第108話
明智達突入部隊が戦闘準備に入った頃――
ユーラシア人民解放軍が拠点とする廃工場から離れた、まだ鉄骨による骨組みだけの建設途中のマンション――
その上部に一組の男女が陣取っている。
男の方は、組まれた鉄骨に背を預け、ゆったりと座るようにして、ライフルを構えていた。鉄骨の足場の上で片膝だけ立て、足でバックパックを固定して、その上にライフルのハンドガードを乗せ、安定させている。
女の方は、掛けていた電話を切り、持っていた双眼鏡を覗き直した。その視界には、現在の風向や風速、湿度などが写る。
二人は、男が狙撃手、女が観測手の狙撃コンビだ。二人とも、吹き曝しになっている鉄骨上で、寒風に煽られているのにも関わらず、表情をまるで崩さない。
「タチさんはなんて? ヒカリ」
男の方が尋ねる。
「監視を続けろ、と。突入の際に指示が来るわ」
女が答える。
「了解了解」
男はライフルを構え続ける。
男――久良木連二が構えるのは、フランスPGMプレシジョン社製のボルトアクション式狙撃銃、ミニヘカート.338。長距離射撃用の.338ラプアマグナム弾を使用する。名前に「ミニ」と付くのは、同社の五〇口径対物ライフル、ヘカートⅡの構造を採用しつつ、使用弾を対物から対人用にダウンサイズしたものだからだ。
風向きが僅かに変わった。
女――霞末光が、指示を出し、それに併せて久良木がスコープのレティクルを調整する。
覗いているレンズの先では、行動を開始した仲間達の動きが見えていた。
廃工場近くに隠れていたMDSI隊員達が、一斉に装備を調える。
明智、太刀掛、望月、ルナ、楠の五人は別働隊として廃工場の裏手に回った。
諜報部の名雪と、関西支部の立帆は、狙撃で正面からの突入を援護する。
「狙撃の真似事は出来ますけど、本職には適いませんよ」
「……難しく考えなくていい。ただ、動きを止めた相手を撃てばいい」
二人が使用する狙撃銃は長距離射撃よりも、近・中距離で確実に敵を排除することを目的に選ばれていた。
名雪が使うのは、ロシアの特殊部隊向け狙撃銃VSS、通称ヴィントレス。銃身一体型の減音器を装備し、9×39mmの特殊徹甲弾を使用する。この弾薬は、飛翔体の放つ激しい衝撃波を抑えるため、低速の亜音速弾としながら、四〇〇メートルの距離からボディアーマーを貫通出来る。静かな殺しを得意とする名雪にとって、これほど合う銃器は草々ないだろう。
立帆は、イギリスAI社製のボルトアクション式ライフル、AWを使う。7.62mmNATO弾を使用する、AWシリーズでは基本となるモデル。見た目としては、長時間構える際に手首への負担が少ない、サムホール(親指を通す穴)を開けたピストルグリップ付の直銃床が大きな特徴。位置がバレないように、銃口に減音器を取り付けてある。
二人はカウンタースナイプを警戒し、伏せた状態で黒いポンチョを被り、辺りの風景に同化した。
正面から突撃するのは、駿河達東海支部の三人と、三十刈、柚嵜の四国支部の二人だ。
突撃の指揮を執る駿河はH&K UMP短機関銃の9mmパラベラム弾仕様を装備。勝連が使ったものと弾種が違うのは、自身の拳銃SIG P320に合わせたからだ。
部下の二人は、以前の作戦時と同様に、清水がH&K G36Cカービンを、子桃園がシュタイアーAUG短銃身カービンをそれぞれ装備し、各々専用のナイフを構える。拳銃は、二人ともグロック17を使用。
四国から応援に来た二人は、「持てるだけ武器を持ってきました」感を出すかのように大量の銃器で武装していた。
まず、三十刈は主部器として7.62mmNATO弾を用いるライフル、FN FALを装備している。これはM16などの5.56mm口径のアサルトライフルが世に出る前に、開発国のベルギーの他にイギリスや英連邦加盟国などでもライセンス生産・採用されたライフルだ。撃ったときの反動のキツさからフルオート射撃には適しないが、単射での精度は高い。
背中にはレイモンドも愛用するイタリアのショットガン、フランキSPAS15をスリングで担ぎ、腰にはイタリアのベレッタM12サブマシンガンがぶら下がっている。
柚嵜は、ドイツのH&K G3ライフルを近代改修したモデルを使用する。具体的には、レールシステムによって光学照準器を付け、ハンドガード下にはM203擲弾発射器を取り付けている。
さらに、サブウェポンとしてMP5短機関銃を所持していた。
拳銃は、二人ともスライドがざっくりとカットされて銃身が見えるデザインの拳銃――ベレッタ系列のものをレッグホルスターに納めている。
五人が、廃工場の敷地に入るための正門に近付く。当然ながら、門は閉じられていた。
「しっかし、暗いですね!」
三十刈が開口一番に言う。一応声は抑えているつもりなのだろうが、やはり近くで聞いている駿河達にとってはウルサい。
「まぁ、夜だし?」
清水が応えたところに、装填音。
一同が音のした方を見ると、柚嵜がライフル下部のランチャーにグレネード弾を装填したところだった。
「すぐに明るくしますよ」
そう言って、柚嵜がG3ライフルを構える。指は、擲弾発射器のトリガーにかかっていた。
駿河が「はぁ」と溜息を吐き、無線で連絡を入れる。
「こちら駿河。そちらの状況は?」
『太刀掛だ。ちょうど配置に着いた。いつでもいい』
駿河は「了解」と返し、合図を出す。
「よし、カウント後に突入! 5、4、3、2、1、てぇっ!」
カウントを聞き、柚嵜がトリガーを絞った。正門が爆発で吹き飛ぶ。
廃工場内が、騒がしくなった。見張りに就いていた男達が慌てて銃を掴み、駆け出す。
柚嵜はすぐに次弾を装填し、再度発射した。
今度は、敷地内に停められていたセダンに命中、炎上し、辺りを炎が照らし出す。
「ほら、明るくなったわよ?」
「誰がうまいこと言えと」
駿河が呆れながらも、一同は壊した門から敷地内に侵入した。すぐさま、銃器を持った敵が駆けつけてくる。
「制圧する! 抵抗する者に容赦をするな!」
駿河が叫び、部下達が「おぅ」と応え、銃を撃ち始める。
FALとG3がリズムカルに吼え、遠くから一方的に敵を撃ち抜いた。それを潜り抜けて接近してきた敵に、他の面々が容赦なくアサルトライフルの連射を加える。
清水が、愛用の山刀、タリボンを左手で抜いた。刀で銃を弾き飛ばすと、相手の腹部に切っ先を突き立てる。右手のみで支えていたG36Cのハンドガードを男の肩に乗せて安定させた。男を弾避けにしながら、カービンをフルオートで撃ちまくる。
子桃園も、左手でクリスナイフを抜いた。敵の集団の足下に、AUGで弾をばらまく。足を撃たれて姿勢を崩した敵に肉薄した。時に顔面を蹴り、時に頭を踏みつけ、立ち上がろうとする敵がいれば、その首を波打った刃で斬り刻む。
駿河は短機関銃を短連射しつつ、近付いた敵に対して、肘打ちや膝蹴りで急所を打ち抜き、骨を砕いた。
時折、彼らの死角を突こうとした敵を、名雪と立帆が狙撃して的確に処理していく。敵も狙撃手がいることには気付いたが、減音器のおかげですぐに位置が分からない。狙撃に対処する前に撃たれるか、気を取られているうちに駿河達の接近を許して無力化される。
銃撃戦の中、トレーラーの運転席に乗り込んだ敵がいた。
「逃げる気か!」
いち早く気付いた三十刈が叫ぶ。
「させません」
柚嵜はG3ライフルの射撃を一旦止め、三発目のグレネード弾をM203に装填し、発射した。
放った擲弾が、緩い放物線を描き、トレーラーの全面に命中した。炸裂し、ライトやフロントガラスが割れ、バンパーの上が衝撃でひしゃげる。運転席に座っていた人間は即死だろう。
「これで逃げれません」
グレネード弾の空薬莢を捨てながら、淡々と言う。
「何という無茶を……」
駿河が唖然とする中、工場内から一際大きい銃声が外に漏れる。
「中も激戦みたいですね」
子桃園が言う間でもない。
「残りの敵を片づけ次第、内部へ突入する! 続け!」
駿河が銃声に負けない勢いで声を上げ、戦闘を続行した。