第100話
「うおぅっ?」
街中で、石造りの建物の間を避けるように進んでいたジープの前輪が突然バーストし、運転手が悲鳴を上げた。幸いにも、スピードをそれほど上げていなかったため横転はしなかった。ブレーキを踏み、道行く人々にぶつかることなく停止することに成功し、事なきを得た。
運転手と助手席に乗っていた人間が降りた。彼らはデザートカラーの迷彩服を着ており、拳銃を身に着けている。ジープの席には、AK74アサルトライフルが置いてあった。
「何だこりゃあ?」
「何だって急に……」
二人は突如破裂したタイヤを見て、途方に暮れる。
「どうなさいました? スゴい音がしましたが?」
そこへ、一人の女が声を掛けた。
「あぁ?」
「どうもこうも、分からんよ。いきなりパンクしやがって……」
兵士達が声を掛けた女へ愚痴をぶつける。
「あら、大変です! どうでしょう、よろしければうちの店で修理しますが?」
そう言って、女は先程自分が出てきた建物を指す。
「モーターショップ?」
「こんなところにあったっけ?」
兵士達が顔を見合わせる。
「最近開店したばかりなんですよ。その車に合うタイヤがあると断言は出来ませんが、応急処置くらいは出来ます。いかがですか?」
女がさらにまくし立てるが「いやぁ」「でもなぁ」と兵士達が渋る。
「あまり長いこと放置してしまうと、通行に支障が出てしまいます。なんでしたら、お安くしておきますが?」
女のダメ出しの一言に、
「うーむ、頼んでいいだろうか?」
「はい。その代わり、これからもご贔屓の程を……」
「分かった、分かったから、タイヤの交換、頼むよ!」
と兵士が言うと、女が「かしこまりました」と店に戻る。
すぐに、タイヤを乗せた台車を押す男と、ジャッキを持った女が出てきた。
「これかい? 緊急の客ってのは?」
「えぇ。突然タイヤがパンクしたとかで……往来を塞いでしまうと、私達の商売にも影響が出るわ」
「そりゃいけませんな。お任せください、すぐに直して見せましょう」
男が言いながら、眼鏡をイジる。ジープの前輪を見ていたが、
「ダメだ。さっさと交換せんと。幸い、代用できそうなタイヤはあるからね、ちょっとだけ時間くださいよ」
男が指示をを出して、女がジャッキでジープを前側から持ち上げる。
「一応、タイヤ以外にも損傷がないか見ときたいけど、いいかね? 折角タイヤを交換したのにオイルが漏れてて爆発とか、洒落にならんからね。見るだけなら金は取らんよ」
「あぁ、そこまで見てくれるんなら助かる。やってくれ」
兵士の言質を取った男は「ちょっくら失礼」とジャッキで持ち上がった車体の下にその身を滑り込ませる。
「えぇと、液体の漏れ無し、マフラーに傷無し……」
男は、点検をするフリをしつつ、胸ポケットから取り出した小型発信機を、取り付ける。兵士達からは、車体が遮ってその様子は見えない。
「――ふむ、燃料系も排気系も、見たところ異常はなさそうだ。ではさっさとタイヤを交換するとしようか」
男はバーストして使い物にならなくなっていたタイヤを、台車に積まれている新しいタイヤに交換していく。
必要最低限の時間を掛け、ようやくタイヤの交換を終えた。
「これで走れるはずだが、いいかね?」
「あぁ、助かった。で、代金だが……」
「うちのがサービスするって言っちまったんだろ? まぁ、間に合わせの処置だから、技術料は抜きでタイヤの料金だけ支払ってくれや」
「いいのか?」
「その代わり、今後とも、ご贔屓に」
「う、うむ分かった。本当に助かったぞ!」
会計を済ませ、兵士達が再びジープに乗り込んだ。ジープは表向き何の異常も起こさず走り去っていった。
男達は店に戻った。
「疲れたし、もう店仕舞いといくか」
そう言って、「close」の札を掛ける。
「店仕舞い、ね」
女――忍坂あゆみが笑う。
「もう二度と開かないでしょ、この店」
ジャッキを運んでいた梓馬つかさも付け加える。
「まぁ、ね。さて、仕掛けの状況を確認するかね」
通津理は眼鏡を中指で押して位置を整える。タブレットを準備し、アプリを起動。そこには、先程のジープに仕掛けた発信機からの情報が送られてきていた。
ちゃんと動いていることに満足し、通津は送られてくるGPS座標を記録する。
「うまくいった?」
裏口から、金髪の女性――花和泉幸が入ってきた。先程、うまいこと周囲に被害が出ないように、ジープのタイヤだけを爆破したのは、彼女だ。
「仕掛けは上乗。後は、結果をご覧じあれ」
「お、戻ってきた」
CIAのセーフハウスでくつろいでいたところに、通津達が帰還した。
「どうだった?」
「これから説明に入ります。まずは報告を――」
登崎が聞いたのを抑え、まずは勝連へ報告に向かった。
「何をしてきたんだ?」
興味が湧いたのか、一文字が勇海に尋ねる。
「あぁ、これから攻める研究所なんだが、ガードが堅いらしくてな」
「というと?」
「周囲一〇キロメートルに渡って地雷が埋め込まれている」
「地雷だと!」
一文字が驚く。
現代において地雷は非人道的兵器として使用が禁じられていた。今でも、過去に埋められた地雷を踏んで足を失う事故が後を絶たない。撤去にも苦慮しているのが現状だ。
「どうすんだ、それ? ヘリで乗り込むのか?」
「そんなことすれば対空砲火であっさり撃ち落とされるだろうな」
一文字の問いに雲早が答える。
「なら、夜にパラシュート降下でもするのか?」
「さすがに、上空に大型機飛ばしたら問題だな。それに、帰りの足が困る」
「あと考えられるのは、戦車にマインローラーを付けるのか?」
マインローラーとは、戦車の前に取り付け、先に地雷を踏ませることで本命の戦車を爆発から守る追加部品のことだ。
「誰から借りるんだよ」
勇海は呆れ顔だ。
「なんだよ、八方塞がりかよ」
「そうでもないんですよね」
戻ってきたばかりの花和泉が声を掛けた。
「お、イズミ久しぶり……って、そうでもないってのは?」
「件の研究所、普通に車両が出入りしているのよ」
「地雷があるのにか? どうやって――」
ここで、ようやく一文字は気付いた。
「そうか、専用のルートがあるのか」
「ご明察。地雷原の中に、トラック一台通れるくらいの空白地帯があるわ。数メートルも道を外すと、間違いなく吹き飛んでしまうけど」
「だが、そのルートを知っているのは、研究所に出入りしている人間だけだ」
雲早が説明に戻った。
「そこで、ツヅ達にはある仕掛けをしてもらった」
「どんな?」
「それは聞いてのお楽しみだ。ちょうど、召集が掛けられたしな」
雲早がソファーから立ち上がった。
これからの作戦のため、内部の隊員全員がミーティングルームへと入っていった。