第101話
会議を終わらせたMDSIの面々は、セーフハウスから移動した。
移動した先は、廃墟が並ぶ中に建つ、オンボロな倉庫だ。
勝連が携帯端末でメッセージを送ると、シャッター隣の扉が開く。
「お待ちしておりました」
CIAのエージェント、セイラ・スバルだ。
中に入ると、数台の車両に、各種銃器が用意されていた。これらは、セイラがこの地域に展開中の米軍から調達したものだ。
車両は特殊作戦用車両――SOVとして幅広い部隊で利用されているランド・ローパー。うち数台には重機関銃や連射型の擲弾発射機が車載されている。準備された銃器は、アサルトライフルに短機関銃、軽機関銃に対物ロケット砲など様々だ。
「普段使っているものと多少差違はあるでしょうが、ある程度使い勝手のいいものを選んで調達したつもりです」
「助かる」
勝連が礼を言った。
日本国内から、海外に銃器類を運び出すのはかなり無理があった。一応、大使館を通じて輸送させるという手もある。基本的に、大使館への発送は他国の税関によるチェックなどが発生しない。ただ、拳銃など比較的小さいものは運び出せても、大人数分のライフルなどの軍事物資を運ぼうとすると、荷が大きくなりすぎて怪しくなり、無理があった。
何より、今回はCIAからの情報提供を基に国外で行う非正規戦闘――国内外問わず無用な詮索を受けかねない行動は避けるべきだった。そこで、銃火器類や乗り物の類は、CIAのセイラに委ねていた。
この前の一文字救出の際に使用したヘリコプターや銃器も、CIAを通じて米軍から借りた形だ。
「で、スバル。俺が頼んだものは手には入りそう?」
各自が作戦に使用する銃器を選んでいる間、勇海が問う。勇海は個人的にセイラに対して調達を頼んでいたものがあった。
「一応、二種類程ならすでに実物が手元にありますが……見ますか?」
「是非とも」
勇海の言葉に、セイラは溜息を吐きながらガンケースを取り出す。
「先に言っておきますけど、本来軍隊ではほとんど使われてないんですからね? 合わないからって文句は言わないでくださいよ?」
「そこまで心は狭くないよ」
セイラは「どうだか」と机の上にガンケースを置いた。その数二つ。
勇海はまず一つケースを開いた。その中に入っていたのは、ステンレス特有の鈍い銀色の光を反射する回転式拳銃だった。
「……コルトのキングコブラか」
勇海はぼそっと呟き、拳銃を手に取った。弾倉内に弾薬が入っていないことを確認しつつ、銃口を他の人間に向かないように構えてみる。弾の有無に関係なく、銃口を他人に向けないようにすることは銃を扱う上での最低限のマナーだ。
コルト・キングコブラは、アメリカのコルト社が八〇年代後半に開発した回転式拳銃だ。その頃のコルト社は、法執行機関のリボルバーの需要低下と、ライバルとなるS&W社製のリボルバーに対し内部構造の旧式化が問題となっていた。その問題を解消するため、内部構造の大幅な見直しを行って開発されたのがキングコブラだが、二一世紀に入る頃には絶版となってしまった。
今、勇海が手にしているのは、四インチ銃身モデル。普段愛用しているM686同様に銃身の下にはフルレングスアンダーラグが取り付けられている。これは、発射時の反動による銃口の跳ね上がりを和らげる錘の役割を果たす。
試しに、引き金を絞って空撃ちを行った。発砲音の代わりに金属の悲鳴。
「動作は悪くない」
引き金を絞ってからの弾倉の回転、撃鉄が起きてから激発までの動作に、大きな違和感はなかった。十分使用に耐えうる。
「それ、元々はあるSeals隊員の私物だったんだけど、去年怪我の後遺症が原因で退役したのよ。その時、残していったものよ」
「なるほど」
勇海は納得し、一度キングコブラをケースの上に置く。
「で、もう一丁も同じ理由かな?」
「えぇ」
勇海がもう一つのガンケースに手を伸ばした。
開く。
やはり、そこに入っていたのは回転式拳銃――ただし、キングコブラよりも弾倉やフレームが一回りも二回りも大きい。当然だろう。使用する弾薬すら違うのだから。
「S&WのM629――」
思わず、勇海が銃の名前を言う。
「使用弾薬、四四口径マグナム弾。銃身――六・五インチ。フルレングスアンダーラグ有りということは、クラシックラインによる後期生産モデル――」
先程のキングコブラの時と同様に空撃ち。やはり、普段愛用のS&W製品同様滑らかなアクション。マグナム弾を使用する拳銃は、撃ち続けると発射時の炸薬の衝撃でフレームが歪んでしまうことが多いが、これはまだその症状は見られない。状態としてはかなり良好だ。
「パーフェクトだ、スバル」
「お褒めに与り光栄ですわ」
勇海の賛美に、セイラは芝居かかった動作で一礼する。
その様子を見た一文字が、
「かーっ! お前、相変わらずリボルバー使っているのか」
と、揶揄する。
「そうだ」
「もうフランスの特殊部隊だってリボルバー使うの止めたぞ。物好きだな、お前は」
さらに一文字が呆れた声を上げる。
回転式拳銃は、現代においてかなり肩身の狭い存在と化した。最大の理由が、装弾数とリロードに掛かる手間だ。
昔のように戦場が広大な草原などなら、威力も射程も低い拳銃は主武器になることなく、むしろお守りのような要素が強かった。その際に求められるのは、引き金を引けば確実に弾が出ること。そう言った意味では、工作精度の都合で弾詰まりなどが起こりやすかった昔の自動式拳銃より、回転式拳銃が優れていたとも言えよう。
だが、現代では工作精度の向上によって、先の弾詰まりなどの事故は起こる確率がグッと減った。そうなれば弾を多く装填出来て、リロードの際にマガジンを交換するだけで完了する自動式拳銃の方が有利と考えられる。
さらに、現代戦では狭い室内での戦闘が多くなり、拳銃の使用機会も増えた。主武器が使えない時のバックアップから、時と場合によってメインアームとしての役割も与えられるようになったのだ。
その際、すぐに弾が切れ、撃てなくなる時間が多くなるということは、それだけ敵を前に無防備な姿を晒すということでもある。
構造が堅牢なため強力なマグナム弾などが撃てる、という利点も、ライフル弾に比べれば児戯に等しい。防弾装備も年々強靭になっていることを考えれば、一発が強力なマグナムよりも反動が制御しやすく(つまり、急所を狙いやすい)、装弾数が多くなる自動式拳銃の方が好まれるのも、仕方のないことだ。
「ロマンチストは寿命を縮めるぞ」
一文字は忠告する。
「安心しろ。投げナイフよりは確実に現実的よりだ」
さらっと勇海が言い返した。
一文字と、離れた位置で聴いていた匠が「ぐぬぬ」と唸る――仲がいいのか悪いのかどっちなのか、と勇海は思う。
「気に入ったのでしたらどちらも差し上げますけど?」
「いいの?」
「どちらも前線から引退した人達のものですから……保管の費用を考えたら、使える人に持って行ってもらった方がいいです」
「じゃあ遠慮なく」
セイラの言葉に、勇海は嬉々としてケースから付属のホルスターやマグナム弾、スピードローダーを取り出していく。
こうしてMDSIの面々は装備を整え、来るべき戦闘に備えていった。