第99話
異世界おじさんと魔法少女特殊戦あすかを読んでいたら更新が遅れました。
五人のMDSI隊員と救出した虜囚を乗せたリトルバードが、目的地に到達し、着陸した。ローターの回転速度を徐々に弛めていくヘリコプターから次々と搭乗者が降りる。
「さて、久々の娑婆の空気はどうだ、ドク?」
勇海が、ドクこと一文字肇に尋ねる。
「悪くはない、が」
「……が?」
「五年間放置されたのは痛い」
一文字の答えに、勇海はほくそ笑み、
「お前がいた刑務所は、表向きはないことになっている。それを知ることが出来たのは、最近になってCIAから情報をもらったからだ」
「CIA、ね」
一文字が苦虫を噛み潰した顔をする。
「金に目が眩んで、あいつらの依頼を受けたことが俺の運の尽きだ」
「ちなみに、いくらもらった?」
「一〇万ドル、ポンってくれたぜ。ちきしょう、ついてねぇ」
「いや、運は尽きちゃあいないだろ、ドク」
ここで、航空用ヘルメットを小脇に抱えた雲早が割り込む。
「……五年も無駄にしたんだぞ?」
「そりゃあ、運良くあいつらが馬鹿だったからだ。俺だったら、確実に殺しているね」
雲早が断言する。
「そうだな。お前の驚異が分かっている奴なら、捕まえて飼い慣らそうなんて発想を持たん」
勇海もこれには同意した。
「あの、ユーミさん、シュウさん」
後ろを付いてきている三人を代表して、英賀が声を掛けた。
「どうした?」
「何で、その方をドク、と呼ぶんですか?」
「あぁ、そういや、お前らが入った頃には、ドクは海外ばっかり行っていた挙げ句に、面識ないまま勝手にCIAからの依頼受けて、敵対政権の幹部殺しに行って捕まったんだったな」
勇海が、わざわざ一文字がいかにして捕まったのかまで含めて暴露する。
「悪かったと思っているよ。お前等のことだって、一言も喋ってない」
「まぁ、そこは信じてやろう。で、ドクってあだ名の由来だっけ?」
勇海が「んー」と話す内容を頭の中でまとめる。
「こいつ、元は細菌学者なんだよ」
「そうなんですか?」
「正確には、とある軍の細菌兵器対策部隊に所属していたんだけどな。まぁ、知識はちゃんと身に付いているんだから、同じようなもんだろ」
勇海の発言を、雲早が修正する。
「分かった。『ドクター』あるいは『ドクトル』の『ドク』か」
「ご名答、レイモンド」
勇海がレイモンドを褒める。
――まぁ、それ以外にも、一文字肇って名前からあだ名考えるのが大変だったんだけどな。
いらない情報は話さないことにした。
「で、情報の出所はともかく、今頃になって俺を助けた理由は?」
一文字がさらに問いを重ねる。
「詳しいところは勝連さん達と合流してから話す」
「こっちに来ているのか?」
勇海は「あぁ」と応え、
「さっき話に出た、お前の対細菌兵器の知識が必要なんだよ、ドク」
――数日前。
防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの総司令官である巌峰高は、都内の喫茶店に来ていた。
入り口を潜ったところで、周りを確認する。側近である守家剛が先に入っているはずだ。視線を一巡させ、店全体を一目で確認出来る席に、守家を発見する。彼は変装のためか眼鏡を掛け、コーヒーを飲みながら文庫本を読むフリをしていた。
それを一瞬で確認すると、巌は待ち合わせの相手の位置を確認する。
「あ、こちらです」
そんな巌の様子に気付いた相手の方から声が掛けられた。巌は、声のした方へ歩いていく。外や店のカウンターからほぼ死角となっている、店の中でも奥まった席だ。巌は迷わず対面の椅子に座る。
すぐにウェイトレスが注文が取りに来たため、「ブレンド。ホットで」と短く注文を済ませた。
ウェイトレスが離れたところで、相手に向かい合う。
相手は、女性だ。白磁のような肌とセミロングの金髪をストレートに整えた、明らかに欧米の血が入っていることが分かる風貌。日本でこの見た目なら普通浮くものだが、コーヒーカップを傾けてリラックスしている彼女は、見事に店内の風景に調和している。
「ご足労をお掛けして申し訳ありません」
「構わん」
女がわざわざ呼び出したことを詫びたが、その程度で機嫌を損なう巌ではない。鷹揚に切り返す。
再度ウェイトレスが来てコーヒーを起き、「ごゆっくり」と立ち去っていった。そのことを確認し、巌から切り出す。
「さて、CIAのエージェントがわざわざ呼び出すとは、何事かな、スバルくん?」
それだけ言って、コーヒーにミルクだけ入れて一口飲む。
相手の正体は、アメリカ中央情報工作員――通称CIAの人間だ。といっても彼女は正規職員ではない。現地で雇われることのあるエージェントと呼ばれる随時契約の人間だ(なお、正規職員はオフィサーと呼ばれる)。
彼女の名前はセイラ・スバル――昴星羅の名前で日本国籍も持つ。要は、日本での諜報活動を担当するエージェントだった。
「まずは、この写真をご覧ください」
そう言って、一枚の写真を取り出した。
その写真には、一人の日本人女性が写し出されていた。日本人、と判断したのは、短い黒髪と肌の色からだ。身体の線が細く、儚げな雰囲気を纏った女性。周りに写っている人間と同様に、白衣を身に纏っているということは、医者か学者か、はたまた研究員か――
「彼女の名前は、玉置みどり。生物学者です」
星羅が説明をした。
「アメリカの大学に留学し、卒業後米国内のある研究所に勤務していました」
「していた、か」
過去形――ということは、何かがあったということだ。
「はい。三年前、彼女はスイスへの学会出席の後、何者かに拉致された」
「――まぁ分かり切っていたことだが、穏やかな案件じゃあなさそうだ」
話を聴き、巌が顔をわずかにしかめるが、相手はそれに気付かぬ振りをしつつ、続けた。
「はい。拉致された際に、護衛達もやられています」
「護衛、ね」
生物学者、国内の研究所、護衛、さらに調べ回っているCIA――これらの言葉のピースから、巌は仮説を組み立て、それに基づいて質問を重ねる。
「彼女の専門は?」
相手は少し迷った後に、答えた。
「遺伝子……卒業時の論文では、ナノレベルの生命体の遺伝子組み替えに関するものを発表しています」
「ナノレベル――たとえば、細菌やウィルスも含まれる、かな?」
巌の言葉に、星羅が押し黙った。その沈黙が答えだ。
相手に言葉を選ぶ隙を与えず、巌は畳み掛ける。
「拉致した相手はテロリストだろう。そして、微生物の遺伝子組み替えに関する研究をしていた人間を誘拐したということは――」
巌は、一呼吸おいて、断言する。
「細菌兵器の開発」
違うか、と目線で問い掛けると、星羅の顔がホンの一瞬歪む。彼女は即座に表情を取り繕い、
「さすが、ですね」
と、巌を称える言葉のみに止めた。
巌は「いや」と一拍置き、
「だが、何故この話を私にする? これは、下手をすれば君達CIA――いや、アメリカの機密事項ではないのか?」
と、疑問をぶつける。
あくまでも巌は日本の対テロ戦闘部隊の長に過ぎない。言い換えればアメリカの為に働くはずもなく、むしろ部外者なのだから先程の内容は漏らしてはいけない情報のはずだ。このような危険を何故冒すのか――
「一つは、対象が日本人であること」
「それで、我々が動く理由になると?」
「もう一つは――我々の内部も、一枚岩ではない」
「というと?」
「彼女が開発に携わった兵器についても調べがついています」
だろうな、と巌は思った。
「それに対する反応で、極端に言えば二極化しています。一つは、その危険な兵器を消滅させてしまうべきと考える陣営。もう一つは――」
「――自国に持ち帰って、兵器として利用しようって陣営か」
巌が言葉を継ぐと、星羅が頷く。
「で、君――いや、君達はどちらの陣営かな?」
「前者です」
即答だった。
「あれは、危険過ぎる。一歩間違えれば、国はおろか、人類そのものを滅ぼしかねない」
「――大きく出たな」
巌は星羅の発言に驚く。
「はい。だからこそ、間違っても米国内に持ち込むわけにはいかない。
ただ、互いが互いを牽制しあっていて、まともに動くことが出来ません。そこで――」
「――我々に、白羽の矢が立った、か? 件の細菌兵器は破棄し、日本人学者については、こちらで身柄を確保し、アメリカさんには死亡したとでも伝える、と」
「その通りです」
そう言うと、星羅が二つの大きめの封筒を出す。
「一つは、件の科学者が拉致されていると思われる研究所の位置です」
「もう一つは?」
巌が尋ねると、星羅は微笑み、
「五年前、こちらの不手際で捕まってしまった、貴方の部下の居場所です。報酬代わり……ではありませんが、お役に立てていただければ何より――」
「――というわけだ」
勝連武が、説明を終える。
ここは、CIAから提供してもらったセーフハウスだ。
「我々の任務は、細菌兵器に携わったと思われる日本人科学者の身柄の確保、そして可能なら研究所ごと件の兵器を消滅させる」
「……俺の知識が必要って、そういうことか」
一文字が、説明を聞いて一応は納得の姿勢を見せる。
「CIAの依頼というのが気に喰わないが、仕方ない――で、武器は?」
「銃器などは、CIAが中東に展開している米軍から調達する手筈だ」
「まぁ、銃器はいいですが、問題は――」
「これのことか?」
勇海が、一文字に向かってあるものを投げた。
一文字が受け取り、目を輝かせる。
「おぉ! あった!」
一文字は投げられたベストにまとめられた複数の刃物のうち、一本を試しに抜いた。
それは、「く」の字型に湾曲した刀身を持ち、短弧側が刃となっていた。鍔基の刃の付け根には「ω」型の独特の刻みがある。
ネパールの山岳民族であるグルカ族が発祥とされる、ククリという短刀だ。基本的な形状は変わらないまま大きさに応じてナイフ、鉈、刀にも分類される。基本的には刃が分厚くて重みがあるため、斧のように叩きつけるように対象を切断したり、投げ斧のように投擲する。イギリスがグルカ族を傭兵として雇ったことから、その名を取って「グルカナイフ」とも呼ばれていた。
ベストに納められていたのは、一文字愛用のククリが大小合わせ十数本。
「それ、出発前に研いどけと言ったの、この人のためだったんですね……」
匠が息を吐く。
「お、こいつの手入れをしてくれたのはお前か?」
「そうですが?」
「中々の腕前だな。悪くない」
「それはどうも」
匠にしては珍しく淡々と受け流す。普段の丁寧な言動からは想像の出来ない愛想のなさだ。
「あいつどうしたの?」
雲早が尋ねる。
「ほら、タッくんってナイフ使いだから……」
「何だかんだ、プライド高いからなぁ」
英賀と勇海が苦笑しながら答える。匠が入ってから、彼と同レベルのナイフ使いがそれほどいなかったのが、一文字のナイフ捌きを見て対抗心を燃やしているようだ。
「……若いなぁ」
レイモンドがしみじみと言う。
「レイ、ちょっと年寄り臭いよ」
皐里緒がそんなレイモンドに苦言を呈す。
「いやぁ、ライバルに対して対抗心出せるのなんて、若いうちだけだぜ?」
「お前にはそんなライバルいないのか」
力石満が尋ねる。
「んー、いないわけじゃないけどさぁ、女相手に嫉妬心丸出しの男って、端から見たら格好悪くねぇか?」
「……とりあえず、いることは分かった」
「そして、レイモンドはどんな時でもレイモンドで安心した」
登崎岳まで加わって盛り上がる。
「それ褒めているのか?」
「一応な」
そんな言い合いを続けているところに、勝連から咳払い。
「状況としては、先程話した通りだ。武器の提供――そして、現在別行動で調査に赴いている通津、花和泉、忍坂と合流後、件の研究所を叩く。それまで、待機だ」