話の向こうから疑問符が投げ掛けられる。
「一度切るぞ」
太刀掛は通話を打ち切る。
「お客さんだ」
太刀掛の周りを四人の男が囲んだ。
「……物騒だな。こんな店近くでも親父狩りが出るのか」
相手は何も反応しなかった。
観察してみると、懐に拳銃を持っていることは明らかだった。ただの金銭目的の強盗ではない。
太刀掛が思わず後ずさる。
背後の男の一人が掴みかかった。
打撃音。
太刀掛の左足が後方に上がり、誘いに乗って掴もうとした男の股間を、踵で強打した。次の瞬間、前屈みになった男の顔面に太刀掛の左肘がめり込む。
前にいた男が、懐からグロック17を抜いた。
だが、銃口が太刀掛に向けられる頃には、太刀掛がグロックのスライド掴んでいた。スライドを後退させつつ、マガジンキャッチを押して弾倉を落とす。薬室内の一発も、スライドが限界まで後退させられたことで、排出された。男の手に残ったのは、弾が入ってないグロック17だけだ。
「接近戦で銃を抜くのは素人だけだ」
その言葉と共に、銃から離した右手で首に手刀を落とす。
男が糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「野郎!」
残った二人の内、一人が銃ではなくナイフを抜いた。
斬りかかってきた男の手を、右の掌底で逸らし、左手を指を伸ばした状態で鳩尾に突き出す。鍛え抜いた手から繰り出される「貫手」が、一撃で男の意識を飛ばした。
最後の一人は、全力で太刀掛から距離を取っていた。その手には、すでにグロック17が握られている。
「賢い選択だ」
そう言い、太刀掛は地面を転がった。それを追いかけるように、グロックが発砲され、地面に弾痕を穿つ。
しかし、太刀掛が片膝を立てたと同時に、男が撃ち抜かれた。転がりながらも太刀掛は懐からS&W製の回転式拳銃M10「ミリタリー&ポリス」を抜き、棒立ちで撃ち続ける男を撃ち倒したのだ。
「だが、実力が伴っていない」
そこへ、複数の足音が響く。
太刀掛が近くに停めてあった車両に身を隠したところに、新手が持っていたMP5K短機関銃を撃ち始めた。瞬く間にボディが穴だらけになり、ガラスが砕ける。太刀掛は弾丸が貫通しないエンジン部を遮蔽物にしていたため、一発も当たることはなかった。
相手が一旦銃撃を止めたところで、太刀掛は反撃に出る。ボンネットの陰から上半身を出し、M10を二発撃つ。二人の男がそれぞれ左右の肩を撃たれて倒れ、残りが銃撃を再開した。
太刀掛が再度隠れる。
「しかし、ずっと撃ち合っている場合でもないな」
M10の弾倉内には残り三発。先程パッと確認したところ、まだ四人はいた。もしかしたら、まだ何人か待機しているかもしれない。
「しかも、弾込も禁止か!」
隠れたまま、右手を伸ばして撃つ。回り込もうとした男が撃たれて転がった。
これで残り二発。片付けるには弾が足りない。
「よし、一気に畳み――」
一人が指示を出そうとして、不意に声が途切れる。
太刀掛はそっと片目を出して確認した。他の敵も、不自然な言動をした男を見る。
男が銃を手放し、両手で首を押さえてもがいていた。その背後にはいつの間にか名雪琴音が立ち、男の首にワイヤーを巻いて絞めている。
他の二人の反応は早かった。咄嗟に短機関銃を名雪に向けて撃つ。
首を絞められていた男が蜂の巣になる中、すでに名雪はワイヤーから手を放し、伏せていた。
太刀掛が、男の内一人を背中からM10で撃ち倒す。
最後の一人が一瞬どちらを撃つか迷うが、そのとき足を撃たれて倒れた。伏せていた名雪がスプリングフィールドXDピストルを撃ち込んだのだ。さらに倒れた男に追撃し、頭を撃って止めを刺す。
「……ご無事ですか、タチさん」
「あぁ」
太刀掛がM10の銃口を下ろしながら応える。
「他に敵は?」
「四人、離れた位置で付けていた者がいました。すでに対応済みです」
「苦労をかけたな」
太刀掛が労り、名雪は「いえ」と応える。彼女には、密かに太刀掛の周囲に潜んでもらい、襲撃者がいないか見張っていてもらったのだ。
「さて、こいつらはユーラシアか、それとも別勢力か……」
「……ひとまず、息のある者を何人か連れて戻りましょう。情報源になるかも」
「それもそうだな」
名雪の提案に、太刀掛は乗った。ここまで派手に銃声を鳴らした以上、警察が来る前に撤収しなければならない。比較的軽傷の敵を三人ばかり縛り上げ、太刀掛の車に乗せる。
名雪が再び夜の闇に溶け込み、太刀掛は車を発進させた。