カーナビを信用しないお父さん
自分の直感とプライドだけを信じ、カーナビを頑なに拒否するお父さん。
目的地を目指してハンドルを切り続けた先で待っていた、まさかの結末とは——?
『ねえ、あなた。そろそろ 右に曲がるんじゃなきゃおかしくないかしら?だって、さっきから左に曲がって左に曲がって。また左にまがったのよ。今度左に曲がったら、元の場所に辿り着くようなものじゃなくて?そんなんじゃ、走っている意味はないわ。永遠によ。道路の視察じゃないんだから』
妻の若狭が助手席から不安な目を向けていた。
ウインカーの方向指示をみて助手機から口を出しているのだ。
『うるせえ!俺の方向感覚で間違ったこたあねえんだ。黙って乗ってやがれ』
若狭は、恐怖を感じて黙りこくった。今日の和樹は非常に不機嫌らしい。
いつもこんな感じだ。和樹は何の原因なのか分からないまま突然、機嫌を損なうことがあるのだ。そして、決まってその怒りの矛先は妻の若狭か娘の杏里に向かってくるのだから、彼女らにしてみればたまったものではなかった。
『うーん』
伸びをする気配があった。後ろの席で眠っていた杏里が目を醒ましたようだ。
と、杏里は
『まだ着かないの?』
またまた和樹の神経を逆撫でするような発言。意識はしていないのであろうが。
『あーん?』
案の定、和樹の不機嫌そうな声がした。
『なんか文句あんのか?』
慌てて若狭が杏里の口先を制した。
『もうすぐ着くからさ。大丈夫よ そんなに時間は経ってない。そろそろ着くのよ。すぐね。だからもう少し寝ていてもいいのよ』
何かを察したのか、杏里は静かに口をつぐんだ。
DV夫の恐怖政治のもと、車内は緊迫してきた。
『デジャヴ?和樹が思わず呟いた』
目の前には先刻も目にしたうどん屋の看板が威風堂々と建っている。
『うーん』
寝ていた筈の杏里がまた少し愚図った。
『あなた、カーナビに従ってみたたらいかがでしょうか?もうそろそろ閉店の時間になっちゃうわ。今のカーナビはね。優秀らしいわ。滅多に間違えないんですって』
『んだとこの野郎!じゃあ俺が間違っているとでも言うのか?こうやって走ってればいつか辿り着くことを信じられないのか?!』
わけのわからない反発をしてくるのだ。
『機械なんぞ信用できるか! 俺の車は俺の直感で動かすんだよ!』
和樹は鼻息荒くアクセルを踏み込んだ。
『うーん』
後部座席で杏里がまた伸びをした。
『あなた……』若狭が青ざめた顔で指をさす。『あのうどん屋の看板、これで四度目よ。しかもさっきから「うーん」って起きる杏里の動き、完全にループしてない?』
『はあ!? バカ言え、デジャヴだっつの!』
和樹はなおも左にハンドルを切った。キュッとタイヤが鳴り、車はまたもや左折する。
すると目の前に、まったく同じ「手打ちうどん 権平」の看板が現れた。
『うーん』
後部座席で杏里がデジャヴな動きで目を醒ます。
『まだ着かないの?』
『あーん!? なんだその既視感のある態度は!』
怒鳴る和樹の額に、タラリと汗が伝った。流石に何かおかしい。車が直進と左折しかできない呪いにでもかかったのか、それとも時空の歪みに落ちたのか。
『あなた、やっぱりカーナビを……』
『うるせえ! 俺のナビは俺だ!』
和樹は意地になって次の角を勢いよく左へ曲がった。
――ガシャーン!!!
鈍い衝撃音とともに車が停止した。
『いったたた……! なんだ!? 何にぶつかったんだ!?』
和樹は慌てて車を降りた。そこにあったのは、見慣れた我が家のガレージのシャッターだった。
『……ハッ?』
呆然とする和樹の横で、後部座席から杏里がひょっこり顔を出して欠伸を噛み殺した。
『お父さん、近所の街区をぐるぐる四角形に一周して、自分の家に車庫入れしただけじゃない』
『な……なにぃ!?』
『だって、うちの駐車場を出て「左、左、左、左」って曲がったら、そりゃ自分の家に戻ってくるに決まってるじゃない。うどん屋さんは、うちの向かいの店でしょ?』
和樹は固まった。
確かに、我が家を出発して住宅街をぴったり四角形に左折し続ければ、寸分違わず元のガレージに頭から突っ込むことになる。
『あなた……』
若狭が車から降りてきて、深い溜め息をついた。
『「道路の視察じゃないんだから」って言ったけど、視察どころかただのご近所一周ドライブだったのね。しかも、目的地だったレストラン、目と鼻の先だから歩いたほうが早かったわ』
『な、なんだと……!?』
『ほら見て。お店、道路の反対側よ』
若狭が指さした先には、本来行こうとしていたファミリーレストランの明かりが煌々と輝いていた。徒歩三十秒の距離である。
『ぐぬぬ……!』
赤っ恥をかいた和樹は、真っ赤な顔で必死に言い訳を捏ね上げた。
『ち、違う! 俺は最初から、ガレージのシャッター強度の耐久テストをしていたんだ! 予定通りの動作だ!』
『はいはい。じゃあ耐久テストも終わったことだし、歩いてファミレスに行きましょ』
『お腹すいたー。お父さんのおバカドライブに付き合わされて損した』
呆れ果てた母娘は、和樹を置き去りにしてさっさと横断歩道を渡っていく。
『ま、待てよ! 俺を置いて行くな! それに俺はバカじゃない! 精密なナビゲーションの結果だ!』
威厳を保とうと叫びながら、DV夫は妻と娘の後ろを情けなく走って追いかけていくのだった。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
自分の直感にこだわりすぎた結果、自宅のガレージに突っ込んで大失敗するお父さんと、冷静にあきれ果てる母娘のコメディを描いてみました。
機械に頼りたくない気持ちも分からなくはないですが、意地を張りすぎるとロクなことになりませんね……(笑)。皆さんもドライブの際は、どうぞ素直にナビを頼ってください。
少しでもくすっと笑っていただけたら幸いです。評価や感想などもお待ちしております




