第112話
四人の男達が爆破された正門を突破する。
次の瞬間、先頭を走っていた男の首が撥ねられた。切断面から、鮮血が噴き出す。
慌ててAK102を向けた男の両腕に、清水成は持っていた山刀を振り下ろした。カービンを持った腕が、地面に落ちる。
清水が二人片付けている間に、子桃園舞が残り二人に肉薄した。
右手のクリスナイフを叩き付けるが、男が咄嗟にカービン銃で斬撃を防ぐ。
しかし、すでに子桃園の左手が動き、攻撃を終えていた。逆手に握られたカランビットが、両膝を斬り裂く。足に力が入らず倒れた男の手から、銃を蹴り飛ばした。
最後の一人は、銃では不利と判断して、持っていたAK102を子桃園に投げ付けた。子桃園が身を反らしながら腕で払いのけたところに、ナイフで斬り掛かる。
子桃園は左手のカランビットでナイフを受けつつ、右手のクリスナイフで男の右腕を斬り付けた。そっと刃で撫でたような動きだが、炎のように波打った刃は、それだけで血が噴き出るまで傷口を広げてしまう。
男が反射的に左拳で殴ってきた。
子桃園は頭を傾けて避けながらカランビットで左腕の腱も切断する。カランビットがさらに胴を裂き、男が動きを止めた。止めにクリスナイフが男の首筋を斬り刻み、刃が頸動脈まで達する。
男達の方は、運転手含め残り五人まで減った。
「くそ、退却だ!」
リーダーは命じる。この人数では任務続行が困難と判断したのだ。
外で撃っていた部下と共に、車に乗り込もうとする。
「逃がさないわ」
女の声がした。
部下の一人が、乗車途中で銃を声の方向に向けようとするが、声の主の方が早い。
立帆はFive-seveNピストルを撃った。二発の5.7mm口径弾が男の胸に着弾した。
他に誰も乗っていないSUVとワゴンの運転手も慌てて拳銃を抜いて対処しようとしたが、立帆はそれを見越していたように素早く照準を変える。ワゴンの運転席に三発撃ち込み、SUVの窓の向こうで銃口を向けた運転手の眉間にも二連射。5・7ピストルの特殊徹甲弾の前では、窓ガラスは盾の役割を果たさない。あっさり弾丸が貫通し、運転手が撃ち抜かれる。
「さっさと出せ!」
リーダーが、自分が乗ったSUVの運転手に怒鳴った。
しかし、その要望が通ることはない。
音もなく飛んできた弾丸が、フロントガラスを突き破り、運転手を仕留める。
リーダーの視線の先では、先程狙撃してきた相手が接近していた。銃口は、間違いなくリーダーに向いている。
「ちくしょぉぉぉ!」
叫びながら、リーダーは車から降りてAK102を撃とうとするが――
その前に、VSSヴィントレスから放たれた特殊弾が、首を撃ち抜いた。喉から空気の漏れる音が鳴ると共に、血が霧吹きのように飛び散る。
「……片付いた」
名雪がポツリと言い、VSSの銃口を下ろす。
「何者なのかしら、こいつら」
立帆は言いながら、撃った敵の生死を確認していた。SUVの運転席側のドアを開ける。中に、頭を撃たれた男が倒れていた。ピクリとも動く様子はない。
「ん?」
立帆は、その死体を見てあるものに気付いた。倒れた拍子に襟元から飛び出している細い鎖とそれに繋がった楕円形の物体。まさかペンダントではあるまい、と思って調べる。
「ドッグタグ?」
鎖から千切り、よく確認する。
それは一昔前の戦争映画でよくあるような、兵士の名前や所属が刻まれたものではなかった。代わりに、QRコードが記されている。おそらく、コードを読み込んで何らかのリストと照合することで身元が判明するのだろう。
立帆と名雪の二人は、運転手含めた全員のタグを集めた。工場に突入した面々の分も清水達が回収する。
久良木達に通信を入れ、敵の死体にタグがあれば持ち帰るように頼んだ。
外での騒ぎが一段落している頃、明智、太刀掛、望月の三人は工場奥のクリアリングを進めていた。一部屋ずつ確認しては、中の敵を掃討する。
明智はM4カービンもショットガンも撃ち切り、すでに右手で脇差しを抜いていた。右手の刀で敵を斬り、左手のコルト・ローマンが撃ち抜く。
太刀掛や望月も、どちらかというと閉所での戦闘が得意な人間だ。銃を構えるのに適しない空間で、相手が撃つ前に接近しては拳や蹴りを振るう。
時に望月の手から鋲が投擲された。柄の末端のリングに付けられた、飛距離を伸ばすための布が、投げられる度になびく。
最後の部屋の捜索に差し掛かった。
先頭は明智だ。
ゆっくりとドアノブが回る。
扉が開いた。
明智は室内に滑り込み、索敵する。
奥に一人の人間がいた。その人物が、驚いて椅子から立ち上がった。
明智は反射的に銃を向け掛けるが、その人間が武装していないことを確認し、銃口を下ろす。目を細め、目の前の人物を観察した。
明智は、思わず息を飲んだ。
――もう二度と会えないと思っていた。
右手に血の滴る脇差しを、左手に硝煙薫る拳銃を握りながら、明智真は呆然と立ち尽くしていた。
彼の目の前に、一人の女性が立っている。
色素が薄く茶色掛かった長い黒髪、端整な中に憂いを帯びた顔立ち、赤みがかった瞳――
「――さやか」
思わず、真智明はその名を呼んでしまっていた。
――その名を持つ人間が、すでにこの世にいないということを、受け入れたはずなのに。
彼の口は、故人の名を叫んでいた。
それほどまでに、目の前にいた女性は、村雨さやか――かつて真智明が愛した女性に、瓜二つだった。