第102話
代赭色の砂が何処までも続くような大地。
その中を六台の車両が走行していた。砂埃が舞い、タイヤの後もすぐに新しい砂が覆って消されてしまう。
走っているのは、各国の軍隊が特殊作戦に使用するランドローパー。各車二、三人ずつの特殊部隊隊員達が搭乗している。車には、様々な銃器が積まれていた。
運転を担当している隊員は、ナビ代わりに取り付けられたスマートフォンの画面を確認しながら進んでいく。そこには、GPSで現在の位置と、前に通った車両の軌跡が載っていた。画面上のルートを参考に進んでいく。
「何度も言いますが、表示されているルートから数メートルと外れた瞬間、地雷の餌食です。細心の注意を」
通津理が注意をする。
彼の言う通り、今防衛省特殊介入部隊――MDSIの面々が通っているのは、地雷原の中だった。正しい道を通らなければ、吹き飛ばされてしまう。そうならないための道筋は、普段使う人間にしか分からない。
通津が以前、発信機を仕掛けたジープは、この道なき道を使っていた。ジープの発信機からGPS信号を出力させて座標を記録し、安全なルートを探ったのだ。そのおかげで難なくランドローパーは地雷を避けて進んでいく。
「しかし、バレてないだろうな?」
一文字肇が疑問を口にする。
「信号ってことは、電波出力しているんだろ? ちょっと調べられたらバレるんじゃないのか?」
「そこはご心配なく」
通津は自信満々に答えた。
「常に信号を出しているわけではありません。ジープ前輪のステアリングの角度を検知して、一定の角度になった瞬間のみ、バースト出力しています。発信機そのものも前の車軸近くに巧妙に隠したので、ひっくり返したって分かりません」
「お、おう」
専門用語の応酬に、一文字がたじろぐ。
「さっすがツヅ。機会イジりだけは一流だな」
「だけ、は余計だと思うんですが……」
勇海新のイジりに対して通津は口を尖らせ、一同から笑いが起きた。
「目標の施設、視認!」
先頭を走る車両から、花和泉幸が警告を送った。
「よし、各員、戦闘準備!」
二両目の車両から、指揮官の勝連武が指示を出した。一斉に隊員達は動き、搭載された武器を稼働する音がする。
先頭車両のランドローパーは、梓馬つかさが運転し、助手席には姫由久代が座る。助手席側に付いている軽機関銃M240の安全装置を久代は解除した。このM240は、FN社のMAG汎用機関銃を米軍向けに若干の改修を入れたモデル。
後部のルーフからは花和泉幸が顔を出していた。本来ならそこに車載銃が載るのだが、この車両には敢えて取り付けていない。
二両目は、指揮車両だ。副指揮官の英賀敦が運転し、その後部の銃座に勝連武がいた。そこに搭載されているのは、ブローニングM2重機関銃。一九三三年から現代に至るまで使用され続ける銃で、12.7×99mm弾という、アサルトライフル用の約二倍の大きさを誇る強力な弾丸をばらまく。その巨大な弾が、ベルトリンクで何百発と繋がっていた。
三両目、四両目も指揮車両同様にM2重機関銃を搭載していた。
雲早柊、弦間匠がそれぞれ運転をし、銃手を勇海新と一文字肇が担当する。
五両目、六両目には、重機関銃の代わりに、擲弾発射器が車載されていた。アメリカ軍の採用しているMk.19。40mmグレネード弾を、毎分四〇から六〇発もフルオートで撃てる。六〇キログラムを越える重さがネックだが、車載ならそこまで問題にならない。
五両目は、皐里緒が運転し、搭載銃は登崎岳が構えている。助手席には、コンピュータを操作していた通津理が座っていた。
六両目は、龍村レイ=主水が運転を、力石満が銃手を担当する。
先頭車の報告通り、目的の研究所が見えてきた。建物の周りを高い塀で囲っており、門は堅く閉じられている。
「地雷があっても安心はしない、か……花和泉、門を破れ」
「了解」
花和泉は一度車内に引っ込むと、武器を肩に担いで現れる。スウェーデン製の使い捨て式個人携行型対戦車擲弾発射器、FFV AT4だ。アメリカ軍などがM72ロケット砲の後継として採用している。
花和泉は一度後方を向き、二両目以降が発射時のバックブラストの範囲内より離れていることを確認してから、狙いを点けた。
「カウント、3、2、1、ファイア!」
号令と共に、発射。弾頭が飛び出し、筒の反対側から発射薬による爆炎が噴き出す。乾燥した空気を焦がし、起こった風が砂塵を巻き上げた。
弾頭は門に命中し、爆発と共に吹き飛んだ。
「敵襲ぅぅぅぅぅ!」
研究所を守っていた兵士達が叫び、応戦しようとする。
門がなくなった入り口から、MDSIのランドローパーは次々と侵入した。銃座に積まれた重火器が唸りを上げる。
M2重機関銃が火を噴き、五〇口径弾が次々と吐き出された。
AK74アサルトライフルを持った兵士達が、次々と穴だらけにされる。有効射程が二キロメートルにも達する大口径ライフル弾の連射は凶悪だった。頭をスイカのように割り、鮮血であっという間に地面に赤い染みを広げる。五、六発も集弾しようものなら、身体が真っ二つになって肉片が飛び散った。
機関銃を三脚に載せたジープが発進した。侵入者に銃口を向ける。
そこへ、花和泉が新しく車内から引っ張り出したM72ロケットランチャーを撃ち込んだ。ジープが炎に包まれながら横転する。その様子を確認する間もなく、空になった発射器を捨て、新しいランチャーを車内から取り出した。
警報が鳴り、新手が研究所から姿を現した。
M2重機関銃を撃ち続ける勇海達と交代するように、最後尾にいたランドローパーが前に出る。
登崎と力石がMk.19擲弾発射器のトリガーを絞った。グレネード弾が次々と撃ち出された。一発のグレネードが炸裂するごとに、半径一五メートル前後の敵を殺傷する。爆発の連鎖に、新手はほぼ銃を撃つ暇なく炎に飲み込まれていった。
M2重機関銃を撃つ勇海の傍に、ライフル弾が着弾した。弾丸が飛んできた方向を見れば、研究所の二階から狙撃銃を持った兵士が三人程、こちらを狙っている。
「ユーミ!」
停車させていた雲早が警告を送る。
「素人め」
勇海は機関銃の銃口を上げた。
「狙撃ってのはこうやるんだ!」
引き金を絞り、一発だけ撃つ。今にも第二射を放とうとしていた兵士の頭が吹き飛んだ。立て続けに二発目、三発目を撃ち、残りの狙撃手を討ち取る。
「何だ、せっかくライフル引っ張り出したのに」
運転席で、ハンドルを握りながら片手でHK416カービンを取り出していた雲早が愚痴る。
「お前の手を煩わせる程の相手でもないだろ」
勇海は言い返し、重機関銃の連射を再開する。
ここで、勝連からの通信が入った。
『各員に通達。外の敵が減ってきた。内部へ突入を掛ける』
「お、そろそろか」
そこへ、施設内にあった車両を破壊して回っていた梓馬の運転するランドローパーが合流した。
「入り口を作ります。続いてください!」
「あいよ!」
花和泉の声に応答すると、二台のランドローパーが建物に向け走り出す。花和泉は、新しいM72を構えていた。
久代がM240汎用機関銃を撃ちまくって歩兵を蹴散らしたところに、花和泉のロケットランチャーが発射される。壁に大穴が開き、そこから室内に突入した。
建物内でも、ライフルを構えている敵はあちこちにいた。機関銃が唸りを上げて兵士を蜂の巣にし、花和泉の撃った対物砲が遮蔽物ごと敵兵を吹き飛ばす。
運転席の梓馬や雲早も、P90短機関銃やHK416カービンを片手で連射し、撃ち漏らしを片付けていく。
「ここからは徒歩かな」
現れる敵を片付けながら進んでいくが、やはり車では室内の移動に限度があった。
「まぁ、M2もほぼ撃ち切っちまったしな」
そう言って勇海がランドローパーの中に身を沈める。
そこへ、さらに五人、ライフルを撃ちながら近付いた。厄介な重機関銃が射撃を停止したことで、勝機と思ったのかもしれない。
運転席の雲早がHK416で応戦をするが、撃つ前に車両後部ーー先程勇海が姿を隠した位置のドアが内部から蹴り開けられた。
次の瞬間、7,62mm弾の高速連射で、近付いた五人が一瞬で蜂の巣になった。
車内から、硝煙の匂いを漂わせるサコーM60機関銃を持った勇海が出てくる。銃身が通常のものより短く、二脚の代わりにフォアグリップを追加した、Mk.43というバージョン。劣悪な環境での長時間の射撃ではFN MAGの方が向いているが、こちらは軽量で持ち運びが楽な分、短時間の室内戦で構えながら撃つのに向いていた。給弾用のベルトリンクで繋がった二百発のライフル弾の入った箱を、機関部横に取り付けている。
「行けるか?」
勇海が問う。
雲早はすでにHK416を構えた状態でスタンバイしていた。
もう一台のランドローパーからも、女達が降りた。
運転をしていた梓馬は、メイン武器をミニミ軽機関銃に切り替え、P90短機関銃はスリングで腰に回している。
助手席の久代と、今までロケット砲を撃ちまくっていた花和泉は、雲早同様HK416カービンを室内用の主武器として持っていた。さらに花和泉は、撃たずに余ったM72ロケットランチャーを一本背負っている。
「いつでも」
「よし、突入だ! 目標は研究所内にある細菌兵器!」
五人は一斉に研究施設の奥へ突入した。